第43話 竜の真実
「…………は?」
オリオンの言葉が飲み込めなかった。あまりに唐突な暴露に、ヒューズもマリーも気持ちが追い付いていなかったのだ。
「本人だから」。竜の異能を使えるのは、ルークが竜そのものだから。二人にとって、その答えは考え得る最悪の可能性だった。
「本竜の方が正確ですかね? いやまあ——」
「どういうことだ! 知ってることを全部話せ!」
機械をガタガタと揺らしながら、ヒューズがオリオンを問い詰める。液状化した体が波打つたびに情けない声が上がり、すぐに「言われなくとも話しますよ」と焦り混じりに返された。
「ふう、液状だとすぐに酔っていけない。さて、どこから話しましょうかねえ」
やけにのんびりした様子に再び手が出かけるが、マリーがそっと止める。今はとにかく話を聞くべきだ。ヒューズが気を落ち着かせると同時に、オリオンも口を開いた。
「ノエルさんが竜を倒した後、アステリアはその遺骸を回収したんですよ。なんせ謎だらけの強大な魔族、わからないまま次が来たらどうしようもないでしょう? 研究するのは当たり前ですよね」
魔族の遺骸は数時間経つと自然分解して消えてしまい、直接調べられる機会は滅多に無い。しかし、竜の遺骸は解剖まで可能だった。そう前置きした上で、オリオンは竜の研究について語り始めた。
「でね、面白いことがわかったんですよ。なかなか消えないこの遺骸、なんと細胞がまだ生きていた! ま、数十個なので死んだも同然、自己再生も完全に不可能でしたけどね」
「おかげで素晴らしいサンプルが採れました」と笑うオリオンの口振りには、ある種真摯とも言える研究への熱意が篭っている。しかし、直後飛び出した言葉には、隠しようのない悪意が滲んでいた。
「けどこのまま研究で使い潰すのは勿体無い。 だから提案しました。『培養してみよう』ってね!」
細胞が生きているのなら、当然増やすこともできる。自己再生は無理でも、医術で補うことはできる。実際、オリオンにはその術があったらしい。
「試してみたらまあ増える。ピタッと止まってできたのは、何と竜ではなくちっこい人型の何かでした。それがルークくんの素体です。ちゃんちゃん」
話が陽気に括られる。青ざめたマリーに手を握られて初めて、ヒューズは自分の血の気が引いているのに気付いた。
竜の細胞を増やして生まれたのがルーク。竜そのものというべきか、クローンと言うべきかは分からない。ただ、人の誕生ではない。「レインとカトレアがいなくてよかった」と、ヒューズは真っ先に考えてしまっていた。
「ちょ、ちょっと待って……」
震えた声で、マリーが問いかける。
「"素体"って……なに?」
その質問に、オリオンは「良い質問ですね!」と楽しそうに返した。確かに、含みのある言葉だ。
「その素体は確かに生きていましたが、"中身"が無かった。魂なき抜け殻。医学的には脳死状態。じゃあ中身をこっちで用意しようってことで、新しい人格が素体に植え込まれた。……おわかりですか?」
それを聞いて、思わず怖気立った。
『初めて退魔師に会った時。狩られかけた……殺されそうになったんですよ』
『僕は人間です。ごく普通の家庭で育ちました。異能が判明した三年前までは、ずっと平和に』
ルークは確かにそう語っていたが、これはオリオンが語った誕生とは明らかに矛盾している。かといってルークが嘘を吐いたとも思えない。だが、もしも。ルークの記憶が都合良く「植え込まれた」ものだとしたら、この矛盾にも説明が付く。
そう思い立ったヒューズに追い討ちをかけるように、「酷いことをしますよね」とオリオンの声が響いた。やけに冷たい声だった。
「確かに培養は私の提案でしたが……『ルーク・ガウサル』を作ったのは他でもない、アステリア上層部の意向なんですよ?」
「……えっ?」
「上が求めたのは兵器。竜の力を宿した退魔師です。だから御しやすいように、気弱で反抗しにくく、主体性のない人格にした」
信じたくない話だったが、不思議と合点がいった。「逆らえば狩られる」と記憶で縛り付け、自分が人間だという強固な意識で暴走も防ぐ。安全な戦力を欲する上層部にとって、ルークは都合の良すぎる存在なのだ。
「私個人としては兵器運用とかど〜でもいいですからね。細胞で実験しやすいように培養しただけで、後のことは一才合切無関係でーす」
後に続いたオリオンの言葉も、ひどく遠いものに聞こえた。得た情報に、感情の整理が付かない。マリーも同じく、半ば放心していた。ルークを糾弾するつもりはない。彼はつまり、竜の抜け殻に人の意識を宿した存在だ。魔族として牙を剥かない限り、仲間には違いない。だとしても——
「過去の記憶も、家族との思い出も……自分が人だって確信すら偽物なんて……そんなの、耐えられるわけがない」
ただひたすらに残酷で、救いのない真実だ。
「マリー。今聞いたことは秘密だ。誰にも話せない。カトレアさんにだって聞かせちゃダメだ。知らない方がいい、真実だった……」
「……うん。わかってるよ」
明かすとすれば、ルークが本当の意味で竜になってしまったときだ。ルークが仲間である限り、腹の底に留めなければならない。
「ふーん……そういう反応ですか。というか、案外素直ですね? てっきり嘘に違いないって私を責め立てるのかと」
「ムカつくけど……お前の知識は本体が死んだ一年前で止まってるはずだ。俺たちを惑わせようにも、ここまで器用に嘘は吐けない」
「聡明ですね。さて、次は何を聞きます?」
オリオンはそう言って、愛想良く質問を待っている。「案外素直」はこちらの台詞だ。何か企んでいる可能性はあるが、ここまで来たら絞れるだけ絞るのがいいだろう。正直な話、もう話を聞ける体力すら残っていなかったが、背に腹は変えられない。
「そもそも……あの竜は何者なんだ?」
「ま、そこが知りたいですよね。じゃあ前提から。『魔族の遺骸は自然分解される』と教えましたね? あの竜はそこに絡んできます」
ぐったりとする二人に対し、オリオンは早口で捲し立てる。
「分解された遺骸は、眼に見えない粒子になります。異能の成り立ち、魔族の異常性の源たるエネルギー……『幻素』とでも呼びましょうか。幻素は大地に吸収され、自然界を遍く巡り続けるわけですね」
異能の源となるエネルギーについては、以前ロシェが触れていた。天眼で見える特殊な粒子が異能と密接に関わっているという話だったが、オリオンはそこまで解き明かしているようだ。
「しかし、それが滞ることがある。血栓のように詰まった幻素は悠久の時を経て形を成し……ごく稀に、怪物として産まれ落ちる。竜もこの一種です」
「じゃあ……新種の魔族ってことか?」
「どうでしょう。ちなみに、これは人間に対する凄まじい攻撃性を持つことが殆どです。同胞を殺された怨みを晴らすように。これに希望を準えて、『怨の王』と崇める魔族も少なくない」
「分かっているのはこれくらいです」と話が終わり、その場に沈黙が流れる。ルークのことで反応する余裕がないというのもあるが、ヒューズはある考え事に耽っていた。
(ルークに攻撃性なんかない。身体は同じでも、竜の本質は備わってないんだ。……どちらかと言えば、その特徴は……)
莫大なエネルギーの集合体、人への攻撃性。まず思い付くのはノヴァの存在だ。加えて、ルークの話を聞いたときからある疑問が燻っていた。
竜の遺骸を復元しても、それは抜け殻のままだった。元々あった中身は消えていたのだ。ノエルに殺されて消えた可能性もある。しかし、ヒューズはある仮説を立てるに至っていた。
「竜の"中身"が……ノヴァなんじゃないか?」
ふと口に出た言葉に、マリーが目を丸くする。再び活気を増した二人の瞳に、オリオンはにやりと口を歪めていた。
「質問がもうないなら、私からいいですかぁ?」
ごぼごぼと水音を上げながら、オリオンが機械の中で振動する。二人が訝しげに眼を向けると、オリオンはわざとらしく語り出した。
「いや、厚かましいのは分かってます。皆さんが私を嫌ってるのもね。でも、このお願いならWIN-WINだと思うんですよ」
「……それで、なんだよ?」
「いやあ、私ってすごく有用な情報を持ってますよね? 思考力も抜群。提示された疑問も即解決! なので——」
媚びへつらう声音に、思わず眉間に皺が寄ってしまう。少し溜めてから吐き出された提案に、ヒューズは耳を疑った。
「アステリアに持ち帰ってくれません?」
示されたのは、あまりにも危険な選択肢だった。
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