トモダチ

@oshiuti

トモダチ

1.


どこにでもあるようなアパートの奥の部屋。

ぎしぎしと、ベッドが呻くその上で、

重ねた身体の奥のほう。熱くなっていくお互いを感じながら、私の吐き出す喘ぎ声と、彼の荒い息遣い。二つが一層激しくなった時に、

私はその熱さに、意識の底から、ぜんぶ、高いところまで連れていかれる。

キモチイイ、というのは、この瞬間のことを言うのだろうなぁ。とうっすら考えた。


そのまま、ぐったりとベッドの上に倒れ伏した。

全身を駆け巡った快楽が抜けて、あとは疲労感が残る。

力を入れて上半身を起こし、私は煙草に火をつけた。

セックスの後の煙草というのは、なぜか美味しく感じるのはなぜだろう。

もっとも、タカトは煙草を吸わないので、これには同意してくれないのだが。


彼の部屋は、大きいモニターと小さなパソコン。映画のDVDとソファ。

綺麗な部屋だとは思うが、やっぱりどこか、男の殺風景さというか、女の子の飾り気みたいなものは、ここにはない。

裸のままだと落ち着かないので、ベッドの周りに放り散らかされた彼のTシャツを頭からかぶった。

「あ、おい。」

となりで寝転ぶ彼が、咎めるように体を起こした。

「いいじゃん。着やすいし」

股間のあたりの濡れた感触は気持ち悪いので、下は後回しだ。

「まあいいけどさ」

ため息をつくでもなく、彼は引き出しから自分の着替えを出して、ジャージとTシャツ姿で狭いキッチンに立った。

「コーヒー、飲む?」

彼のほうを向かずにうなずいて、タバコの残りに口をつけた。

「せめて声に出せ。声に。」

ヤカンに水が注がれて、狭いガスコンロに火が付く。

いつの間にか、彼はたばこを咥えていた。

「・・・した後の煙草ってさ」

「旨いよな。」

言葉の続きを持っていかれて、少し不服だったが、彼が同意してくれたことには満足した。

「・・も少し待ってろ」

私の煙草は、甘いにおいがするが、彼のは本当に、タバコのにおい、だ。

その香りは嫌いじゃないが、日常では接さないその香りは、どこか不思議だ。

「ちゃんとした煙草の匂いがする。」

タカトの部屋でも、会社でも、私は煙草を吸わない。

吸うのは、この部屋で彼としたときだけだ。

「そうか?オレにはあんまわからん。」

部屋に染み付いたたばこのにおいは、もう慣れた。

「慣れると気にならないよね。確かに」

一人暮らしのころは、部屋で吸っていて、匂いなど気にならなかったものだが。

「ほい」

やっすいインスタントコーヒーの香りがして、私の前にマグカップが突き出された。

「ん」

煙草をくわえたまま受け取って、暖かさを両手で抱えた。

「そういや新作買った?DFDの」

彼が言うのは、学生のころからしているゲームの話だ。

「三章が難しくって。あそこどうやって進んだの?」

コーヒーをすすり、暖かさと安さを美味しく感じながら、もう一本煙草に火をつける。

「正面じゃなくて右ルート。アイテムが落ちってからそこから抜けてく感じ」

彼はそのまま、ゲーム機の電源を入れて、DFDを起動させている。

「でも今回のオープニング映像かっこいいよね。歴代でも一番好きかも」

始まった映像は、私の中でもかなりのお気に入りだ。

「そうかあ?オープニングは3が一番かっこいいと思うけどなあ」

彼の中では違うようだが、まあそこはどうでもいい。

「え、しかも3?いやセンスないわ。あれはDFDじゃない」

そのタイトルは私もやったが、それほど面白くはなかった。というよりほぼ覚えてない。

「何言ってんだよ。あれこそ最高傑作だろうが。ストーリーだって面白いし」

煙草の軒は納得できたが、ここは納得できない。

「いやー、それは違うよぉ。今回の7が一番だよ。」

「その割には三章で詰まってんじゃねえか」

確かに。痛いとこを突かれて、私は煙草を吸うほうに意識をやる。

「ほれ。ここ三章。やる?」

「いい。観てる」

学生の頃よりは時間が無くなったとはいえ、このシリーズは好きだ。

けれど、彼がサクサクと進めているこのステージは、どうにも進めない。

「こっちこっち。ここ抜けてくと宝箱あるから」

「え、そっち進めるの?いけないと思ってた・・・・」

なるほど。ここはこうやって進んでいったほうがいいのか

「そうそう。それで・・・・」

結局そこから一時間ほど、彼から三面のレクチャーを受けた。


「あ、」

そのあたりで、私の携帯のアラームが鳴る。

「シャワー借りるね」

彼のTシャツを脱いで、カバンから真空パックに入った私の服を出す。

「おう」

その場で服を脱ぎ始めた私を一瞥もせず、彼はゲームをする。

私も彼を気にせずに、狭いユニットバスに入る。

洗面台のとこの鏡には、さっきまで抱かれていた私がいた。

あとも何もついていない体を、持ってきた自分の石鹸で洗って、いつものワタシに切り替えていく。髪にはウェーブを、唇に新しい口紅を、まつげもつけて

私をワタシに変えて、準備はおしまい。

あとは真空パックに入れてきた自分の服に着替える。

「んじゃ、帰るね」

このあたりの動きはてきぱきとした物だ。

「おう。またな」

彼はこちらを一瞥もせずに、ゲームを続ける。

この距離感が、ちょうどいい。

「ありがとー。また」

私も、彼のほうを見ずに、玄関を出た。



歩きやすいパンプスとかわいらしいワンピース、明るい色の薄手のカーディガン。

煙草のにおいはしないだろうけど、念のために香水をつけて。

ワタシになった私は、夜の街へと抜けていく。




すっかり暗くなって、自分の家にたどり着く。今日はこの後タカトが来る。

その事で、頭の中はいっぱいだ。

帰り道に買った食材で、いくつか料理をつくって、冷やしておいたグラスをだす。

美味しいと言ってくれるだろうか。今日の新しい口紅を、綺麗といってくれるだろうか。


「こんばんわー」

待ち合わせの時間の五分前。律儀なところが可愛い。

「開いてるよ。どうぞ」

玄関を開けると、仕事場から来たのだろう。スーツ姿のタカトがいる。

「今日も仕事疲れた。・・・って、わ、すごいね!ごちそうだ!」

玄関から入ってきたタカトが、テーブルの上の料理に目を輝かせる。

そのしぐさが子供みたいで、なんだか可笑しい。

「簡単なものばっかりだよ。ほら、飲もう」

いそいそと席に着くタカトに、ワタシはにっこりとほほ笑む。

「あ、口紅新しい奴?似合ってるよ!」

そのタカトの言葉が、すごくうれしい。

タカトのグラスにビールを注いで、私のほうにも半分。

「これと、これも・・・な、名前はわからないけど、おいしい!」

なんでも食べるたびにはしゃぐタカトを見て、ワタシはまたうれしくなった。

タカトの好意はストレートだ。それを浴びるたびにワタシはタカトを好きになっていく。

「ありがとう。そうやって食べてくれるの、うれしいな」

作ったものがすいすいと消えていって、ビールも飲みほして。

「美味しかった!ありがとう!」

タカトはお酒に弱い。顔が真っ赤だ。そのまま、ふらつくようにしてソファーに移る。

「よかった!」

「か、かたづけ、て、てつだうよ」

ふらふらしながら、タカトはそんなことを言う。

何かしようというとこはかわいいけれど、そんなにフラフラじゃ何もできないだろうに。

「大丈夫!これくらい、一人分と変わらないから」

テーブルの上を片付けて、グラスも含めて洗って片づける。

コーヒーでも炒れようか、とは思ったが、今日はもう飲んだし、それに

「・・・ごめ・・・おさけ・・・」

ソファの上で寝言を言うタカトは、もうコーヒーなんて飲めないだろう。

「しょうがないなぁ、もう」

けれど、そんなタカトのことは愛おしくてたまらない。

ベッドルームから毛布を持ってきて、タカトに掛ける。

「お疲れさま、おやすみなさい」

こうなると、タカトは起きない。

その寝顔も、整った顔も、とても好きで、愛おしい。


けれど、


私は、タカトに、濡れたことはない。




2.


俺は、シているとき達したことがない。

したくないわけじゃない。けれど、達さなくてもいい。

そう思っていたのだ。

が、これはそこそこ問題らしく、自分では気にしたことがないのだが。付き合って、体を重ねた女の子は皆、それで傷ついたように目を伏せた。

体質的なものか何なのか、病院を進められたころすらある。

けれど自分としては一向に気にならなかった。

好きという感情と、したい、という欲求と、達したいという欲望は、自分の中では別のもの。

それが「おかしい」ことだと気づき始めたのは、三人目の彼女と別れた時だった。


結局そこから、めんどくさくなって、誰かをスキになることはなかった。


「きたよ」

休みの日、チャイムすら鳴らさず、彼女は家に現れた


確か大学生最後のコンパだったか。

酒も入って、わけもわからなくなっていた日のことだ。

彼女は、俺にこう聞いた

『イかないって、ほんと?』

そのあとなんて答えたのかは覚えていない。ただ、そのあと彼女を抱いたのは覚えている。


それから5年ほど。ずるずると。

俺と彼女は、お互いの名前すら知らないまま、こうして会っては、欲求を満たすため体を重ねる。


「おう」

煙草をくわえたまま、彼女のほうを向く。

ワンピースとカーディガン。化粧もしていないし、髪もそのまま。

シャワーは済ませたのか、少し濡れている。

「したい」

「そうか」

それだけの会話で、シャワーすら浴びずに俺たちは服を脱ぐ。

その行動には、お互いがお互いの欲望を処理することにしか興味はない。

「ばれるのは困るから」

彼女には彼氏がいるらしい。なので、痕が残るようなことはしない。

「そうだな」

これは、いつの間にかできた契約だ。

「しよう」

「おう」


そのまま、二人でベッドに倒れこむ。

ぎしぎしと、ベッドが呻くその上で、

重ねた身体の奥のほう。熱くなっていくお互いを感じながら、自分の荒い息と、彼女の吐き出す喘ぎ声。二つが一層激しくなった時、

ぐい、と彼女の体が跳ねて、力が入った後、ぐったりと倒れこんでくる。


この瞬間の、達するのとは別の、なんだかよくわからない満足感を、俺は気持ち良いと思うのだ。



すべてが終わって、彼女がタバコに火をつけるのを横目に。体から力を抜いた。

絶頂とは違う満足感が体にあって、それが心地よい。

と、彼女は勝手に俺のTシャツを着ている。

「あ、おい。」

新しいのを取り出すのも面倒で、咎めるように体を起こした。

「いいじゃん。着やすいし」

男の部屋でTシャツ一枚で煙草を吸う。これがいつもの彼女のスタイルだ。

「まあいいけどさ」

いつものことか、とあきらめて、俺は引き出しから自分の着替えを出して、ジャージとTシャツ姿で狭いキッチンに立つ。

「コーヒー、飲む?」

彼女はこちらも向かずに頷いて、その姿に苦笑した。

「せめて声に出せ。声に。」

ヤカンに水を注いで、狭いガスコンロに火を付け、煙草をくわえる。

「・・・した後の煙草ってさ」

彼女は決まってこれを言う

「旨いよな。」

言葉の続きを持っていくと、彼女は少し不服そうな顔をした。

「も少し待ってろ」

そのままインスタントコーヒーを渡して、

そのあと、彼女と俺がやっているゲームの話をしながら、俺はゲームをつける。

「でも今回のオープニング映像かっこいいよね。歴代でも一番好きかも」

その言葉に、俺は異を唱えた。

「そうかあ?オープニングは3が一番かっこいいと思うけどなあ」

DFD3は最高のゲームだ。物語も面白いし、何よりラストがいい。

「え、しかも3?いやセンスないわ。あれはDFDじゃない」

確かに外伝扱いではあったし、その意見にも一理ある。

が、俺は3が一番好きなのだ。

「何言ってんだよ。あれこそ最高傑作だろうが。ストーリーだって面白いし」

煙草の軒は納得できたが、ここは納得できない。

「いやー、それは違うよぉ。今回の7が一番だよ。」

「その割には三章で詰まってんじゃねえか」

少しやり返せたようで、彼女は、ぐ、と言葉に詰まる。

りゅいんが下がったので、彼女が攻略できないと言っているところのセーブデータを呼び出した。

「ほれ。ここ三章。やる?」

「いい。観てる」

少し悔しそうな彼女の声がしたが、気にはしない。

結局、そのあと俺はゲームにのめりこんだ。

その間に、アラームが鳴って、彼女は色々支度を始めていた。

さっきと同じ服、少し髪型が変わったりしたが、それだけだ。

「ありがと、じゃ、またー」

彼女の言葉に生返事を返して、ゲームの続きを始める。


ここから、ストーリーが面白くなりそうだ。

俺はコントローラーを握りなおして、画面に見入った。












3.


スキ、と、シタイは一緒なのだろうか。


私は、それが「違う」タイプの人間だ。


だけど、これはそこそこ問題らしく、自分では気にしたことがないのだが。付き合って、体を重ねようとした人は、それで傷ついたように目を伏せた。

スキだけど、シタイわけじゃない。

シタイけど、スキじゃない。

体質的なものか何なのか、病院を進められたころすらある。

けれど自分としては一向に気にならなかった。


けど、肉体にも、精神にも限界はある。


シタイも、スキ、も、私には両方「ある」のだから


だから私は、「彼」を捕まえた

「スル」と、急に好きだと言ってくる男はたくさんいた。

私は「スキ」じゃないのに。

「達している」せいなんじゃないかと思ったのは、大学生のころ。

三人目の彼氏と別れた私は、大学最後のコンパで、「彼」に声をかけた。

「イカないって、ほんと?」

というのは、我ながらセンスがないが。



お互いが、お互いを、名前も知らないままに重なっている。

それこそゲームの話くらいはするけど、そこまで。

お互いの中身にすら、興味はない


ソファで眠るタカトの横顔に、罪悪感すらわいてこない。

私は彼とシタイけど、ワタシはタカトがスキなのだ。



彼は女を満たして、タカトはオンナを満たす。





ワタシの恋と、私の体は別物で。

たまにそれを乗り換えながら、私はワタシは生きている。





こんな今を、私はワタシは、幸せと呼ぶのだ。

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