テトラポット三銃士
そんちょう
第1話「ありがた迷惑二人前」
私は生粋のアホである。
先日も暇を持て余して、般若心境を唱え続けるギネス記録に挑戦した。世にひそかに存在しているとされるアホ界隈でも、「期待の新人現る!」とウワサされるほどである。悪い気はしない。
そんな私には二人の親友が存在する。
一人は現アホ界のトップに居を構える筋金入りのアホ、赤井。もう一人はマジメ界の大横綱、キヨシ君である。
三人の関係性を知りたいのならば、まず紙上に丸を三つ描き、両端の丸の中にそれぞれ「村上」、「赤井」と書き入れる(順不同)。残った真ん中の丸には「キヨシ君」と書き入れる。最後に、両端の丸から真ん中の丸に向かって矢印を引っ張り、「足を引っ張っている」と書いていただければ人物相関図の完成である。つまり、キヨシ君の両足は私と赤井のせいでビヨンビヨンに伸び切った状態になってしまっている。気の毒に思えるだろうが、そのおかげでキヨシ君の身長は昨年180㎝の大台に突入した。そして二十歳になった今でも記録を更新し続けている。私と赤井には感謝してもしきれないであろう。
そんな私たちだが、大学の夏休みを活用して海辺の町へやってきていた。伸ばしに伸ばし続けてきた普通自動車免許を、旅行ついでに短期間で取っちまおうという魂胆である。実際、ほぼ毎日教習は入っているものの、それ以外は完全なる自由時間であり、私と赤井は毎日のように旅館前に広がる砂浜で遊び惚けている。キヨシ君はというと、旅館で毎日読書にふけったり、大学の講義ノートを復習したりしている。彼の重そうなスーツケースには六法全書やその他参考書がぎっしり詰まっている。私は、週刊少年ジャンプより分厚い冊子を本とは認めないというポリシーをもっている。ちなみに赤井も同じポリシーをもっている。しかし、キヨシ君はその重そうな紙の束を見つめて興味深そうな様子でウンウン頷いているのだから不思議だ。
私も赤井も、別に彼の足を、引っ張りたくて引っ張っているわけではない。自分たちの領域に、つい彼を誘いこもうとしてしまうのである。これは「桃源郷誘致の原理」と名付けられ、具体例として、へべれけ状態のおっさんに、未成年飲酒を強要されることなどが挙げられる。分かっちゃいるが、それでもこちら側の楽しさを知ってもらいたいのである。もちろんキヨシ君からしたらありがた迷惑の極みであろう。それでも長年私たちに付き合ってくれているのだから彼はイイヤツである。そう思いながら、私たちは恩を仇で返し続ける日々を送ってきた。
免許合宿が始まって一週間が経った頃、キヨシ君に異変が起こった。
私たちがいつものように浜辺でドンキーコングのモノマネをしていると、見上げた海岸沿いの歩道上に、キヨシ君らしき人物のシルエットを捉えた。キヨシ君が散歩に出るなんて、今夜は雪でも降るのかしらん、とぼやぼや考えていると、ふとキヨシ君の隣にもう一つ、見慣れぬシルエットが並んでいるのが見えた。仮免許を取得する際、視力検査が一番の難関であった私の眼が脳に送った信号は、「あれはキレイな女性である」という情報であった。私は長年キヨシ君の横で足を引っ張り続け、今では全国でも指折りの「キヨシ君マイスター」の座を有しているが、そんな私の記憶上では、彼が女性と連れ立って歩くなんていうシチュエーションは存在していなかった。ゆえに、私の貧弱な脳機能は瞬く間にパンクし、一瞬その場にとどまった後、気を取り直して再度ドンキーコングのモノマネ研究に熱を注いだ。
午後九時、それなりに汗を流した私と赤井は、旅館内の大浴場に入るべく、いったん部屋へと戻った。部屋では、いつものようにキヨシ君が「民事訴訟法Ⅰ」と書かれた講義ノートを読みふけっていた。しかし明らかに様子がおかしい。目はノートを見ているが心ここにあらずといった様子である。ほっぺたがちょっと赤くなっているのが彼のスラっとした見た目に似合わず、正直な話気持ちが悪い。私は非常に嫌な予感がした。横を見ると、赤井も私と同じような顔をして目を細めている。
「ほい、キヨシ君。ほい。」
反応がない。
少しの静寂の後、赤井が重そうに口を開いた。
「なあ村上。実は俺、さっき外でキヨシ君が歩いてるのを見たんだけどさ・・・」
「奇遇だね、赤井。俺も見た。」
「ひょっとしてだけどこいつ、恋しちゃった????」
「・・・」
こんな私の眼でも、一応仮免許取得には認められた代物である。あの時の光景は見間違えではなかった。しかし未だに信じることはできない。あんなに女性に興味がなかったキヨシ君が勉学そっちのけで恋路にふけるなんて、全国のちゃぶ台が一斉にひっくり返るような出来事であり、私は何ともいえぬ心持ちであった。
しかし、驚くばかりの私を尻目にして、アホ界の先陣を切る赤井は、早くもキヨシ君の初恋の詳細について、興味津々といった様子であった。
「なあ赤井。俺たちでキヨシ君の恋路の手助けをしてみるのはどうだろうか。」
「はあ?」
「思えば俺たちは彼の足を引っ張ってばかりだった。そのおかげで身長は伸びたが、それすらも、彼からしたらありがた迷惑だったかもしれない。ここらで一つ、彼の役に立ってみようじゃあないか。」
だんだんいつものアホさ具合に戻ってきていた私は、少し考えるふりをしたあと、割りとすぐに答えた。
「いいだろう。面白くなってきた!」
キヨシ君は講義ノートを見つめたまま、だんまりしている。
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