第42話 不思議
生まれつき左利きだった。同じく左利きだった父は、息子を右利きに矯正するため一緒に書塾へ通った。左利きが肩身の狭かった時代、息子の根気が続かなくなることを見越した父は、書塾の指導者になった。
理詰めで語る父だった。「うちこみ」の位置を教える際も「あと一センチ右上」「一画目の右三ミリ」などと、やたら細かい言い方をした。右の感覚に慣れない部分を、数字で割り切ろうとしたらしい。
父の教え方を「くどい」と思いつつ、内心助けられてもいた。言う通りに書いていれば、とりあえず字形は整う。あのころ、右手で書くのが苦痛で、練習から早く解放されたいとしか思っていなかった。
小学校高学年あたりから、右で書くことに慣れてきた。自分の字に、少しずつ自惚れを感じ始めてもいた。だが、同じクラスにもっと上手な女子がいた。展覧会に出せば、いつも自分が下位の賞で、悔しかった。
右に矯正した際、左で書くイメージが残ってしまったのかもしれない。横画が、全て水平になっていた。楷書の横画は右上がりが原則。美しい右上がりの線を書くあの子に、かなうはずもなかった。
今でも、意識しないと右上がりに書けない。だが横画が水平の書体・隷書なら書ける。書体が違えば、短所は長所。漢代の書体が、自分の「専門」になった。今、書を続けていること自体、不思議な感じがする。
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