第1章 第9話

『芽衣子、焦げ臭いにおいの原因を探ってくれ。』ばれないように芽衣子にメールを送る。

『トンネル内のセンサーに異常はありません。どの部分も気温と同じくらいです。』そうか、だが焦げ臭いからいつでも対応できるように消火器を出しておこう。そう思いながら一機はぶら下げていた異次元カバンをつかんだ。

「熱っ!」一機はカバンを放り投げた。どうやら焦げた臭いの原因は異次元カバンだったようだ。



「うわ、水晶が完全に溶けてしまっているな。」異次元カバンを分解してみてみると、中にある水晶がドロドロに溶けていた。異次元カバンが異次元空間に接続する仕組みは、メスの八咫烏の真ん中の脚の骨に三十三億四・九三一八一〇一一四五一四メガヘルツちょうどの振動のみを与えることによって時空の切れ目ができるというものだ。百年ほど前に絶滅してしまった八咫烏の脚の骨にはタングステンが多く含まれており、熱には極めて強いので壊れていないのは幸いだった。問題は特定の比率で不純物の混じった水晶で振動子を作らなければならないということだ。なぜここで水晶が出てきたのか分からない人は「水晶振動子」でググってほしい。そのような水晶は粗悪品として売られているが三十億メガヘルツ程度以上の周波数で振動させると基本波以外の波──三倍波や五倍波などの高調波──が消えるのだ。もしもの時のために異次元カバンを作ろうとこの辺りから採れる水晶の成分を一機は調べてみたが、純度が極めて高く使い物にならなかった。


「使えなくなったってことか? 」トンネルの主として、異臭事件の事実確認を行うツヨシ。

「そういことだな。」

「どうすんだ? 」

「いい感じの水晶を手に入れるしかないな。」

「良い感じの水晶って、ここで手に入るのか?」

「無理だな。オーケー芽衣子、近くの宝石店。」

「なにOK Googleみたいに言ってるんですか。一番近くの店は商業都市オメガにある売沢商会本店です。」面倒なことになってしまった。商業都市オメガに行くか。優姫ちゃんはどうしようか。ツヨシたちは真面目だし強いから信頼していいよな。ツヨシたちが真面目なのは一機の前での態度だけでなく、トンネル中に設置した盗聴器からも保証できる。

「姉さん、商業都市オメガまで行こう。優姫ちゃんはここで待っててくれ。」

「私も行かせてください。商業都市オメガなら以前住んでいたので土地勘はあります。部屋に引きこもっていても地図さえあればおススメのお店とか安いレストランとか紹介できます。家の中のことは任せてください。」

「いや、危険だ。」

「嫌です! 行きます! 」

「だが。」

「貴方に色々して貰ってばかりでは申し訳ないです。」

一時間にも及ぶ議論の末に優姫の押しに負けた一機はヒロインたちの因縁の場所である商業都市オメガに一機、優姫、芽衣子の三人で行くことにした。



 ツヨシたちから見えない距離まで歩いた三人はそこから芽衣子さんに搭載した飛行機能を用いて夜間飛行をしている。時速五百キロほどの速さで飛ぶことのできる芽衣子さんにかかれば百五十キロ程度しか離れていなかった商業都市オメガには二十分ほどのフライトでたどり着く。

「そろそろ見えてきたな。」商業都市オメガ。ギリシャ文字の大文字のオメガのような形に不自然に湾曲したオメガ河に囲まれたこの都市はオメガ河が激流ということもあり、監視対象はたった一つの入口──南関所と呼ばれている──のみで良く、(空軍相手出なければ)これ以上にないほどの防御力を誇る。一説にはこの土地はかつて要塞として作られたという噂もあるが、王国の圧力があるため大きな戦争など起きるはずもなく信じる者は少ない。ちなみにわざわざ関所に南がついているのは北部にこの都市を収める貴族街があり、貴族街と商人街の境目に北関所が設置されているからである。この北関所と南関所は商業都市オメガの四大建築物のうちの二つとされている。他の四大建築物には、商業都市オメガを治める貴族のなかで最も権力を持つオメガ家の屋敷と、百年休まずに動いている時計台がある。

「あっちの方が良いわよ。」優姫ちゃんが商業都市オメガ西部の明かりの灯っていない地区を指して言った。その地区はスラム街。実力主義の商業都市オメガでは商売のできない人間には過酷な場所であった。南関所の通行料を払えるうちに商売を諦められたものは問題ないのだが、諦めきれずに破産してしまった者はスラム街に追いやられる。尤もスラム街で何とか財をなすことができ、スラム街から抜け出せる者もごく稀にいる。また、スラム街といっても商人の商人による商人のための都市であるオメガの住民たちなので、強盗や殺人などの凶悪犯罪はそこまで発生率は高くない。尤もコソ泥になり下がった元商人が盗みを働くことはあるが。

「しかし、良いのか? 」一機は正規ルートで入らないことを心配していた。正規ルートで入らない理由は二つある。一つは優姫の存在が王国にばれてしまうこと。もう一つは南関所の通行料を払うお金を持ち合わせていないことであった。

「問題ないわ。」これだけ鉄壁の商業都市にいる。それだけで都市内では十分な身分証明とされているのだ。融資を受けるときは住所と氏名だけを教えればよい。流石は商業都市オメガで暮らしていただけのことはある。そのような話をしていた一機たち三人は深夜の商業都市オメガのスラム街に降り立っていった。


「そうね、まずは屋台から始めてみるのはどうかしら? 」近くにあった手ごろな空き家の中で優姫が一機と芽衣子に提案した。オメガでは北関所から南関所へとつながる大通りの端で屋台を設置し、商売をすることを認められている。一機たちは芽衣子の料理スキルを使って屋台で料理を売ることにした。


 翌日、裏庭で一機はごみ置き場から拾った木材を使って移動式の屋台を作り、芽衣子は食材の調達のためにオメガで有力な市場の壱馬市場に向かった。お金を持たない一機たちはクレーター盆地で作った鋼鉄や宴のときに異次元カバンから取り出していて、結局誰えも飲まずに残っていたお酒、それにお守りのペンダントなど売れるものを市場で売ってからそのお金で食料を調達した。スラム街に入っても襲われることなく無事に買い物から帰ってきた芽衣子が体内の洗剤やアルコールを用いて屋台を洗浄・殺菌し、料理を提供しても大丈夫なように衛生面の管理をした。

「これで商売ができそうだな。」

「そうですね、ご主人様。料理の仕込みをしないと。」

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