第1章 第7話
「料理ができました。」美味しそうな匂いが鼻の奥をくすぐり、口の中の唾液が滝のように流れている。数年に一度しか食べられない特別な料理。明日からヴィレッジ村の村長となり、みんなを引っ張っていくことを実感する。夕方五時、夕食としてはまだ早い時間だが、子どもたちも長く楽しめるようにまだ明るい時間から宴は始まる。
「大変です、三人組がやってきて暴れてます。今、風太郎さんが応戦しています。」盗賊対策のため村唯一の入り口に交代制で常駐させている見張りがやってきた。彼は齢七十でそれほど体力がなく見張りとしては心もとないが、村の入口の真正面に風太郎の家があり、もしもの時は力自慢で戦闘狂の風太郎が戦うことになっているので問題ない。村の人口が少ないので力仕事を任せられない人を見張りに回している。仕事嫌いの風太郎もなんだかんだ言ってこの村には思い入れがあるので、村の防衛は真剣にやってくれている。ただ、このタイミングで襲撃とは、せっかくの宴に水を差されてしまった。
「風太郎なら大丈夫だろう。」
「それが、風太郎さんが押されてます。」親父の言葉を否定する見張り爺。嘘だろ、風太郎が繰り出すナイフ術は周囲の町や村を含めても俺以外で対応できる奴がいない。風太郎より強いとなると俺が戦うしかない。宴が始まって酒を飲んでから襲撃者がやって来なくて良かった。
「今すぐ行こう。」そう言ってツヨシは一人で村の入り口まで走っていった。宴を楽しむために昼飯を抜いたせいなのかいつもより力が出ない。
ツヨシが大急ぎで村の入り口まで来たとき、風太郎はもう既に横たわっていた。
「おい、風太郎に何をした!? 」
「ふん! 」左手に大きな杖を持った真ん中の人物が右手を横に伸ばし、指パッチンをした。それを合図としてツヨシに襲い掛かる両脇の二人。三人ともフード付きのぶかぶかの外套をかぶっており性別すら判断がつかない。ただ、真ん中の人物は体格から考えて少年か女性だろうと思われる。残りの二人の人物は手袋やブーツ、長ズボンにマスクなどを着用し、肌がまったく見えない。二人とも両手にナイフを持っている。
「ナイフか、ナイフを裁くのは慣れてるんだよ。」そう言いながらツヨシは二人を躱した。はずだった。左太ももに痛みが走る。視線を落とすと新鮮な切り傷。三つの違和感を覚えるツヨシ。一つは筋肉の動きがまったく感じられなかったこと。ツヨシほどの実力者にもなると、服の上からでも(暗闇の中でなければ)筋肉の動きを感じ取ることができる。しかし二人組からは筋肉の動きがまったく感じ取れない。だから足に向かうナイフへの反応が遅れた。二つ目は体が思うように動かないということだ。ナイフへの反応で後れを取ったツヨシであったが、(ツヨシにとっては)たとえ空腹だったとしても気づいてから躱すまでに十分な時間があったはずだった。しかし、思うような速さで左足を動かすことができなかったのだ。まるで動かしたい方向とは逆の方向に引っ張られているような感覚。その結果、左足にかすり傷を負ってしまったのだ。三つ目は切られた傷口からいつも以上に血が出ていること。それらは今までにツヨシが味わったことのない気味の悪い感覚であった。まるで魔法でもかけられたような感覚。とにかくこの戦いに勝たないと。先ほどの攻撃で背後に向かった二人組に対抗するため振り替えるツヨシ。
「なっ! 」そこにはなぜか杖を持った人物しかいなかった。後頭部に走る衝撃。後ろにいた二人組に飛び蹴り。三人組はツヨシに気づかれないうちに立場を入れ替えていたのであった。そのまま倒れるツヨシであった。襲撃者が杖を振った。それを合図に残りの二人が村のほうへ歩いていく。せめてこいつだけでも。そう思いながらツヨシは杖の襲撃者の右足をつかんだ。何度も杖で殴られるが、村人たちが生き残る可能性を少しでも高めるために必死で耐えた。しばらくすると、殴られる頻度が半減した。左のほうを見ると風太郎が襲撃者の左足をつかんでいて、ツヨシと一緒に殴られている。
「村長の家から火が出ました。」
「なんだと? 俺たちの食料はどうなる? 宴の準備で俺ら全員広場にいるだろ、なんで火が出るんだ? 」周りの村人たちが騒ぎ始めた。なんで今日なの? 明日にはツヨシは村長になって、私は長年夢見てきたツヨシのお嫁さんになるのに。依里は心の中で叫んだ。しかし声は出さない。村のファーストレディーになる女が泣き叫んだらみんなが混乱してしまうから我慢しなきゃ。そして、未来のファーストレディとしてみんなをまとめないと、
「とにかく、火を消しましょう? みんな家から容器を持ってきて、川の水を汲んできにかけましょう。」
「おい、こっちに二人やってくるぞ。」振り向くと村の入口のほうからやって来る二人の人影。やった! ツヨシと風太郎が勝ったのね。いっぱい心配したんだからあとで甘えさせてね。そう思って振り返った依里は絶望した。二人ともツヨシや風太郎よりずっと背が低く、見たことのない外套を身に着けていたからだ。
「ちょっと、ツヨシはどうしたのよ? 」二人組は何も答えずに、村人たちに切りかかった。依里を含め村人たちは何も抵抗できなかった。遠のく意識の中で依里はもう一度ツヨシに会いたいと思っていた。再開するためにはここで死んではいけない。死なないように意識を失うのを必死で我慢し続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます