第52話 買い物

『これなんてどう?』


『うーん… 』


『それともウルはこっちの方が似合うかしら。』


『そうかな、お姉ちゃん…』


『あ、でもあっちもいいわね。ウルもそう思うでしょ?』


『え? あ、うん。 そうだね?』


 目を輝かせながら店内を見て回っては、ウルエルザの手を引きアレだコレだと品物を勧めていく。そんなネルエルザの様子を困惑した表情を見せながら、しかしどこか楽しそうにする妹の姿がそこにはあった。


 今いるのは町にある服屋である。昼食を取った後、皆の服を求め足を運んだのだ。子供たちが着てる服は、商人から充てがわれた粗末な麻の服のみであったので、これから生活していく上でそれではあまりにもなので、こうして新たに服を手に入れる事にしたのだ。


 それに目を輝かせたのがネルエルザだ。やはり年頃の女の子なだけあって、オシャレには興味があるのだろう。妹のウルエルザは、そんな姉に振り回される形であった。


 他の子供たちも比較的肯定的であったが、一人、アネアだけはあまりいい顔をしなかった。これは、ファッションに興味がないというよりかは、遠慮しているという意味合いの方が強かった。やはり、一方的な施しは素直になれないのだろう。

 だからこそ、服を新しくする事が今後の為になると言い聞かせ、なんとか納得してもらう事にした。


 皆幼い子供ながら、こうも性格が違うものなのだなと、なんとなく嬉しくなってしまった。皆個性があっていいことだ。


 『ハッ ハッ ハッ  シュン! シュン!』

 

 荒い息を隠そうともせず、マメが物凄い勢いで近寄ってきた。その尻尾はブンブン音を鳴らすように振られている。見た目が豆柴そっくりのマメはその行動も豆柴そっくりなのだと感じさせる。


『これっ! これっ! どうですかっ!!』


 マメは両手を広げ、自身が着てる服をこれでもかと見せつけてくる。ゆったりめのズボンに長袖のシャツを着て、袖を捲って手元を出している。首元には大きな布が巻かれている。その姿はどことなく___いや、多分そうなのだろう。


『マメ…、その姿は__』


『ハッ ハッ  一緒!! シュンと一緒!!』


 思った通り、マメはこちらと同じような服を選んでいるようだ。無論まったく同じというわけではない。この服装はマメなりに考えてのものなのだろう。ボディーアーマーなどはもちろん存在しないのであくまで服装だけではあるが。


 マメはキラキラした目で顔を伺ってくる。

 そのどうだと言わんばかりの表情に、言葉がつまる。


『……ん、その、なんだ。 別に同じような格好をしないでも…。 もっとマメに合った服を着た方が…』


 みるみる表情が落ち込んでいく。尻尾は垂れ下がり、目からは光が失われていく。大好きな玩具を取り上げられたような、大好物のオヤツを貰えなかったような、そんな表情をしている。

 この世の全てに絶望したような、そんな表情をされると、なぜかこちらが悪いことをしているような気にさせられる。


『いやっ。 別にダメとかではなく、もっとマメに似合う服をだな… 』


 うなだれるように俯き、その場に座り込んでしまう。こちらを上目遣いで見つめ、そしてまた俯く。そんな事を繰り返している。どんよりした空気がマメの周りに流れている。


『……。その、あれだ。 うん。 似合ってるんじゃないか? 良いと思うぞ。』


 俯いていた顔は、そんな事はなかっと言わんばかりの、満面の笑みを浮かべている。目は大きく開かれ、垂れ下がっていた耳は天を突くか如く、尻尾はもはや残像を浮かべるほど振り回されている。


『ハッ ハッ シュンと一緒!! 一緒!! 』


 周りとグルグルと勢いよく回り始める。何かそんなに嬉しいのか、マメの感情は限界突破してしまったようだ。ここが室内だというのに、それすらも忘れ走り回っている。これは流石に店側に迷惑がかかってしまう。そう思いマメをたしなめようとしした時、大きな声が聞こえてきた。


「ワンッ!!!!」


「キャイン!」


 ものすごい勢いでひっくり返り、仰向けの状態で手足を丸めプルプルと震えだす。尻尾はこれでもかというぐらい丸まっている。

 店の外で待機していたアセナであったが、マメのあまりな行動に喝を入れたようた。アセナの喝にマメはもはや条件反射のように服従の姿勢をとってしまう。だが今回はマメの方が悪い。少しは反省してもらおう。アセナに感謝しなければ。


『マメ、おとなしく座って待ってる。』


『はい……』 


 先ほどとは打って変わりマメは、ちょこんとお座りして待機。

 少し可愛そうではあるが、しばらくは我慢してもらうしかない。


「それにしても、女の子の買い物ってのはやっぱり時間がかかるもんなんだなぁ。」


 店内を楽しそうに見て回る子供たちの姿をみて、そこには元の世界も異世界も関係ないのだと感じた。


 これまで沢山苦労してきたのだ。今は思う存分楽しんでもらおう。




――――――――――――――――――――




 幾ばくかの時間が経過し、あれこれ楽しんでいた子供たちも、皆だいぶ落ち着いたのだろう、皆それぞれの服を手にしそれぞれが新たな服に着替えている。

 

 新たな服を手に入れることに遠慮していたアネアも、今は動きやすい服装になっている。とはいえ、アネアの場合下半身は蜘蛛のソレであるので、服を着ているのは上半身のみである。


『皆それでいいか?』


 子供たちに尋ねると、皆が満足したように笑顔で応えてくれる。そんな子供たちの笑顔を見れたので、それだけでも来た価値があったと言えるだろう。


 本当ならば新品の服を買い与えたかったのだが、この世界では古着が基本なので仕方なくお古の服という選択になった。新品で服を調達しようとすると、仕立て屋で一から作らなければならなかったのだ。そうなると服とは言えかなりの値段になってしまうのだ。しかし、当の本人である子供らが、お古に対してあまり気にしていなかったので、それがせめてもの救いである。


 




――――――――――――




「あい、いらっしゃい__『ってお前さんか。』 」


 子供たちの服を買い揃え、次に向かったのは装備を購入した鍛冶屋である。

 あの時のトカゲ店員がこちらを姿を確認して声をかけてきた。


『今日はどうした? 注文の品が揃うのはまだ数日は先のはずだが。』


『今日は、別の用があって来た。』


『別の用?』


 後ろに控えていたアネアを店内へと促す。

 アネアの姿を目にしたトカゲ店員が僅かばかり目を見開き、驚きを口にする。


『こいつぁ驚いた…。アラクネ族か。森の番人を町中で見かけるたぁ珍しい。お前さんアラクネ族と知り合いだったのか。 ん? そのアラクネ族…まだ子供じゃねぇか。そんな小さな子に装備__ってアラクネ族か。 』


 納得した様子をみせるトカゲ店員。やはりアラクネという種族は狩りの名手として知れ渡っているようだ。


『しかし、珍しいな。アラクネ族は自分たちが使う道具はあまり外には頼まないと思ったんだがな。まぁ全てが全て自分らだけで揃えるわけでもないのか。それで、アラクネの嬢ちゃんは何を所望なんだ?』


『槍が欲しい。丈夫で、それでいてある程度は|撓〈しな〉るのがいい。大きさは私の身長より少し高いぐらい。重さはあまり気にしない。穂先は斬るよりも突くを重視した形状がいい。』


『素材は?』


『集落に居た時はヤルラの木を使っていた。』


『鉄槍ではなく木槍か。まぁ、森の狩人ならそうだろうよ。ヤルラの木か……。ちょっと置いてねぇな。他の鉄木で良ければいくらか置いてあるんだがな。』


 トカゲ店員は店の中にある槍を幾つかを手に持ってきた。


『ここいら辺が要望に近い槍だな。穂先はある程度基本的なものを揃えた。重さに関して言えばアラクネの嬢ちゃんなら問題なく使えるだろう。長さは…そうさな、もし長いようであれば柄の部分を少し短くするぞ。』


 トカゲ店員が運んできた槍を、一つ一つ丁寧に手に持って感触を確かめる。その目つきは真剣そのもので、アラクネという種族の一端を感じさせるものであった。


『__試してみても?』


『ああ、構わないぜ。』


 そういうとトカゲ店員はアネアを連れて店の奥へと入っていく。どうやら店の奥で武器を振るえる場所があるらしい。


 少しして二人が店の奥から戻ってきた。


『決まったか?』


『うん。 シュン…、これいい?』


『問題ない。アネアが気に入ったなら俺は構わない。』


『__ありがとう。』


『いやはや、アラクネ族ってのはやっぱり凄ぇもんなんだな。幼い嬢ちゃんでソレなんだから、大人のアラクネとは争いたくないもんだ。 それで、嬢ちゃん。その槍だけで大丈夫か?』


 トカゲ店員の言葉にアネアはちらりとこちらを伺うように視線を向けてくる。そこにはどこか遠慮したような、それでいてどこか期待するような、そんな視線だ。


『アネアが欲しいものを頼んでいい。』


 アネアの顔に喜びの表情が浮かぶ。服の時はあれだけ遠慮していたのに、装備となるとこうして主張してくれるのだ。やはりアラクネ種族といのは、根っからの狩猟民族なのだろう。


『投槍が欲しい。これは長さが私の身長より少し短いぐらいがいい。穂先は鉄でなくても構わない。集落では黒曜石を使っていた。』


『投槍か。こいつはあまり種類が無いな…。もしかしたら受注になるかもしれないぜ。構わないか?』


 アネアが振り返り顔を向けてくる。


『ああ、構わない。』


『ありがとう、シュン。』


 トカゲ店員が店の奥へと向かっていく。

 それを確認したアネアが、こちらに体を近寄らせ小声で話しかけてくる。


『シュン…。シュンは物を消したり現したり出来るの?』


『え?』


『街道で私達を助けてくれた時、人間たちの武器や装備、荷物なんかを一瞬で消してた。それに荷馬車も。でもシュンの様子を見るとただ単に消失させてる風には見えなかった…。だから消すだけなんじゃなくて____もしかしたら取り出せるのかもって…。魔道具の中にはそんなことが出来る物もあるって聞いたことがある。だから、もしかしたらシュンもって……。』


 アネアの言葉に少しばかり目を見開く。アネアはあの短い時間でそれらをよく観察していたようだ。そしてその答えに至ったのだろう。


『もしそうだとしたら……、お願いがある。』


『願い?』


『うん。投槍の幾つかを、シュンに持っていてもらいたいの。』


 どうやらアネアの願いとは投槍をストックして欲しいというものらしい。これは投擲用のナイフやマチェットと同じような感覚なのだろう。あれらの武器を全て手に持っておくのは不可能なので、このストック機能はかなり便利である。それと同じことを投槍でもしたいのだろう。特に槍はナイフとは比べものにならない位かさ張る。アネアの考えも最もだ。


『アネアがそうしたいのならば構わない。』


『いいの?』


『ああ。とはいえ、あまり広めたくはない、他言無用。』


『うん、判ってる。 ありがとう、シュン。』


 しばらくしてトカゲ店員が店の奥から戻ってきた。その手には幾つかの槍が握られていた。


『こいつが、比較的投槍に適した槍だが、どうだい。』


 アネアは運ばれた槍の幾つかを手に取り、感触を確かめる。これらの投槍は先程の槍より幾分短く太さも抑えめで、耐久度はあまり高くなさそうにみえる。切ったり突いたりには向かないようだ。だからこそ投擲用なのか。消耗品にあまりコストはかけられないのだろう。


『__これがいい。』


『そいつか。 投擲用ってことだから数はそれなりに必要なんだろう。どれぐらい欲しいんだい?』


 アネアは考えながらこちらに顔を向けてくる。


『シュン…』


『投槍だからな…。20もあれば平気か?』


『っ! そんなに頼んでも平気なの…?』


『こういうのは命に関わることだからな。渋る必要はない。』


『…ありがとう。 それじゃあ、20お願い。』


『あいよ。それじゃあ、とりあえずそっちの槍は今日持ってっていいぞ。投槍は後日にでも。そうさな……、お前さんが注文していた山刀と一緒の日に渡すので構わないか?』


『ああ、問題ない。』


『あいよっ! へへっ。 お前さんとがいると結構な取引になるからいい客だぜ。これからも贔屓にしてくれよな。色つけてやるぜ。』


『そうか。ではこれからも利用させてもらうとしよう。』


『ありがとうよ。』


 トカゲ店員とやり取りをしていると何やら後ろから凄まじい視線を感じる。そしてその視線に混じって「ハッ ハッ ハッ 」と荒い息使いが聞こえてくる。それはもう、抑える気ゼロの全力の息使いである。

 

 気が付かないフリが出来ればのだが、しかし、あまりにも主張が激しいその存在に、無視し続けるのは難しい。

 

 後ろを振り向くと、そこには予想していた通り、いや予想以上の、目をキラキラと輝かせて、これでもかというぐらい期待を胸に秘めたマメの顔があった。

 純真無垢な表情で「ボクのは? ボクのは?」と感情が漏れ出ている。


『……、マメは何か扱えるのか?』


『!?』


 途端に表情が曇っていき、尻尾は重力に負け垂れ下がってしまう。どうやらマメは何も扱えないのに武器を欲したようだ。流石に扱えない獲物を渡すのは危なすぎる。残念だがマメには我慢してもらうしかない。


 我慢してもらうしか__



『……ふぅ。 その、すまない。小さい子が扱えるような小型のナイフとか無いか?』


『お前さんも大変だなぁ。 ちょっと待ってろ。____こいつはどうだ。小さすぎて武器には使えないが、果物を剥いたり木を削ったりぐらいなら出来る。これならその犬人も使えるだろうよ。』 


 手渡されたのは手のひらにすっぽりと収まりそうなぐらい小さな小型ナイフで、これなら確かに体の小さい子供らにも使えるかもしれない。


『では、すまないがこれを5つ用意してくれないか。』


『了解。このナイフなら数もそこそこあるから今日持って行ってもいいぞ。ついでだ、鞘の代金はまけといてやる。』


『いいのか?』


『ああいいぜ。沢山注文してくれてるしな。それぐらいは付けてやる。』


『そうか、感謝する。』


 トカゲ店員から渡されたナイフをサービスで貰った鞘に収め、それをマメに手渡す。


『マメ、刃物は危ないから、気をつけて扱うんだぞ。』


 ナイフを受けとったマメは、先程の落ち込み具合が嘘のように、それはもう感情が爆発したかのように、目を輝かせナイフを両手で上に掲げている。


「ハッ ハッ ハッ ワオォォォーーーーーンーーーーーー!!!」


 感情が限界突破したマメは、それはもう喜びを体全体で表していた。頬は紅葉し、目は潤み、それでいて声を止めることが出来ないでいる。

 尻尾はもやはその姿を視認するのも難しいほどで、そのうち尻尾で空が飛べてしまうのではと錯覚してしまうほどである。


 留まるところをしらないマメの感情表現であるが、そんなに激しくしているとそのうち___


「ワンッ!!!!!」


「きゃうんん!!!」


 毎度お馴染み、アセナの叱咤により一瞬にしてひっくり返される。プルプルふるえ、目は違う意味でウルウルしている。


 いったい何度このやり取りを見ればいいのだろう。マメにはもう少し感情をコントロールするすべを身に着けて欲しいものだ。


『……お前さん本当に大変だなぁ…』


『……騒がせてすまない。』


 トカゲ店員に謝罪し、代金を支払い店を後にした。



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