第46話 再会
荷馬車の扉を開け中へと視線を向ける。中は薄暗くジメッとしている。しかし酷く汚れているかというとそういう事はなく、ある程度は小綺麗にしてある。これは粗末に扱うと彼らの価値が下がってしまうからだと思われる。商人側としてもそれは望まないのだろう。
『大丈夫、君たちを捕らえていた者たちは排除した。安心して出てきてくれ。』
不安を取り除くように優しく声をかける。あまり怖がらせても良いことはない。ちなみに荷馬車を守っていた護衛の遺体はすでに近くの茂みに移動させている。無理に彼らに見せる必要はない。
最初に荷馬車から出来たのは、複数のマーカーを守るようにして一歩前に出ていた人物__、スクォンクの友であった。
『君が、スクォンクの友か。』
『…、スクォンクが友と言っていたのか?』
『ああ、そうだ。』
『…そうか。 スクォンクは今でも私のことを友と思っていてくれるの…。』
そう言うと、目の前の人物は目を伏せ、そしてしばらく目をつぶっていたかと思うと、ぱっと目を開け、まっすぐコチラを見つめる。
『__私がスクォンクの友、アネア。』
アネアと名乗る人物。
まだ幼さが残る顔で、力強い視線を向けてくる。
彼女の事はスクォンクからある程度聞いていたが、こうして改めて目の前にすると、ここは異世界なのだと感じさせられる。
まだ幼さが残る容姿をしているアネア、しかし弱々しいという印象は抱かない。それは彼女の下半身にある。
彼女の下半身__腰から下は人のソレではなく蜘蛛の姿を形どっていた。細く鋭く、大きく力強さを見せる歩脚が四対、胸部から生えており、その後ろの大きな腹部が蜘蛛という存在を主張していた。
アラクネ
そう呼ばれる亜人種、それがアネアだ。
スクォンクからアネアの話を聞いていたので、判ってはいた事なのだが、改めてこの目にすると、やはり驚いてしまう。
『そんなにこの体が珍しい?』
こちらの視線に気が付いたのか、アネアがそんな言葉を投げかける。そこには明らかに不快感が含まれていた。
『いや、そういうわけではない。アラクネという種族を初めて目にしたもので、思わず見とれてしまった。不快にさせてしまい申し訳ない。』
いくら珍しからといって、初対面の相手に対して、してよい態度ではない。
頭を下げて謝罪する。
『本当にすまない。』
『……謝罪の必要はない。以後改めてくれればそれでいい。』
『ありがとう。』
謝罪を受け取り、その表情が少し柔らかくなる。
そんなやり取りを、荷馬車の中から伺っている者たちが複数。
この事に気が付いたアネアが、その者たちに語りかける。
「みんな大丈夫。だから出ておいで。」
「…出ても大丈夫?」
「うん、もう大丈夫。だからみんなこっちおいで。」
しばらくしてゆっくりと囚われていた者たちが荷馬車から降りてくる。アネアを含む彼ら、彼女ら、全部で五人。その彼らはすべて獣人・亜人とよばれる種族であった。彼らの容姿は様々であったが、その誰もが幼く見える。どうやら商人はそういったまだ幼いものを狙っていたようだ。
荷馬車から出てきた彼らが、アネアの周りに身を寄せている。いくら安全だと言われてもやはり不安なのだろう。
『改めてお礼を言わせてほしい。助けてくれてありがとう。』
アネアが一歩前に出て、こちらに頭を下げてくる。
『構わない。お礼はスクォンクに言ってくれ。』
『…スクォンクは今何処に?』
『此処からほど近い町の宿舎にいる。昨日まで荷馬車が滞在していた町だ。』
『そう。 彼にもお礼を言わなくてはね…。』
アネアは口元を緩めそう言葉をもらす。
それを近くで見ていた子らが不思議そうな顔をしている。
『ん、ああ。スクォンクというのは私の友達。その友達がそこの彼に、私たちを助けてくれるよう頼んでくれたみたいなんだ。__そういえば、まだ名前を聞いてなかった。よかったら名を教えて欲しい。』
『俺の名はシュンだ。それでこっちはアセナだ』
「ワン!!」
『シュンにアセナ。あらためて礼を。 ありがとう。』
再び頭を下げるアネア。それを見ていた周りの子らが真似をするように頭を下げ、各々がお礼の言葉を口にしていく。
『さて、いつまで此処に留まっている訳にも行かない。とりあえず町に引か返す。付いてきてくれ。』
アネアが同意するようにうなずいて答える。他の子たちも同じ様にしてうなずく。
町へと戻る前に、やるべきことをやらなければ。
まずは、この目立つ荷馬車をどうにかしなければならない。このまま道に放置していては、目立ってしょうがない。それにあまり痕跡を残すのもよろしくない。なので荷馬車を収納してストックする。これで痕跡を消すことが出来る。
アネアたちが目を見開いて驚いているが、ゆっくりと説明している暇はない。
次に護衛の遺体を街道から外れた森の奥に移す。このまま街道近くの茂みに置いたままだとそのうち街道を通った者に発見されてしまうだろう。遺体を移している間、亜人の子らには少し離れた位置で待ってもうことにする。子どもらに無理に遺体を見せる必要はない。
遺体を運んでいると、アネアがこちらに近づいてきた。
『アネア、どうした?』
『私も、運ぶのを手伝う。』
『いや、その必要はない。アネアは向こうで子供たちと一緒に__』
『私たちを助けるためにした事。その上このような事まで任せっきりなのは、あまりにも失礼。大丈夫、私たちアラクネ種、力も強い。』
そういうと、アネアは遺体をその背中に軽々と乗せていく。あっというまに三体の遺体を背中に乗せそのまま森へと運んでいく。
「おお…すごっ…」
大の大人を数人、軽々と運ぶ姿はその幼い容姿も相まって驚きの光景である。彼女の言葉通りアラクネという種族は相当力が強いらしい。幼い彼女でもこれならば、成人したアラクネであれば相当なものになるだろう。
そんなことを考えながらアネアと共に遺体を森へと運んでいく。
『ありがとう、助かった。』
『問題ない。これくら、手伝うのは当たり前。』
遺体を運び終わり、子どもたちの元へと戻る。そこではアセナが子どもたちを守るようにして待機してくれていた。
「アセナ、おまたせ。 さて、それじゃあ町へ戻ろうか。」
「ワン!!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「うぉーーん、うわぁああああおぉぉんんんーー。」
宿屋の一室、再開を果たしたアネアとスクォンクが取り合って互いの無事を確かめ合っていた。アネアの無事を確かめたスクォンクは今まで以上に涙を流し、室内はすでに涙で水浸しになっている。鳴き声には嗚咽も混じり、息苦しそうにして、それでもそれでも涙は止まることなく流れ続ける。苦しそうなスクォンクの背中を、アネアは優しくなでる。嗚咽が収まるまで、繰り返し繰り返し。
しばらくの間泣き続けていたが、時間が経つにつれ少しづつだが収まってきた。
「アネア、アネア。 無事で本当に良かったよ…。おいら、アネアが連れ去られちゃった時、何も出来なくて…。ごめんよ…ごめんよ…。」
「ううん、大丈夫。それより、スクォンクが無事ていてくれて本当に良かった。あの時、スクォンクがあいつらに…。スクォンクが死んじゃったんじゃないかって…。友を助けられなくって、自分が許せなくって…。でも、無事だと知って、本当に嬉しかった…。」
どうやらアネアもスクォンクの事を心配していたようだ。しかし、自身は捕まってしまっていたのでどうすることもできず、苦悩していたのだろう。
ひとしきりお互いの様子を確かめ合った後、あらためて二人に感謝された。アネアは深く頭を下げ、スクォンクは大粒の涙を流しながらお礼を言葉にする。
『礼には及ばない。二人が再会できてよかった。それに、他の子たちも助けることが出来てよかった。』
アネアと一緒に囚われていた子たちに、改めて視線を向ける。子どもらはアネアとスクォンクの様子を傍らて眺めていたが、二人がある程度落ち着いた事を確認すると、こちらに話しかけてきた。
『救けて頂き、本当にありがとうございました。』
『あ、ありがとうございます。』
『ありがとう』
『ありがとうです』
『アネアにも言ったが、気にしなくていい。そこのスクォンクに頼まれたに過ぎない。』
『それでもです。貴方が救けて下さったことには変わりません。』
子どもの一人がそういって再び頭を下げる。まわりの子も同じように頭を下げていく。
「そこまで畏まって感謝されなくてもいいんだけどなぁ…。」
先程も言ったが、彼女らを救けたのは何も完全な善意からではなく、自分のため__もといピピィに降りかかる火の粉を払ったにすぎない。ある意味救けたのはついでともいえる。なのでこのように全力で感謝されてしまうと、なんとも言えない気持ちになってしまう。
「シュン、彼女らを救けたのは間違いないないのだから、素直に受け取ってあげればいいと思うよ。」
「エリィ…」
「シュンはあれこれ考え過ぎだよ。もっと気楽にすればいい。シュンが彼女たちを救った。彼女たちは助かった。それでいいじゃないか。」
「そんなもんなのかなぁ…」
「そんなもんさ。それより、そろそろお互い自己紹介してもいいかな。」
そういえば、アネア以外の子らの名前をまだ聞いていなかったことに気が付いた。この町まで来る途中では、子どもらは緊張していたので、あまり会話をすることが出来ていたかったからだ。
そういうことなので、場も落ち着いたことだし改めて自己紹介をすることにした。
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