第10話 見えない何か
洞窟の中で座っている。
膝を抱え顔を埋め目をつぶり置物のように動かずじっとしている。
洞窟内は陽の光も当たらず全てを闇つ包んでいる。
普通ならば焚き火でもして明かりを灯すであろう状況にも関わらずそれらを一切せずに暗闇に溶け込むように身じろぎ一つせず座り続けている。
先日遠征のことを思いだす。
あの時の光景が頭の中で何度も何度も繰り返され、一時も忘れることが出来ずにいた。
あの瞬間何が起きていたのか今でも理解することができない。
何故あのような事が行われていたのか。
あれは…
あれはただの虐殺だ
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
遠征の果に発見した、森を抜けた先の村では人々が逃げ回っていた。
いや、正確にはそれは人では無いのかもしれない。
その容姿は人のそれとは大きく異なっており、ファンタジーでいう所のオークと呼ばれるような異形の容姿をしていた。おそらくこの村の住人なのであろ。
その者たちは必死にその場から逃れようとしていた。
今も一人のオークが村の外へと走って行った。
必死に逃げるその姿は物語で登場する邪悪なモンスターのそれでは無く普通の人と何ら変わらないように思える。
そのオークが背後から斬り伏せられていた。
背中を深く切りつけられた事により足をもつれさせその場に倒れ込んでしまった。その傷口からおびただしい量の血が溢れ出て重症であろうことがひと目見て理解できる。痛みによるショックからか上手く動くことが出来ないのかその動きは鈍くそれでもその場から逃げようと這いつくばっている。
そのオークの背中に剣が突き刺された。
地面に縫い付けようとするかのように深々と刺さる剣。
苦悶の表情を浮かべたそのオークはそのまま動かなくなってしまった。
動かなくなったオークの背中にさらに剣を突き刺す。
二度三度と繰り返し行われたそれは、最後にオークの首に剣を突き刺すことで終わった。
剣を突き刺した人物は鎧でその全身を覆ってた。
兜を身に着け鎧の上から深い青色のマントを羽織り、そのマントには見たこのない紋章のようなものが描かれていた。
オークに剣を突き刺した者は、その剣を引き抜くと踵を返し村の中へと進んでいった。
村の中では同じような虐殺が至るところで行われていた。
逃げ惑うオーク。
泣き叫ぶオーク。
一際小さい、おそらく子供であろうオーク。
その誰もが平等に剣で斬り裂かれていた。
この虐殺を行っている者たちは皆同じ鎧を身に着けており、そのことから野党などではなくどこかの部隊ないし組織に所属していることが容易に見て取れる。
その人数も軽く数えても10は超えることからこれが偶然による行為ではなく組織だっての行動だといえるだろう。
その集団は手を止めること無くオークを虐殺し続けている。
何故このようなことが行われているのか。
目の前の惨劇に理解が追いつかないでいた。
ゲームなどではオークやゴブリンといった魔物はその醜い形相から、またその凶暴性から討伐対象であることが多かった。
では今目の前にいるオークはどうだ。
たしかにその容姿は人のそれではない。
では凶悪そのものなのか。
見た所オークは武器のようなものを所持しているようには見えない。
衣装も多少汚れているとはいえ知性のない魔物が着るようなボロではなく普通の人が身に着けるであろう麻で作られたような衣服だ。
人と同じような知性を持ち、確かな社会性があるように見える。
とても人に害をなすような魔物には見えない。
ではなぜ彼らは虐殺されているのか。
虐殺を行っている集団は次々に村のオークを斬りつけていく。
その中のひとりが兜にを脱ぎ額の汗を拭っていた。
兜を脱いだその様相は人間の顔そのものだった。
もしこれが異形の顔であったならば種族間の争いであったのかもしれない。
しかしその風貌は紛れもない人間であった。
人間が一方的に村人を虐殺している。
そのようにしか見えなかった。
不意に人間の一人がこちらに視線を向けてきた。
兜を被っているので確実にこちらを見たとは言えないのかもしれない。
しかし、この惨劇を目の前にしたことでパニックになっていた者にとってそれで充分であった。
殺される。
森の中へ全速力で走っていた。
後ろを振り向くこと無く死にものぐるいで脇目も振らずただひたすらに。
息が切れ喉が燃えるように熱く肺に上手く空気を取り込めない。
それでも気にせず苦しさを抑え込み、必死に逃げていった。
昼も夜も関係なく考えることさへえ放棄しひたすらに走り続けた。
気が付いた時には拠点にしていた洞窟の前で立ち呆けていた。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
洞窟に戻ってきても、ただじっとする事しか出来なかった。
村で行われていた虐殺の場面が何度も頭の中で繰り返される。
その度に言いようのない恐怖が身体を支配していく。
もしあの場で見つかっていたらどうなっていた事か。それがたまらなく怖かった。
自分の顔を撫でる。
毛で覆われた頭部に大きな耳に、前面に突出した鼻と口。
到底人間とは思えないオオカミに酷似したその容姿。
あの場に居た人間たちはオークを虐殺していた。
この世界の人間にとって異人種は虐殺対象なのだろうか。
その刃が自分の向けられた時、はたしてどうすれば良いのだろう。
自分が虐殺の対象になってしまうのではないのだろうか。
その思いが頭から離れなかった。
あれほど人と会うことを望んでいたのに今では逆になってしまった。
見つかったら殺されてしまう。
自分はどうすれば良いのか。
わからない。
何もかもがわからない。
どうしてこんな事になってしまったのか…
「ふざけんなよ…クソ…」
ふと目が覚める。
身体を抱きしめるようにして横になっていた。
どうやら自分でも気が付かないうちに眠ってしまっていたよである。
嫌な汗をかいたせいか身体がベトベトしていて気持ちが悪い。
それにヒドく身体がダルい。
そこでここ暫く食事を取っていないことに気が付く。
色々なことがあってそれどころではなかったら忘れていたのだ。
ポーチからレーションを取り出し口にする。
口にした瞬間空腹が和らいだと共に幾分身体が軽くなったような気がした。おそらくレーションの効果で体力が少しばかり回復したのだろう。
それでもこの鬱蒼とした気分は晴れてはくれなかった。
一口二口と食べていくが、味がしない。
あまり食欲も出てこずこれ以上食べる気が起きなず食べる手が止まる。
あんな惨劇を目撃してしまったのだ。
食べる気が失せるのも仕方がない。
食べかけのレーションを放り投げ膝に顔を埋めて蹲る。
今は何もしたくない。
また思考の渦へと嵌っていくであった。
どれぐらいの間そうしていたのだろう。
ふと気配を感じ頭を上げて周りを見渡す。
しかし周りには誰かいる様子もない。
有りもしないものに怯えるとか少し神経質になって居るのだろうか。
「…いよいよダメになってきているのかもしれないな…」
顔を埋め蹲る。
……゙…
何かいる!
勢いよく顔を上げ辺りに視線を向ける。
やはり何もいない。
けど、確かに何かの気配を感じる。
最初は勘違いかと思っていたが、そうではない。
目には見えないが何かが近くにいる。
そんな気配を確かに感じる。
「誰だ! 誰か居るのか!」
立ち上がり怒鳴るようにして問うが返事は返ってこない。
「ふざけるな…ふざけるなよ! 誰だよ!出てこいよ!」
怒鳴り散らすが辺りは静かで自分の声が洞窟内に響くだけである。
自分以外に何も居ないはず。
だが確かに気配はする。
「なんなんだよ!おいっ!」
神経を尖らせ周りを見渡す。
不意に視界の隅に映し出されているミニMAPに目線が行く。
そして思わず我が目を疑った。
ミニMAPには自分の位置がマーカーとして表示されている。
しかし、それだけではなかった。
そこには自分以外のマーカーも同時に表示されていたのだった。
自分のすぐ近くに別のマーカーが表示されている。
しかし近くには誰もいない。
何だこれは。
バグか?
しかしこれはゲームではない。バグなどあるのだろうか。
ミニMAPで映っているマーカーの辺りを注意深く見てみるが、やはりなにも居ない。
だがマーカーの近くに何かしらの気配が強く感じるような気がする。
ミニMAPでは詳細までは詳しく表示されない。
もっと大きいMAPで確認しなければ。
そう思いメイン画面を開きメインMAPを開こうとした時、ある項目に目を奪われた。
メイン画面では各種の項目の詳細を確認することが出来る。武器やアイテムといった物からマップといった物以外のものも確認出来るようになっている。ゲームではそれら以外にも所持金やショップといった項目やクランといった仲間同士でやりとりすることが出来る項目も使用することが出来た。
そしてゲーム内では他のプレイヤーとチャットでやり取りする機能も存在していた。そしてその機能では相手の名前や簡単なステータスなども確認することが出来るようになっていたのだ。
その項目に何故か文字が映し出されていた。
誰も居ないはずなのに画面表記されている。ということはこの場に何者かが存在しているということなのか。
文字が映っている項目を確認する。
ここは相手の名前が表示される場所だ。
「なんだこれ、…名前、なのか。」
そこに表示されている名前を、確認する時思わず口ずさむ。
「…ミミ?」
『!?』
表示されていた名を呟くとそれに反応するかのように何かが揺らいだように感じた。
今まであやふやだった気配が少しずつ具現化していくような感覚に、そして次第にそれは確かな存在感を放ち始め、いつしかその存在を、確かなものとして認識出来るようになっていった。
それは近くをふわふわと漂っていてこちらを凝視していた。
手のひらに収まるぐらいのサイズのそれは、こちらに近づきすぐ目の前までくると顔を覗き込むようにして目を合わせてくる。
そしてその小さなそれがその小さな口を開きこちらに喋りかけてきた。
「あなた、私が視えるの?!」
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