第13話 本意とは違う

 離宮の警備を強化するよう騎士団に取り合っても、わかったと、返事があるだけで強化されず、現状維持のままだった。

 暇をもてあます俺が離宮に入り浸るくらいのことしか出来ず、歯痒い思いをさせてしまっている。フルール様付きの近衛だと言っていたドニの姿をここ最近目にしていない。本当に離宮の、フルール様の警備はどうなっているのだろうか?

 恐怖に泣いていたフルール様は健気にも笑顔でダンスの練習にいそしみ、マルレーヌ妃は穏やかに笑っていた。

 この離宮に隠されている秘密に、不穏な暗殺未遂があったなんて微塵も感じられなかった。

 それに、婚約披露の日が近いとも感じない。フルール様への婚約祝いの品が少ないせいだ。国王に疎まれている相手にわざわざ贈り物を用意しようと思わなくて当然か。


 呼びかけに振り向けば、件の公爵が柔和な笑みを浮かべていた。朗らかな表情の奥にある眼はなにを考えているのだろうか? フルール様と公子の婚約を邪魔した俺なんか煙たいだろうに。


「君がフランセーン卿か。君のような有望な騎士に子供の婚約者をあてがうなど、陛下はなにを考えているのだろうね」

「有望……と、思って頂いているからこです」


 王宮内で国王の批判をすとは、叔父であればなんでも許されると思っているのか。かつては赤茶だっただろう白髪をくるくると巻いた頭はいつの流行だ? 子供の頃に祖父がしていたような記憶もあるが、一過性の流行物だった変な髪型だ。国王への批判もその変な髪のせいで余所へ飛んでしまう。


「疎んでいる妹をか? 君に起きた不幸を考えればこれは……」


 俺の、あの惨劇を知っているっていうなら黙ってほしい。不幸なんて言葉一つで語られたくない。


「まあ、そんな不幸も気にすることなく子供と婚約するくらいだ。君も良い性格をしているのだろうね」


 彼女以外なんてどうでもいい。それは今も変わらない、不変なものだ。フルール様を愛おしいと思う事は今も、これからだってない。フルール様への俺の思いは……職務に近いものだ。俺には彼女がいたんだ。


「この身に起きた不幸にいつまでも嘆いているわけにもいきませんから」


……なにも知らないくせいに。


「おかげさまで出世する事ができるのです。こんなに喜ばしい事はないのではないでしょうか」


 出来ることならば、俺は……視界に掠めた赤い色が目に痛い。ほら、ドニが気まずそうに視線を下に向けた。交わった視線にフルール様は悲しそうに眉を歪めて、微笑むんだ。子供がするような表情じゃない。


「陛下は花嫁を亡くした自分に、慈悲を向けてくださった。これからも変わらない忠誠を尽すのみです」


 ははは……

 なんでこんなに苦しいんだろうな? 目の前にいる公爵はなにを考えているのかわからない穏やかな笑みを浮かべている。その後ろにいるフルール様は子供らしくない表情で……フラヴィ、俺はフルール様を傷つけたいわけじゃないんだ。フラヴィならわかってくれるよな?


「出世の為なら花嫁の死をも利用すると? 本当に君は良い性格をしているよ」


 公爵の高笑いは耳にまとわりつくようで、気持ちが悪い。

 肩をすくめたドニを伴ってフルール様は引き返していくし、弁明のしようもないのだから仕方がない。……だけど、言い訳くらいはしたかったな。言い訳なんてないんだけど、言い訳をしたら意味が無くなってしまうんだけどさ。


 鳴り響くような悲鳴に公爵が身を竦め、肩から血を流したドニが這いずりながらこちらに向かってくる。

 たった今まで、ドニはフルール様と一緒にいたよな?


 ……フルール様は?


 喉に声が張り付いたように声が上手く出ない。


「……まさか……王宮内で、襲われるとは思わ、なくて」


 王宮内でそんなこと考えつく奴なんていないだろう。だって、国王の住まう場だぞ。騎士だって沢山いて、常に警戒されているような場所で……


「……それで、フルール様は?」

「そのまま、連れていか……マルタン!?」


 ドニの這い出してきた方向へ走り出す。

 ドニがまだなにか言いかけていたけど、そんなもの知るか。一人でいるフルール様の方が心配だ。連れさらわれたっていうならな……最悪な事を考えてしまう自分が嫌だ。考えたくないのに、真っ赤な血溜まりに横たわる姿を……嫌だ!

 まだ、フルール様は子供だ。ドニが血がを流すような怪我をしたことだってきっとショックを受けただろうし、護衛の騎士からフルール様を連れ去ったってくらいだ。それなりの手練れだろう。それだけじゃなくて、人を殺すことだって厭わないはすだ。

 騒ぎ喚く奴らがいる方向にむかって走る。なにも手がかりがないけど、フルール様を連れていれば、ここで子供を抱えていれば悪目立ちするはずだ。


 くそっ!


 なんでこの騒ぎは王宮の奥に向かっているんだよ。外へ向かうんじゃないのか?


「おい! 赤い子供を連れた者が通らなかったか?」

「え? 赤? あ、それなら向こうに……」


 尋ねた相手に礼を言うような余裕もなく、侍女が指さした方向に走って、どうして謁見の間に出るんだ?

 謁見の間に通じる扉の前に近衛騎士がいないってことは、今ここには誰もいないはずだ。なのに扉が開いてる。今国王は……


「マルタン!」


 フルール様の声に視線を奥に向ければ、薄い桃色のドレスに血が滲んでいた。

 怪我をされた? いいや、あれはドニの血だ。恐怖と不安に泣いてはいるけど、どこかを痛そうにしてはいない。大丈夫。まだフルール様は無事だ。

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