EX7 人犬族と自警団長の話

 自警団長のラッカムは、新たに建設されつつある人犬族の集落を眺めていた。

 隣には、部下である自警団員のオード。

 反対の隣には、チェインハルト商会の社員であるクーネアが立っている。


「農具に荷車、馬、新しい衣服――さしあたって生活に必要なものは用意いたしました。今後、魔鉱石の採掘量に応じて賃金を支払いますが、生活が安定するまでは定期的に支給します。新しい畑の開拓と井戸の追加には、商会から人員を出します。あと、鉱山にモンスターが出るそうですので、護衛のため、冒険者を数人」


 と、クーネアは資料を見ながら告げていく。


「――おそらく、二ヶ月後には、集落として最低限の体裁は整うでしょう」


 つまり、これまでは最低限の集落ですらなかったということだ。


 無論、南方の都市出身らしいクーネアの基準は、この国とは違うだろうが。

 それでも――。


「すまない」


 ラッカムは彼女に頭を下げた。


「俺はあいつらに何もしてやれなかった。感謝する」


「いいえ」


 クーネアは、メガネのブリッジを押し上げながら微笑む。


「私は会長であるエドの指示に従っているだけですから。それに――人犬族の皆さんへの聞き取りをしているときに何度もあなたの名前を耳にしました。あなたがかばってくれなければ、自分たちはとっくに領主に殺されていた、と」


「…………」


 へっ、とラッカムは小さく鼻を鳴らして視線を逸らした。


 そんな団長を見て、オードが言う。

 

「それで、本当に行くんですか、団長。バリガンガルドに」

「ああ。ロロコと約束しちまったからな」


 約束と言っても、彼女が一方的に言っただけだったが。


『帝国でここから一番近い冒険者ギルドに向かう』


 彼女は、人犬族たちの仲間たちがヴォルフォニア帝国領に向かうと思っている。

 事情が変わり、彼らはここにとどまることになった。

 誰かがそれを知らせに行かなければならない。


 ダンジョンに潜っても、彼女と会える可能性は低い。

 ならば、彼女たちが目指す目的地に、自分も向かうべきだ。


 彼女と、あのしゃべるリビングアーマーを信じて。


「では、私はこれで」


 と、クーネアが立ち去る。

 大陸各地を飛び回っているエドの代わりに派遣された彼女には、仕事が山積みらしい。


 彼女と入れ替わるようにして、人犬族が二人やってきた。


 村長役と、その妻だ。

 同時に、ロロコの親代わりでもある。


「ラッカムさん」


 村長は、弱々しい声で言う。


「ロロコのこと、よろしく頼みます」


 そして妻と一緒に頭を下げた。


「ああ――やはり、ダンジョンになど行かせるべきじゃなかったんです。いくらあの子が強いからって……っ」


 妻はそのままその場に泣き崩れてしまった。

 村長も、引きずられるようにうなだれる。


 ラッカムは、人犬族たちが脱走を計画していた場にいたわけではない。

 だから詳しいことはわからない。

 だが、ロロコがどんな態度で自分が囮になることを言い出したかは想像がついた。


 彼女は、言い出したら絶対に譲らないのだ。

 そして、彼女に諦めるよう説得できるような気力を持っていた者はいなかっただろう。

 みんな追い詰められていたのだ。


 しかし、諸悪の根源であった領主はいなくなった。


 彼は、ブッロケンウルフの騒動の最中に行方不明となっていた。

 あれから三日。

 捜索は続けられているが、おそらく見つかることはないだろう。


 ラッカムは、村長と妻の肩に手を置いた。


「大丈夫だ。あいつはちゃんとあんたたちのところに戻ってくる。俺が連れて帰ってくるからな」


 自分に言い聞かせるように、ラッカムはそう言った。


 彼にそう言われたことで、安心したように、二人は去っていった。

 ラッカムは彼らを見送りながら、部下のオードに言う。


「……なあオード。俺がいない間、あの商会の女から目を離すなよ」

「え?」


 唐突な言葉に、オードは目を丸くする。


「ラッカムさん、あの人を疑ってるんですか? 確かにチェインハルト商会も、会長のエドも胡散臭いですけど、クーネアさんは大丈夫っすよ」


「ほう? どうしてだ?」


「あんな美人が悪い人なわけないじゃないですか」


「…………」


 ラッカムは、自警団の他の団員にも、同じことを伝えておこうと決めた。

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