第19話 二条邸 ~長徳の変~
則光や経房君から聞いていた
私は、中宮様のお身体を案じました。ただでさえ異常な出来事は、肉体をも精神を蝕むことがあるのに、ましてや普通ではないお身体なのです。伊周様、隆家様は一月に花山院に弓を引いたことを後悔してもしきれない思いでいらっしゃったにちがいありません。ですが、私は思いました。これほどまでに道長様が酷い仕打ちをなさるのは、伊周様や隆家様を恐れていらっしゃったからではないかと。いえ、一番には中宮様を帝であられる主上様から遠ざけたかったのではないかと。中宮様は取り乱さないよう気力を振り絞って、微動だにせず伊周様の眼を見つめていらっしゃったとか。弟君隆家様の方が潔く思い切られて先にご出立なさったということでした。中宮様の初めてのご懐妊とご兄弟の配流という、幸いと
伊周様が内大臣から
私は世間に非難を受けようとも私の知っている伊周様を草子の中に生かし申し上げよう。そう心に決めて
伊周様が大納言でおありになった頃、
「夜が明けてしまったようでございます」
私が口に出して言ってしまったのを、伊周様はお聞きになっておしまいでした。
「今更、お寝みになるのですか」
寝るべきものとも思っていらっしゃらないのに、つまらないことを言ってしまったと思いました。お相手の主上様は柱に寄りかかって、少しお眠りあそばしていらっしゃいます。伊周様は中宮様にそっと耳打ちなさいます。
「あちらをお見申しあげなさいませ。もう夜は明けてしまったのに、あんなに御寝あそばしてよいものでしょうか」
「いかにも」
中宮様は優しいまなざしで、可愛い弟君をご覧になるかのように主上様をご覧になってお笑いあそばします。主上様が何も知らずに眠り続けておいでになると、突然けたたましい鳴き声を上げながら鶏が闖入してきました。童女が里に持っていこうとつかまえて隠しておいたのを、犬が見つけて追いかけてきたのでした。恐ろしい声で鳴き騒ぐので、皆起きてしまいました。主上様もお目をお覚ましになって、
「どうしたことか」とおたずねになります。
「声明王のねぶりをおどろかす」
即座に伊周様が高らかに吟誦なさいます。「鶏人、暁ニ唱フ、声明王の眠リヲ驚カス」というものでしょうが、、まさにこの場にぴったりの漢詩の朗詠です。あまりにすばらしいので、私の目がぱっちりと開いてしまいました。中宮様も、興じあそばされます。
次の日、夜中ごろに退出しようとして人を呼ぶと、伊周様がおっしゃいました。
「退出するのか。私が送ろう」
もったいないことにも、私を月の光の下、局まで連れていってくださいました。
「転ぶなよ」
緊張して歩く私の袖に手を添えて、道すがら吟誦なさいます。
「
月の夜に、並みならぬ高貴なお方と並んで歩き、そのお方の風流な様子を今自分だけが見ていると思うと感激で声もうわずります。
「大納言様は折に触れ詩がいつも即座に浮かんでいらっしゃるのですね。すばらしゅうございます」
「このようなことを大さわぎして感心するのだね」
伊周様のお言葉の一つ一つは、いつまでもやわらかく私の胸に染みているのです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます