妖の心、人知らず~その心は~

@takazyo

【プロローグ】

 俺は大学1年の『安倍 吉晴(あべ よしはる)』18歳。


 実家から大学まで通える距離の所ではあったが、理由わけあって大学近くのアパートで一人暮らしをしている。親からの仕送りも少しはあるが、こんな俺の為に大学の費用は出してもらっているので、それ以外は自分でと思い、バイトをしながら生活をしている。


 そのバイトというのは、学生ならではのコンビニで、まあ、時給も普通。でも、そこの店長もパートのおばさん達も明るくていい人ばかりなので、働く時間を増やすのは体力的には大変だけど、そのまま替えずに働いている。何よりも、売れ残りの弁当などを貰えるので、貧乏学生の俺には有難い働き口なのだ。


 ―――ところで、最初に大学まで通える距離に実家があると話しに出したが、どうして家を出たのかという理由は、まあ、居づらくなったわけで…。


 その居づらくなった理由というのが、簡単に言ってしまえば、親と合わないが理由なわけだが、単に合わないだけじゃない。悲しい話だけど俺は、ある事が原因で幼い頃から気味悪がられている。今は、その原因はなくなったが、それでも、一度そうなってしまったものは戻らないわけで、今も距離を置かれていた。


 高校までは青年と大人という、世の中の境界線が邪魔してなかなか自由になれなかったが、18歳を過ぎれば一応社会人扱いで、そこそこ1人でも自由になる。だから、それを待ってから思い切って家を出た。


 親の方も家にいられるくらいなら、少しでも金は出してやるから出て行ってくれた方が、自分たちが安心して暮らせると思っていたようで、少しの反対もされずに承諾をしてくれた。


 まあ、考えると寂しい話だが、俺自身も気を遣い続けて一緒にいるよりも、気兼ねなく1人でいた方が良かったと思った。


 話を戻すが、親が気味悪がっている理由とは、こういう内容だ。


 ―――今は視えなくなっているが、幼い頃は他の人には見えないものが視えていた。妖なのか幽霊なのか分からないが、そのような者たちが視えた。大きなものから虫くらいの大きさまで様々だった。自分以外の人には視えないものと会話をしたり、驚いたりしていれば、そりゃあ、変に思われるのは仕方がない。しかし、幼かった俺には何の事を言われているのすらも理解できなかった。小学校に上がってから少し意味が理解でき、それからは口に出さないようにしていた。そのうちに視えなくなり、今に至る。それでも時々、変な感覚になる事はあった。それが今になってこんな事になっていくとは、俺自身思ってもみなかった。


                 ☆ ☆ ☆


 「安倍くん、悪いけどバック作業お願いしていい?」

 

 「了解です。混んできたら呼んで下さい」

 

 「うん、頼むね」


 今日のバイトは大学が終わったあとなので、夕方から深夜のシフトだ。店長ともう1人、俺と同じ年齢の奴がいた。


 俺は店長に指示をされ、裏でドリンクの補充をしていた。表側の店内から見ると、広そうに見えるが意外とそうでもない。ドリンクや酒類の段ボールが積み重なっていて、人も2人入れるかどうか。音楽とか流れている店内と違って静かだが、雰囲気的には孤独な空間で色々考えてしまうというか。そんな感じの場所。まあ、疲れていたりする時は良い所だけど、普段は好んでは、そんなにいたくない場所だ。


 【ん?何だ、今の】


 箱1つ分を入れ終わり、空き箱を潰して破棄場の方へ振り向くと、小さなものが両手を上げてピョンピョンと跳ねていた。


 「来るよ。ねぇ、あいつらが来るよ」


 そう俺に言ったかと思うと、跳ねながら陳列されているドリンクの間を通って行った。


 「ちょっ、おい、そっちは――」


 思わず叫んでしまい、店内側から品を取ろうとしているお客が、驚きながらドリンクの隙間からこっちを覗き込んだ。


 「えっ?何ですか?」

 

 「あっ、すみません。失礼致しました」


 俺は慌てて謝り、急いで店内へ出て、もう一度、今のお客に顔を見せて謝った。


 「申し訳ありません。大変失礼致しました」


 さっきよりも少し丁寧な言葉を使い、頭を下げる。


 「うん。大丈夫ですよ。――それより君、視えてるよね?」


 お客は俺を見て、同じものを視た言い方で質問をしてきた。


 「はい?何がでしょうか…」


 突然聞かれ、何の話をしているのか分からなかった。でも、心の中では『今の、それだぞ』と、もう1人の自分に言われているような気がした。


 「分かっているでしょ?」

 

 「えっと…、すみません。お客様の事はちょっと…」


 この数分前の出来事は何年も経験してなかった。だからこそ、自分でも驚いていて、それもあって、お客の言っている事と自分の理解が合っていない。


 「僕の事は知らないだろうけど、言っている事は分かるよね?君、視えているでしょ?さっきの小さいの。ほら、飲みものの隙間にいたあれ。君はそいつに言葉を掛けたんでしょ?『おい、そっちは』って。で、たまたま僕がそこにいた。それで僕に謝ったんでしょ?」


 この人が1つ1つ説明をしてくれたおかげで、記憶の整理ができた。そして、全部合っているだけに言葉が詰まる。


 「・・・・・」


 言葉に詰まって呆然と立っている俺に、この人はニヤニヤしながら言ってきた。


 「う~んとさ、僕には隠さないでいいよ。大丈夫だから。それにさっき、僕の事は知らないって言ってたけど、本当に僕を知らない?君は、こんなにも成長したけど、僕は変わってないはずなんだけどなあ」


 一度、頭の中の整理がついたものの、この人がその先の話をしてきた事によって、また、何の話をされているのか分からなくなってきた。


 ―――「安倍く~ん、レジお願~い」

 

 「は、は~い。今行きま~す。――すみません、呼ばれてますので」


 レジ応援に呼ばれた声で我に返り、この人に頭を下げてレジへ入った。


 【あれが視えたどうかの話はいいとして(それもよくはないんだけど)、あの人を知ってるかって?――常連じゃないしなあ。今初めて会ったのに知るわけないじゃん】


 そう思いながらレジで商品のスキャンをしていた。そして、あの人が隣のレジで買い物を終え、丁度お客が途切れた俺の所へ来て言ってきた。


 「後ほどまた、お会いしましょう。君とはこれから長いお付き合いになりますよ?それじゃ、今はこの辺で。お仕事頑張って下さいね」


 それだけを言って、店を出て行った。


 「いや、あの~、ちょ、ちょっと~」


 俺の慌てた態度と声を、事務所のモニターで見ていた店長が心配そうな顔をして裏から出て来た。


 「どうしたの?お客さんと何かあった?」

 

 「いえ、すみませんでした。ちょっと知り合いだったもので。それで…」

 

 「そう、それならいいけど。深夜だしね。何かあった時はすぐに声を掛けてよ」


 深夜のコンビニは、お酒が入っている人も多いので昼間とは違うトラブルが多々ある。その為、この店では深夜に店長が入ってくれる事が多い。トラブルが起きた時は、いつも店長は俺らよりも前に出て対応をしてくれる。


 「はい。お騒がせしてすみませんでした」

 

 「うん、いいよ。気にしないで」


 名前も顔も知らないあの人のせいで店長に迷惑を掛けてしまったと、ちょっとイライラした気持ちになっていた。


 ―――「お疲れさまでした」

 

 「うん、お疲れさま。今日は、これとこれが残ったから持って行く?いつもの通り、食べる頃には期限が過ぎちゃうと思うから早めに食べてね」

 

 「ありがとうございます。――それと、さっきはすみませんでした」


 例の人から、レジで声を掛けられたあの時の事を謝った。


 「気にしないでいいよ。今は物騒な世の中だし、良い人そうに見えて意外とそうじゃなくて、何かしてくる人もいるからさ。気を付けてね。何かあった時は、すぐに呼んでよ」

 

 「はい。ありがとうございます。――それじゃあ、お先に失礼します。おやすみなさい」

 

 「うん。おやすみね~」


 いつものように、余った弁当を2つ貰い、店をあとにした。


                ☆ ☆ ☆


 【今日は混んでたなあ。あ~、疲れた。早く飯食って、ゆっくりしてぇ】


 平日の夜なのに珍しく混んでいたのと例の事もあって、吉晴は普段よりも疲れていた。アパートからバイト先まではそんなに遠くなく、歩いて行っている。トボトボと歩いていると、アパートの階段に人が座っていた。


 【隣の人の知り合いか?】


 今は深夜の3時過ぎ。こんな時間にあんな所に人がいるなんて。帰りを待っているのか、ケンカでもして外にいるのか、声を出すのも面倒だったので俯きながら頭だけ下げようと思っていた。


 【ん?何で?】


 下を向いていたが、階段を上るのに少し顔を上げると、そこにいたのは、さっきコンビニで俺に話し掛けてきた人だった。どうかわそうかと思ったが、一言だけ何か言って、知らない顔をして横を通り過ぎようと思った。


 「こんばんは」


 それだけ言って通り過ぎようとすると、階段にいたその人が立ち上がり、腕を掴んできた。


 「えっ?知らない顔して行くの?つれないなあ。僕の事忘れてないでしょ?さっき話したばかりなんだから。――意地悪だなあ、『安倍吉晴くん』は」


 【何でこいつ、俺の名前知ってんの?】


 コンビニの胸にあるネームは苗字だけしか書かれていない。でもその人は下の名前まで呼んだのだ。


 「あんた、誰?何で俺の名前知ってんの?それに、前から知ってるような事言ってたけど、俺、あんたの事知らないんだけど。もしかして、大学の誰かに悪ふざけで、こういう事して来いとかになった?何にしても、俺はあんたの事は知らないし、俺、そっちの趣味ないから。悪いけど少し寝たいから、もういい?」


 夜中だという事を忘れ、思わず大きな声で怒鳴ってしまった。


 ―――あのコンビニで小さな何かを見てから、どうも胸がザワザワしてイライラする。いくらアパートにいたからと言って、会って2回目の人に、きちんと話も聞かずこんな言い方は酷かったと思い直した。


 「ごめん、怒鳴ったりして。とりあえず少し寝たいから、話があるなら夕方にしてもらってもいいかな。夕方4時くらいなら会えるけど」

 

 「いや、こちらこそすまなかった。急に現れて親しげにされても確かに困るよね。申し訳ない。君の言う通り、夕方にまた来るよ。少し間を空けて、4時半くらいでどうかな?」

 

 「うん。部屋に来てくれていいから。――じゃあ、また」


 夕方に改めて来てもらう事にして部屋へ入った。荷物を置き、弁当を冷蔵庫へ入れ、布団へ座る。


 【あ~、疲れた~。一体何なんだ、今日は…】


 大学を出てバイトが始まるまでは普通だった。途中から何かおかしな事になって疲労感が半端ない。仰向けになって色々考えているうちに寝てしまった。


 【あ~、寝ちったなあ。って、今何時?】


 いつもならスマホのアラームで起きるのに、今は違った。アラームの音を聞いていない。慌てて時計を見ると、お昼少し前の時間を示していた。


 【ヤバッ。1,2限すっぽかした】


 今日の午前中は、9時からと10時40分からのものがあった。


 スマホを片手で持ちながら画面を見る。友達からのメールが何件も入っていたのと、着信も入っていた。とりあえず、メールの返信をする。


 この後の講義は13時半からなので、シャワーを浴び、冷蔵庫へ入れておいた弁当を食べてから大学へ向かった。みんなが来るであろう食堂で待つ。


 「いた、いた。お~い、お前どうしたんだよ」


 午前の講義が終わって食堂に来た友達が呼んだ。


 「悪ぃ。寝坊してさあ。気づいたら昼近いしで、やっちゃったよ」

 

 「お前にしちゃあ、珍しいなあ」

 

 「ああ。まあ、そういう時もあんだよ(笑)」


 友達には笑っていたが、考え事をしながら寝てしまうほど危険な事はない。今日はそれをやってしまった。 


 「この後は出んだろ?」

 

 「もちろん出るよ」

 

 「(笑)だよな。で、お前、今日バイト?」

 

 「いや、今日はなし」

 

 「じゃあさ、みんなでカラオケ行かね?じゃなきゃ、お前んちで遊ぼうぜ」

 

 「悪い。今日は他に用事あってさ。夕方に人と会うんだよ」


 名前も知らない例の人と夕方に会う事を思い出す。


 「彼女か~?」

 

 「そんなんじゃねえよ。知り合い」

 

 「ふ~ん」

 

 「また今度誘ってくれよ」


 ほとんど毎日がバイトで、夜が空いてる日は本当にたまにしかない。折角、友達と遊べる日だったが、例の人の事も、あの話も気になる。


 ―――午後の講義が終わりアパートへ帰った。


 誰か分からない人を家へ招き、良かったかと今になって気になり始めた。


 〈ピンポーン〉


 インターホンが鳴り、時計を見ると、約束の時間になっていた。いつもバイトへ行っているせいか、たまに部屋にいても時間が早く過ぎてしまう。そう思いながら玄関のドアを開けた。ドアの外には、もちろん例のあの人が立っていた。


 「どうも」

 

 「忙しいのに、ごめんね~」

 

 「いえ、どうぞ」

 

 「お邪魔しま~す」


 例の人はヘラヘラとしながら、何の躊躇もなく部屋へ上がった。


 「へぇ。一人暮らしの割にはキレイにしてるんだねぇ」

 

 「まあ、座って下さい。飲みものはコーヒーでいいですか?」

 

 「うん。気を遣わなくていいよ。僕は飲食なくても大丈夫だから」


 その人の言った言葉の後半で、


 【ん?】


 と考えた。


 【飲食なくても大丈夫?どういう事?】


 言葉の内容に疑問を持ちながらも、一応コーヒーを淹れ、その人の前に置いた。


 「どうぞ」

 

 「ありがとう。――そうだ。まだ自己紹介をしていなかったね。僕の名前は『安倍 葛(あべ くずは)』。年齢は、現代では27歳設定。職業は一応、祓い屋みたいな感じ」


 ただの自己紹介なのに疑問しかなかった。しかも苗字が同じ。


 「あの、ふざけてます?年齢が設定になってるし、職業が祓い屋って。意味不明もいいとこなんだけど。あんた何なの?詐欺師か何か?」


 真面目に話を聞くつもりで時間を空け、家へと招いたのに、変な内容しか言ってこなくて段々と腹が立ってきた。


 「ふざけてないよ~。おかしいなあ。ちゃんと明るい場所で、近くで話しているのに。君、本当に僕の事分からない?僕の事、ちゃんと見てる?」


 この人は昨日から一体、何を言っているのだろう。自分が嘘を言っているように言われ、イライラが増してきた。


 「知ってたら、こんな風に言わないだろ?もっとちゃんとハッキリ説明しろよ。俺、あんたと面識あんの?」

 

 「う~ん。まずはさあ、君、人に見えないものが視えるよね?」


 葛は確認の為に聞いてみた。


 「小さい頃は。でも今は視えない。あっ、昨日は視えた。あんたもいただろ?もう10年ぶりだよ視えたの。いや、それ以上かなあ。でも、それとあんた何の関係があるの?」


 そう答えてすぐに自分が何か変な事に気づく。他人に視えるか聞かれ、初めて即答で『視えた』と答えていた。そして、イライラしていたものが、視えるか聞かれただけなのに安心したかのように急に落ち着いた。


 「そうかあ。今からちゃんと話をするね。ふざけてたわけじゃないんだけど、今まで視えない時期があったとなると、どうしてここに僕がいて、こんな話をしているのか分かんないもんね」


 今までヘラヘラしていた葛が、真面目な顔をして俺の顔をジッと見て言った。


 ―――「僕が君と初めて会ったのは、君がまだ幼稚園か小学校の時だ。君は夜1人で歩いていた。家の近くを歩いていたんだと思うけれど、君はとても怯えながら歩いていたんだ。夜の暗い中、幼い子が1人なんておかしいだろ?だから声を掛けた。お父さんかお母さんはと尋ねると、家にいると言っていたよ。どうして1人でいるのかと聞くと、『僕はオバケが視える。それを、お父さんとお母さんが気持ち悪いって。僕とは同じ部屋にいたくないって』って、そう答えたんだ。こんな幼い子に、そんな事を言う親がいるのかと思ったけど、人間とはそのようなものだと思い直して、僕は一時的に術を掛けた。その時の事だけを忘れてくれれば少しは違うかと思ってね。そう思ってやったんだけど、君は僕が思っている以上に心の傷が深かったんだろうね。その時の術が、今まで影響をしてしまったんだ。――でも昨日、何かの拍子にその術が解けたんだね。あのお店で視たもの。あれは紛れもなく、君と僕しか視えなかったんだよ」


 葛は、昔のその時の事を思い出しているからか、さっきまでとは違う、優しい顔をしていた。


 「君が視たあれは小鬼。色んな所にいるんだ。いたずら好きなんだけど、気に入った人には優しいんだよ。探した時にはなかった場所に急にその物があったり、物が落ちる瞬間に巧い具合に手で受け止めたりする事ない?小鬼は、気に入った人が困らないように、そういう事をするのさ。とても分かりづらくて小さなものだけど、気に入った人を助けるのさ。でも時々、飾り物やポスターが逆さになったりとかない?それは小鬼のいたずら。遊んでいるんだよ(笑)。昨日のあの子は、随分と君をお気に入りにしてたね」


 言われてみれば、確かに時々ある。誰かの持ち物が見つからなくて一緒に探していると、さっき見た時にはなかったものが、同じ位置なのに見えやすい所にあったり、人には届かないPOPなどが逆さになっていたり。それは、昨日視た小鬼のせいだったのかと思ったら、クスクスと笑いが出ていた。


 「そう言えば、あの小鬼、あいつらが来るってそう言っていたんだ。何が来るんだ?」


 葛の話を聞きながら、小鬼が逃げる時に言っていた一言を思い出した。


 「ああ、その事ね――」


 葛は急に、今までとは違う人かと思う程、重い感じの真面目な表情で話し始めた。


 「実は、君に会いに来た理由はそれなんだよ。――君は、この世に生を受けてから少しだけど、妖の世界では名前が知られている。そして、ある噂があるんだ」

 

 「噂?」


 自分の名前が知られているのも驚いたが、話の流れから言っても、その噂は自分の事なんだろうと分かる。一体、どんな噂が出ているのか。そのまま黙って葛の話を聞いていた。


 「その噂というのはね、君の目玉を食べればどんな術も効かない身体になれるという話だ。どんな術も効かないという事は、どんな悪事を働いても祓われないという事。まあ、妖にとっての不老不死って事だよね」


 【俺の目玉を喰うって…。想像したらキモいよなあ。漫画や映画のまんまだし。目玉を取る事より、喰う方が映像的にイヤだなあ…】


 「ふ~ん。でもさあ、何で俺なの?だって、昨日たまたま視えただけで、その前は10年以上視えてねえよ?俺の目玉を取りに来られても、取りに来た奴なんて、俺、視えねえじゃん」


 話の内容は理解できるものの、今まで視えていないのに、何故知らない所で、そのようになっているのかが分からなくて気持ちが悪い。


 「あのさあ、俺が今思ってる事言っていい?」

 

 「うん。もちろんだよ」

 

 「まず、何で俺は視えてたの?親も親戚も、同じように視える人なんていなかったし。親なんて気味悪がってて、俺が大学行くの決まって家出るって言ったら、すげーホッとしてたし。出てってくれて良かったってさ。それに、昨日までずっと視えなかったのに目玉どうのって。何をどうかなんてできる力もないし。あと、あんた。葛さんだっけ?年齢を設定って言ってたじゃん。設定ってどういう事?俺の事、どうやって探したの?何で俺の前に現れたの?」


 1つの疑問を口に出し始めたら、次々と気になる事を口に出してしまった。


 幼い頃、誰もが視えていると思っていた事がそうではなく、親や周りから気味悪がられた。段々視えなくなり、多少は生きやすくなったけど、それでも、それまでを知っている者たちからは変わらずに異色の目で見られていた。大学生になって、そんな息の詰まる生活から抜け出せたのに、また視えるようになり、挙句に自分の目が狙われていると言う。折角、自分のこの体質を知っていてくれた人が現れホッとはしたのに、その人は祓い屋で、年齢が『設定されている』と言ってくる。急な出来事と、昔の苦い経験を思い出すという2つの事が頭の中でグチャグチャとなり混乱していた。


 「吉晴くん。少し落ち着こうか。僕が悪いんだけど、混乱しちゃうよね。質問は、あとでゆっくり答えるから、まずは僕の話を聞いて欲しい。いいかい?」


 葛は、小さな子に言い聞かせるように、同じ目線になり俺を見た。


 「まず、吉晴くんが視えるのは血筋だから。君の父方の先祖は『安倍吉昌』なんだよ。そして、僕は吉昌の時から代々ずっと傍にいる。君の前は、君のお父さんの傍にいた。まあ、気づいてはもらえなかったけどね。あと、今は人間の姿だけど、本当は…」


 葛はそう言うと、ポフンと姿を変えた。


 白いフワッとした着物。着物の縁は赤に近い朱色。胸には白くて長い数珠を掛け、数珠の総は着物の縁と同じ色。そして、顔と身体はそのままだけど、頭には耳が付いていて、尻の少し上からはモフモフの薄茶色の尻尾が生えていた。


 「う~ん。狐?しかも漫画のような…」


 葛は顔がシュッと細く、切れ長な目。それに色が白い。透き通ったような綺麗な肌の色だ。そこに、これらの付属が付けば狐だと分かる。しかも、漫画のように可愛い。と思う。(変な意味じゃなくて…)


 「ご名答。吉昌のお父さん、晴明さんのお母さんの葛の葉さんは僕と同じ狐だったんだ。それだけじゃない。安倍家はそれ以前から狐と共にいてね。――僕は、吉昌のおかげで今もこの通りずっと生きてる。でもね、吉昌のあと、同じような力を持つ人がいなくてねぇ。君が久しぶりに、吉昌と同じ力を持つ子だったんだ。――千年待った。吉昌の血を受け継ぐ者とこうやってちゃんと話すまでに千年待ったんだ」


 さっきまでチャラチャラした感じだったのに、話していくうちに、葛のまとっていた空気が違うものへと変わっていった。


 「晴明さんは繊細で、星の動きや空気の動きを感じながら生きていた。でも吉昌は、晴明さん以上に目には見えない星の動きまでも見る事ができた。そして、ある時から、吉昌の目を喰らえば『死なず、消えず』にいられると妖の間で噂が広まってね。それを気にした吉昌は僕に『自分が死にそうになった時、まずは目を処分しろ』と命じた。だから、吉昌が床にふせった時に目玉を処分した。――そのあとは、吉昌と同じ目を持つ者はいなかったんだ。君が生まれ、妖が視え出した時、瞬く間に妖の間で噂が立ち、それで必要以上に君の前に妖が現れたんだよ。でもあの時、君に掛けた術が強くて良かったと思っているよ。ここまで大きくなれば自分で自分の身も守れるだろう?――それとね、昨日言っていた小鬼の言葉なんだけど、君は『鎌鼬(かまいたち)』って知っているかい?」

 

 「聞いた事はある」

 

 「うん。その鎌鼬が君を探し、狙っているんだよ。もちろん狙いは君の目だ。そして、君が視えるようになったという事は、彼らも本気で狙ってくるという事だ気を付けて」


 葛の話を、言われた通りに黙って聞いた。しかし聞けば聞く程、疑問しか出てこない。1つ1つ順に聞いていく事にした。


 「あのさあ、一応聞いたけど、ハッキリ言って疑問しかない。だから質問する」

 

 「うん、どうぞ」


 俺は胡坐をかき直し、葛の正面を向いて軽く咳払いをする。それを見て、葛は細い目を更に細くして見た。その表情は、とても優しく温かい。


 【この子は吉昌にそっくりだ。まるで生まれ変わったかのよう。――吉昌、僕は千年待ったよ。君と別れてから、君がわざとしたかのように、今まで君と同じ力を持つ者が現れなかった。やっと会えた。この子には君と同じ苦しみは与えない。僕がちゃんと守ってみせるから…】


 葛は、吉昌の面影を重ねそう思っていた。そして、俺は姿勢を直し、話し始める。


                ☆ ☆ ☆


 ―――「安倍って人、日本中にたくさんいんじゃん。本当に俺なの?俺んちが子孫で合ってんの?そんな有名人が先祖なら何か小さな事でも言い伝えられてると思うんだよね。だけど、何も言われた事ないし。それに、テレビとかで見る家系図とかも見た事ないし、聞いた事もない。偉い学者みたいな人とかも来た事ない。ほら、こう、歴史の人物とか調べたりする人いるじゃん。でも、うちには来た事ないし。本当にマジで合ってんの?葛の勘違いじゃね?」

 

 「ううん。勘違いじゃないよ。表に出ないのは、吉昌が死ぬ前に掛けた術のせい。そもそも、安倍家全体が一部しか言い伝えられていないでしょ?安倍家は陰陽道の家柄だから妖から色々狙われていた。だから、自分たちの先の者たちに危険が及ばないようにされていたのさ。でも吉昌は、それ以外に目を狙われていたからね。噂が消えるであろう、ある程度の代までは力のない、普通の人間にしかならないようにしてあったんだ。でも、こんな時代まで引き延ばしちゃったなんて本人も思っていなかったんじゃないかな。まあ、そういう事だから、安倍家の事は今の時代でさえ、調べても詳しくは分からないのさ。吉昌の子なんて、吉昌の兄さんの子を養子にしたって言われているからね。まあ、その子も多少は力があったから、そう話が作られてったんだろうけど。本当は、あの子から力がなくなってたはずなのにさ。吉昌はああ見えて意外とおっちょこちょいだったから、色々とズレたんだと思うんだ(笑)」


 歴史上の有名な人物に『意外とおっちょこちょい』なんて話されると違和感しかない。それでも葛が話した事を頭の中に入れていった。


 「じゃあ、次。葛は千年もずっと生きたままって言ってたけど、俺の事、どうして分かったの?俺以外の他の人とは接点を持ってたの?俺の親父とかさ。友人とか恋人とかのフリをしてたの?」

 

 「うん。君の言う通り、そうやって生きてきた。でも、僕も妖だからね。人間とは結婚とかはできないし。まあ、葛の葉さんはしたけど(笑)」

 

 「自分と同じ妖で、好きな人とかはいなかったの?」

 

 「僕は他の妖とは違うから。人間側にいるわけだし。そこを考えると、吉昌も、もう1人くらい仲間を作ってくれれば良かったよね(笑)」


 そう話す葛を見て、胸がギュッと掴まれるような気がした。


 【千年も1人って…】


 自分は物心付いてから15、6年くらいしか経っていない。たったそれだけなのに1人でいて寂しかった。遊ぶ友達がいても、今みたいな話を何の問題もなく話せる人はいなかった。それを葛は千年も1人でいたのだ。ずっと俺のような子が生まれ、何の気兼ねもなく吉昌の事を話せる者を待っていたのだ。


 「吉晴くん。そんな顔はしないで。妖にとって千年なんて、人間の二世代か三世代くらいの短いもんだよ。だから気にしないで」


 葛はヘラヘラしながら言った。


 きっと、葛のヘラヘラした態度は寂しさを隠すものかもしれないと、そう思いながら葛を見ていた。


 「次の質問」

 

 「うん」

 

 「映画とかを見ると、確かに吉昌さんの時代は視えたりする事とかって必要だったんだろうなって思うし、理解できる。でも、今って必要?視えたらいいなあとか、映画みたいに自分が格好いいヒーローみたいになってみたいとか思ったりはするだろうけど、現実はただの話の中だけの事じゃん。そんな時代に視えてどうすんの?ただの変な人扱いされるだけじゃん。それに、俺の目を喰った奴がずっと存在してたとして、今の時代の人は視えない人がほとんどだし、誰もそいつに気づかないっていうか、分かんねーじゃん?意味なくね?葛のようにずっと1人でいるの?」


 仮令目を食べ、ずっとその妖が生きたとしても、葛の千年待ちのように、周りの者が消えたり違う者になって、その者だけが残され寂しくないのかと俺は思った。


 「君は優しいね。――優しい子だよ」


 葛から帰ってきた言葉は回答ではなく、俺に言い教えるようで、どう反応していいのか戸惑った。


                ☆ ☆ ☆


 さっきの質問の答えはなかったが、言葉をもらえなくても何となく分かった気がした。少しの間黙っていたが話を続ける。


 「で、今の時代の俺は、視えて狙われて、何をどうすりゃいいわけ?」

 

 「君が言ったように近年、視えない人間ばかりになってしまった。――妖は忘れられてしまうと消えてしまったり、自分の感情だけで動いてしまう。自然界に不具合が生じた時、妖はそれを鎮めたりもするんだけど、自分の感情がコントロールできないと自然界の不具合を鎮めるどころか、それを使い、大変な事になる。そういうのを抑えるのが吉晴くんの本来の仕事」

 

 「ふ~ん。でもさ、俺、視えるだけで何もできねーよ?まあ、祓い屋が仕事って葛が言ってるくらいだから葛はできるんだろうけど。俺は呪文も分からなきゃ、指先から何か出す事もできない。できる葛がいれば俺は要らなくね?」

 

 「君もできるから問題ない。それに、僕はあくまでも妖だからね。祓う事にも限界がある。吉晴くんは知らないだけで、覚えればできるから」


 「そんなすぐにできるもんなの?」


 自分の家では、特に特定の宗教などには入っていない。拝む行為ですら、親戚の法事の時くらいしか見た事がなかった。そんな自分に何ができるのか疑問だった。


 「じゃあ、少しやってみようか。――まず星の形。五芒星って言うんだけど、上から始まって、指2本で右下に向かって書くようにして。左手にはこれを持って…」


 葛は、白紙で人形にしたものを俺の左手に持たせ、右手で呪文の図らしき形を人形の上で書くように教えてくれた。


 「そのあとに、その星を囲むように円を描く。そう、そう。そして、急々如律令と言いながら、星のここに点を打つ。やってみて」


 葛に言われたように、呪文を唱えながら点を打った。すると、紙の人形がパタパタと動き出した。2人は、その様子をジッと見る。しばらく見ていたがそれだけだった。


 「紙が動いただけじゃん…」


 葛を見てそう言うと、


 「ふん…」


 と言って、小さく息を吐いた。


 「この人形を、自分の大切な家臣だと信じてもう一度やってみて」


 「家臣?」


 「そう。あっ、言葉が古いか(笑)。う~ん、何て言ったらいいかなあ。――あっ、あれだ。え~と、使い魔?ほら、最近よく漫画に出てくるやつ。そう、あれに近いものだと信じて、もう一度やってみて」


 頭に浮かびやすいように葛が説明をする。


 「使い魔かぁ。――こうやって、こうして、急々如律令」


 さっきやったように、もう一度試す。最後の点を打つ所で、葛に言われた通りに強く念じてみた。


 すると、人形がパタパタと動き始める。そのうちに、手から人形が離れ、ヒラヒラと舞った。そして、子狐に変わった。薄茶色のモフモフした尻尾。頭がシュッとしていて、ピンとした耳が2つ。動物園にいるような狐だ。


 「おう、狐じゃん」


 狐に変わったその子は、足元に擦り寄ってくる。


 「な、何か可愛いなあ。よし、よし」


 頭を撫でてやると、子狐は目を細め、気持ち良さそうな顔をしていた。


 「凄いなあ。君はやっぱり吉昌の…」


 術が成功した俺を見た葛は、言葉の最後に『吉昌』と言った。そして、その葛の表情がとても穏やかで嬉しそうだった。


 「それで、こいつをどうするんだ?使うって言ったって今の日本じゃ、狐がその辺でウロウロしてたら騒ぎになるだろ?」


 「まあ、普通に考えたらそうだよね。でもこの子は君の守り種で僕と同じ妖だから人には視えない。心配はないよ。それに術が使えて狐を出したって事は、君は紛れもなく安倍家の者。安倍家は狐が守ってきたんだよ。だから、君の傍でいつも見守ってくれる子も狐なのさ。次からは、この狐以外でも君が思った形になるはずだから」


 葛も、子狐の頭を撫でながら説明をしていた。


 「でもさ、結局のところ俺はどうすりゃいいの?変なのが来たら退治すればいいわけ?」


 「うん、まあ。僕もフォローはするから。一緒にやってくれるかい?――それと、僕もここに一緒にいていいだろうか」


 変なものの退治はいいとしても(実際、良くはないんだけど)、葛から一緒に住むと言われ即答で返事をした。


 「いや~、一緒に住むのはなあ。葛の話は分かったし、本当の事なんだろうなっても思うけど…。ごめん、悪い。俺、自分以外の人とちゃんと住むの、どうしていいか分かんねえんだよ」


 俺の答えを寂しそうに聞いている葛がいる。悪いと思うが、今まで親と暮らしていても常に1人でいた。学校でも何人かは話す友達がいたが、基本1人でいた。1人に慣れてしまっている俺にとって、誰かと生活を共にするというのは、精神的に休まる場所がなくなってしまうという事になる。それは、かなりキツイ。


 「じゃあ、人の形ではなくて、これならいいかい?」


 葛はそう言うと、さっきの子狐のように動物の狐に化けた。


 「う~ん。ここ、ペット禁止なんだよ。それに、見た目が変わっても葛は葛だろ?」


 「まあ、そうなんだけど…」


 狐に化けていた葛は、人の形に戻り答えた。どうしても一緒に住めないと分かると、仕方なく諦める事にした。


 「分かった。申し訳なかったね。ただ、僕が傍にいられないとなると、危険度が高くなるから気を付けて。もし何かあった時は、僕を想いながら話し掛けてくれれば大丈夫だと思うから。――今やってみるかい?」


 葛は、口から言葉を出さずに話し掛けてみた。


 〈聞こえる?っていうか分かる?〉


 葛の声が耳からではなく、頭の中で言ってくるのが分かる。俺も葛のようにやってみた。


 〈すげーなあ、聞こえるぞ。葛は俺の言ってる事、聞こえる?〉


 〈うん。君はやっぱり凄いね。最初から次々できるんだから〉


 妖が視えていたせいもあって、今までは何をやっても、気味悪いと言われた事があっても褒められた事がない。そんな自分に葛は褒めてくれた。初めてできた事はまだ現実味がなかったが、褒められた事は嬉しかった。


 「と、こんな風にしてくれれば君の言葉が僕に送り込まれてくるから。何かあったらすぐに呼んでね」


 「了解」


 葛に一緒には住めないと言ってはみたものの、『紙の人形を狐に変える』と『葛と頭の中で会話をする』この2つしかできない。いざという時に祓い屋みたいな事ができるのか迷った。しかし、誰かと生活を共にするにはハードルが高いと思うと、最初の気持ち通り、それを通す事にした。そして不安はあるものの、そのあとは今覚えた2つを練習した。時計を見ると、既に夜の8時を回っていた。


 「腹減らない?簡単なものだけど、夕飯作るから食っていきなよ」


 葛にそう言いながら冷蔵庫の中を確認していた。


 「僕はいらないよ。さっきも言ったけど、飲食はしなくても全然平気だから。君は学生の一人暮らしなんだし、1人分でも増えたら大変なんだから、自分のだけ支度して。気持ちは有難く頂戴させてもらうから」


 葛も仕事以外では他人とあまり接触をしていない。言葉を選びながら言っていた。


 「でも、食えない事はないんだろ?それとも食っても味とか分かんない?もし、味が分かんないとかないなら付き合ってよ」


 まさか、そんな事を言ってくれるとは思わなくて、葛は驚いていた。


 「ありがとう。頂くよ。味は分かるんだよ。美味しいとか不味いとか。ただ、空腹とか満腹とかの感覚はないんだ。それに、1人で食べても美味しくないしね。仕事上、依頼主からの食事には付き合うけど、1人の時は食べないんだよ」


 葛の話を聞きながら俺は料理をする。――葛もまた、自分と同じ1人。でも自分とは違い、千年というとても長い年月を1人でいたのだと改めて思っていた。


 「そうかあ。でも今は1人じゃないんだからさ。買い物に行ってないから、残りものの料理だけど。簡単なカレーチャーハン」


 「うん。いい香りだ。簡単にパッと作るなんて凄いね」


 そう葛と話しているうちに食事ができた。


 「食べよう」


 「頂きます。――美味しい。依頼主以外と食べるなんて、いつ以来だろう。それに、身内が作ってくれた食事なんて初めてだ。吉昌は作れなかったからね。君が初めてだよ。ありがとう」


 嬉しそうな顔をして葛が食事をしている。その姿を見て俺は思い直した。自分は今までとは違う。気持ちの方向を変えなければいけない気がした。


 「あのさあ、葛。さっき、一緒に住むのは無理って言ったけど、やっぱ一緒に住まないか?」


 「えっ?」


 チャーハンをすくっていたスプーンを置き、葛は目を大きく開いて俺を見た。


 「いやさあ、俺、何もできないじゃん?紙人形のと葛と話すだけしかさ。そもそも鎌鼬っていうのもよく分かんねえし。やっぱ危ねえかなって。その代わり、親戚の人って事にしてくれるか?」


 「うん。僕たちのせいでごめんね。君にこんな寂しくて大変な人生を背負わせて。こんな分からない世界を背負わせて…」


 「でも、葛も同じだろ?ずっと1人だったじゃん。俺さ、今、嬉しいんだぜ。俺の今までを理解してくれる人ができたから。これからの人生、1人じゃないんだって。視えても普通にいてくれる人がいるんだってさ。――まあ、冷めちゃうから先に食っちゃおうぜ」


 このまま話をしていると涙が出そうな気がして、俺は話を無理矢理終わらせた。食事を終え、そして寝る場所を整えた。


 「今日はこれで我慢して」


 「こんなに気を遣わないでいいよ。僕は寝なくても問題ない。お風呂も入らなくても何て事ない。妖だからね」


 嬉しそうに、でも人間ではない自分の事を話す葛の目は窓の外に向いていた。そして葛からは、最初に会ったチャラチャラした感じが無くなっていた。


 【もしかして、こっちが本当の葛なのか?】


 葛の事を考えながら風呂へ入り、そのあと布団の上で話の続きを始めた。


 「あのさあ、大事な事を聞きそびれでんだけど、鎌鼬って何かの現象で鋭い風みたいになっちゃうやつじゃないのか?」


 「まあ、科学的にはそう言われてるよね。でも、それの妖が存在している。諸説あるとは言われているけど、今、君を狙っているのは1人じゃない。3人いる。3人は兄弟なんだ。彼らの出す風に当たると皮膚が切れる。それも結構深くね。でも血は出ないんだよ。そして、切れてもしばらくは気づかない。それに、出血をさせない代わりに麻痺するものを傷口に付けるんだ。切れてからしばらくして、切れた場所が麻痺してくる。そこでようやく気づく。しかも、それには毒も含まれていて、高熱が何日も続いて、そのままだとやがて死んでしまう。本当に厄介だよ」


 深く切れても気づかない。血も出ない。でも時間差で麻痺を起こす。場合によっては死ぬ。想像したらゾッとした。


 「3人かあ。1人ならまだしも3人ってきっついよなあ。何もできない俺が3人もどうしろって…」


 今日、自分がどんな者なのかを聞かされたばかりで、戦う事も身を守る事もないに等しい。そんな自分がどうしたらいいのか見当もつかない。深く溜め息を吐いた。


 「結界って知ってるかい?」


 溜め息を吐いた俺に葛が聞いてきた。もう1つ何かを教えようとしている。


 「ああ、うん」


 「自分の周りに囲いみたいなものをして危険から守るもの。バリアーみたいな感じかな。それができれば、身を守れたり時間稼ぎができたりするからさ。やってみるかい?」


 葛がニコニコしながら言う。


 「やるっていうか、できるようになんなきゃいけねーよな」


 「うん。まあ、確かに」


 「よし、やるか」


 葛の答えを聞いてから姿勢を正して、少し気合を入れた。


 「手はさっきと同じ。まずは右から左へ横線を引きながら『臨』と言う。次はこっちからこっちに線を引いて『兵』、これを交互に『闘・者・皆・・・』と唱えながらやる。その時に守る空間の大きさを想像しながらやるんだよ。やってみて」


 俺は、葛に教えられた通りにゆっくりとやってみる。


 「臨・兵・闘… …これでできてんのか?目に見えねえから、できてんのか何なのか分かんねえなあ」


 「じゃあ、できてるか見てみようか。――木・土・水… …」


 葛がそう唱えると、黒い大きなオオカミが現れた。そのあとも葛は術を唱え、そのオオカミを誘導した。


 「ウゥ…ウワォ」


 オオカミが唸り、俺に飛び掛かって来た。


 「えっ?何っ?何だよ、おいっ…」


 俺は後退りをする。しかし、黒いオオカミはそのまま飛び掛かって来た。そして、目に見えない壁みたいなものにぶつかった。


 「キャイン、キャン、キャン」


 オオカミは勢いよくぶつかり、白い煙になって消えた。


 「マジか、危っねえ~」


 「できたじゃない。凄いねえ、君は。もしかしたら吉昌よりも覚えが早いんじゃない?最初からこれが完璧にできる人なんて、そういないよ」


 煽てられているだけかと思ったが、目に入る葛の表情は、本当にそう思ってくれていると感じたものだった。


 「そっか。できたんだ、俺――」


 不思議な気持だった。視える事は変な事で自分はおかしな者だとずっと言われ、でも千年もの昔は自分ちでは当たり前の事で。だけど、それは隠されたもので。――葛に会ってそれを知り、数時間でこんな事をしている自分。現実のような夢のような不思議な気持ちだった。それに、今までの人生でこんなにも褒めてくれた人はいなかった。


 「うん。ちゃんとできてるよ。この結界で、相手は自分の所へ入って来れないからね。守る想いが強ければ、結界も強くなる。これだけでも時間稼ぎになるよ。あと、これを渡しておくね」


 葛は、自分の鞄から白紙に包まれたものを出した。


 「これは?」


 「これは、色んなものの凶・威から守ってくれるもの。凶は分かるでしょ?良くない事。威は文字を見て分かると思うけど、威嚇の威ね。妖や霊なんかの、人じゃない者の威嚇から守ってくれるんだ。柳の木と、しのぶ草を使ってるんだよ。作り方は今度教えるね。今は柳の木がほとんどないから、ゆっくりできる時の方がいいからさ。だから今度ね。これがあれば、最初の一撃とその次くらいまでなら身を守れると思うからさ。肌身に持ってて」


 「あぁ、ありがとう」


 「これらがどこまで通用するか僕にも分からないけど、襲われた時は、これらで時間を稼いでいる間に僕を呼んで。君が呼んでくれればすぐに行くから」


 「分かった」


 こんな短時間だが、葛と話していると胸の内が落ち着く。そして、懐かしい感じがしてくる。今まで人と話す時、どこか虚勢を張り、どこかぶっきら棒な話し方を通してきたが、葛にはそんなものはいらない気がしてきた。


 「はぁ…」


 息を1つ吐く。


 「吉晴くん、どうした?急に色々あって疲れちゃった?」


 息を吐いたのを見て、葛が心配そうに聞いた。


 「う~ん、疲れたっていうか、一遍にさ、ほら…」


 「そうだよねぇ。ずっと知らずにいたわけだし。――急に伝えるような感じになって悪かったね。申し訳ない」


 葛は正座をして頭を下げた。


 「そんな事すんなよ。葛だって、俺にどう言えばいいかとか悩んだんだと思うし。とりあえずさ、今日はもう寝ようぜ」


 葛の背中をポンポンと軽く叩いて、笑顔でそう言った。

  

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