第224話 シェーラ

ラース王国と精霊王国連合が対峙する戦場は、かつてキル・クラウンと対峙した双子高山を挟むように行われているはずだった。


しかし、ヨハンが戦場について目にしたのは消滅した双子高山だった。

ヨハンが作り出した第一ダンジョン事態が消滅してなくなっていたのだ。


「シェーラ!」


それはガルガンティアで見た民が消滅する姿とはまた違う。

大地を消滅させる兵器が使われたような光景であった。


精霊王国連合が陣を引いた場所を探してヨハンは総大将を務めるシェーラを訪ねた。シーラが評議会代表になったことで、エルフの里はシェーラに任されるようになっていた。今回の戦いではシェーラは総大将を任されている。

出会った頃は幼かった彼女も、今では立派なエルフの女性として美貌は誰もが振り返るほど美しく成長を遂げている。


「ヨハン様、来てくださったのでね」


シェーラは部下のエルフに指示を出し終えヨハンを出迎えた。

言葉足らずで、口数が少ない彼女も大人になることでしっかりとして物言いをするようになったものだとヨハンは感心してしまう。


「ああ、状況はどうなってる?俺にできることはあるか?」

「助かります」

「うん。だが、その前に教えてくれないか。双子高山にあった第一ダンジョンはどうなった?」


ダンジョンが消滅してしまっているのだ。

こんなことが本当にできるのか、ヨハンは現状を知ろうとした。


「すみません。私達にもわからないのです。

私達が戦場を選びここに来た時には、すでに双子高山はなくなり、ただの野原になっておりました」

「では、アスナたちは?」

「それも……わかりません」


シェーラは敵が何らかの方法でダンジョンを消滅させた。

そのため、アスナはすでに敵により何らかの処置をされた後だと考えるの早いと言うことだ。


「そうか、すまない。辛いことを聞いたな」

「いえ」

「とにかく今はどうすればいい?」

「現状は睨み合いが続いています。そのため、情報がほしいところです」

「フリードは?」

「姿が見えません」


ヨハンはフリードが聖女を調べていることはわかっている。

まだ帰ってきていないということは、もしかしたらフリードに何かあったのかもしれないと不安に思うが確かめる術が今はない。

総大将はシェーラなのだ。

隠密が得意だと言っても彼女がここから離れるわけにはいかない。


「わかった。俺がいこう」

「いいのですか?」

「まぁやることがあった方が気が楽だからな」

「気が楽?」


親友の死とリンの失踪。

ジャイガントとサクの死を連続して経験したヨハンは自分で思っているよりも精神に堪えていた。シェーラはいつもと違うヨハンに違和感を感じた。


「ヨハン様、少しよろしいでしょうか?」

「うん?どうかしたか?」


シェーラは真剣な表情で、ヨハンをシェーラが使っている天幕へといざなった。

会議を行っている天幕では他の者の目もあるので、ここに移動したのだ。


「ここに座ってください」


シェーラに促され、椅子へと腰を下ろす。

座ったヨハンの顔をシェーラは抱きしめた。

女性特有の甘い香りと柔らかな胸がヨハンを優しく包み込んでくれる。


「えっ」


ヨハンはシェーラの行動が理解できなくて固まってしまう。


「ヨハン様、何があったのかわかりません。

わかりませんが、あなたは一人で全て背負い込み過ぎます。

初めてあなたと会い、私が助けを求めたとき。

あなたは我が一族が助かると言ってくれた。

そしてあなたの言ったとおり私の一族は助かり、私たちが安心して暮らせる場所をあなたが用意してくれた」


シェーラと入ったお風呂のことを思い出す。

あのときよりも膨らんだ胸は柔らかく、彼女が大人の女性に成長したことを教えてくれる。ヨハンはドキッと胸が脈打つのを感じた。


「あのときから、あなたは一人でたくさんの背負ってきた。

ガルガンディアの地と民、エルフやドワーフなどの他種族の人権。

王国を守るための食糧確保や策略などさまざまなことをあなたは実現してきた。

あなた自身は休まず、精霊や魔族が暮らせる国まで造ってしまった。

無理をしてませんか?リン殿にちゃんと甘えていますか?

もしも……リン殿がいないのなら、今だけでも私の胸で甘えるのはダメですか?」


シェーラはヨハンを心配している。

心配しているからこそ、辛そうにしているヨハンを見ていられなかった。


「シェーラ、ありがとう。でも、俺は大丈夫だ」


ヨハンはシェーラの腰に手を添えて、体を離そうとする。

しかし、シェーラは離れまいと強くヨハンを抱きしめた。


「私では話し相手にもなれませんか?」


シェーラはヨハンを抱きしめたまま、耳元で囁くように優しく語りかけた。


「……はぁ~」


間を置いてヨハンは息を吐く。それは思考の時間。

シェーラに自分の思いを語るのか、それとも何も話さず何も告げないか。

その答えをヨハンは思考し結論を出した。


「友が死んだんだ。子供の頃からずっと一緒に生きていた友が死んだ」

「……」


シェーラはランスのことだとわかっても何も言わなかった。


「リンの行方がわからない」

「えっ」


シェーラもリンの名前が出ると少し抱き絞める力を緩めた。

それでも離れることはなかった。


「ガルガンディアの地で消息を断ったようなんだ。

フリードが他の仕事とともに探してくれているはずだ」

「……そうですか」

「冥王との戦いで……ジャイガントが死んだ」

「ジャイガント殿が!」


ジャイガントの死は、まだ死霊王と魔族しか知らないことだ。

それを口することでシェーラにも動揺を感じられた。

ヨハンは止めることなく続きを語る。


「冥王に操られていたサクをこの手で殺した」


シェーラもサクのことはよく知っている。

そしてサクがヨハンのことを好きだったことも。

ヨハンもサクを大切にしていたことをだからこそ、ヨハンがどれほど辛い思いをしたのか理解できた。だからこそヨハンを抱きしめる力が強くなる。


「シェーラ?」

「ヨハン様、ごめんなさい」


彼女は涙を流していた。それはヨハンの心を思って流れ出した涙だった。


「ありがとう」


ヨハンのために涙を流すシェーラに、ヨハンは離すために添えていた手をゆっくりと腰へと回して抱きしめた。

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