第197話 三十二機関
ヨハン・ガルガンディアは表の社会から姿を消すことで、王国との無益な争いを起こさぬようにした。
それは潜伏していることに過ぎず、またヨハンの軌跡と呼ばれるほど、数々の偉業を成し遂げていたせいで王国側も見て見ぬ振りを続けていたのではないかと言われている。
しかし、ヨハンだけでその偉業を成したかというとそうではない。
ヨハンのために動いた組織がいた。
「今度は、食人族の村に向かったそうっす」
ヨハンを追いかけ隊と呼ばれる組織の隊長を務めるフリードが、部下たちを先導して森を走り始める。
ヨハン担当と呼ばれる彼らは、三十二機関と呼ばれる組織に属している。
それはヨハンの打ち立てる政策を実行していく機関であり、ヨハンを追いかける以外にも、人材派遣、物資の管理、通貨の一定化、税の徴収、格差が生まれないような弱者救済など。
例をあげれば様々な仕事が存在するが、それら面倒な仕事を彼ら三十二機関が執り行っているのだ。
「あっちは食人族の村っす、みんな警戒するっす」
現在、精霊王国連合という組織を立ち上げたはいいが、精霊や獣人だけでなく魔族も受け入れたため、魔族との交渉が日々続いているのだ。
彼らの食事は折り合いをつけるのに困るモノが多い。
「フリード隊長!グールです」
「安心するっす。今はヨハン様のお陰で協定が結ばれているっす。
あっちも攻撃を仕掛けてくることはないっす」
フリードの言葉を肯定するように、グールは姿を消していた。
魔族とは話し合いができないという者もいたが、ヨハンは根気強く彼らを説得していった。
時に力づくで、時に一緒に食卓を囲み。
しかし、どうしても交渉に応じてくれない種族がいた。
それが彼らグールと呼ばれる食人族だ。彼らは人を食べる。
ヨハン自身この世界に来て人の価値が低いことはわかっている。
わかってはいるが、人を食事として差し出すことは、自分のなかで納得できなかった。
だからこそ、人以外のモノでなんとか代用できないか、様々な料理を提供して試していたが今回名案が浮かんだのだ。
「ふぅ~心臓に悪いっす。これまでもヴァンパイアやサキュバスさんとこに行った時も、命の危険を感じたっすけど今回が一番怖いっす」
ヴァンパイアは人の血を好み、人族に協力してもらい輸血をもらうことでなんとか話がまとまった。
またヴァンパイアは人の血を飲むことで、その人の健康状態などもわかるらしく。
ヴァンパイアによる血液検査のような扱いになっている。
そのため美男美女が多いヴァンパイアに、自ら血を差し出す人まで出てきて困ってしまう。
サキュバスは人の性を糧とする。
そのため商館を作ってもらい、性を合法的に受け止めてもらえるようにした。
これは他種族でも性欲というのは持ち合わせているので、かなり繁盛しているようだ。ただし必ず相手を殺さず、大勢から集めることで一人当たりの精液は少なめにしてもらっている。
「でも、ヨハン様はグールを従える策があるのでしょうか?」
「良いことを思いついたって言ってたっす」
「どんな方法なんでしょうか?」
「それは知らないっす。でも、ヨハン様に任せておけば問題ないっす」
フリードの言葉に何度も頷く。
フリードの部下はヨハンになんの疑いも持たない。
上司が上司なら、部下も部下で、ヨハンを信じすぎているのだ。
「おっ!出てきたっす」
フリードの言葉通り、ヨハンが食人族との交渉を終えて姿を現した。
「握手してるっすね。どうやら交渉はまとまったみたいっす」
食人族の縄張りから抜けたところで、フリードはヨハンとリンに話しかける。
「お疲れさまっす。交渉は上手く行ったみたいっすね」
「フリードか、なんとかなったよ。
とりあえずは第四ダンジョンに行ってもらうことにした」
「ダンジョンっすか?」
「そうだ。ダンジョンはそれぞれの特徴に合わせて機能させている。
第四ダンジョンは冥王とこにも近いし、普通の奴じゃ危ないからな。
グールたちに合法的にダンジョンに侵入した者を排除してもらいながら冥王をけん制する」
「大丈夫なんっすか?」
フリードはグールが裏切らないか心配だった。
「まぁそれは仕方ないさ。俺たちは提示できる最高の条件を相手に渡す。
それがダメなら戦って従わせる。それでもダメなら、フリードならわかっているだろ」
ヨハンに促されてフリードも頷いた。そういう種族がいなかったわけではない。
戦闘こそが生きがいだと悪戯に混乱を招く種族もいた。
そんな連中はヨハンによって滅ぼされた。
「グールさんたちが協力的だといいっすね」
「そうだな」
ヨハンは学校以外に、ダンジョンを作る行為も促進していた。
すでにダンジョンは四つになり、双高山に作ったダンジョンをコボルトとノームなど森に暮らす者たちに管理させている。
二つ目を火属性の種族たちが暮らせる火山に、三つめを極寒を好む種族が暮らせる氷山に作った。
「まぁ冒険者たちには新たなダンジョンが発見されたとでも報告してくれ」
三十二機関は公式の機関ではあるが、隠匿されている出来事も多くある。
同盟を結んでいる種族などは機関内でしかわからない。
冒険者をしている者たちは、グールやコボルトが同盟種族だとは教えていない。
そのため彼らは討伐するべき魔獣と認識され討伐依頼も出される。
しかし、それもコボルトやグールからすれば、冒険者は食事であり、装備や金品を持ち込む餌なのだ。
これはこれで相互関係だと、ヨハンは納得することにした。
互いの命を取り合い食物連鎖に組み込まれることは仕方ないことだと割り切ったのだ。
「これで一通りの種族間問題は解決ですかね?」
「どうだろうな?結局人同士でも争いは絶えない。
それが他の種族なら絶対はないんじゃないか?
まぁその都度調整を入れていくしかないだろうな。
それは俺の仕事じゃないさ。これから未来を生きていく次の世代に託すよ」
「そうですね。そろそろゆっくりしたいわ」
ヨハンの言葉にリンが笑い、フリードも苦笑いを浮かべる。
ヨハンは王国が手を付けなかった四年という歳月で、これからの歴史を担う国作りの基盤を作った。
それは精霊王国連合にとって長々と守られていく法律であり、ヨハン・ガルガンディアという名こそ歴史に刻まれることはないが、フィクサーと呼ばれる人物が度々歴史書に出てくるのは、先の歴史家にとって楽しみとなった。
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