第179話 大橋での戦い
ヨハンが死霊王によって河に落とされ、ゴブリンキングのボスが後を追いかけたころ。リンはオークキングの護衛の下、大橋を退却していた。
敵の数はおよそ五十万。
それを共和国領土に入れるわけにはいかない。
リンは逃走しながら、ガルガンティアの将軍と、王国が誇るセリーヌとカンナの両将軍に援軍を求めた。
「これからどうされますか?」
オークキングはリンの横に並び、逃走の指示を出している。
フリードは援軍要請のため、この場にいない。
残されているのは、オークキング率いるオークが数名と、リンが率いる第三軍の面々だ。数にして三万弱といったところになる。
「今は他の方が援軍にきてくれるまでの時間を稼ぐしかありません。
ヨハン様も同じように時間を稼いでくれていると思いますので」
リンは逃走しているが、追いかけられているわけではない。
ヨハンとゴブリン、さらにドラゴンが残って死霊王の軍を足止めしてくれているのだ。
「かしこまりました」
オークキングはその巨体に似つかわしくない紳士である。
それは、ヨハンの教育の賜物なのだが、リンとしてはどうもに慣れない。
なので、オークキングの仕草にいつも笑ってしまう。
「では、間所を抜けた先で陣を引きます。
後退しながらの戦いになりますが、一日でも多くの時間を稼ぎます」
リンは間所を抜けた先で、テントを張り、死霊軍の兵を待った。
戦により疲弊していた兵士を休ませる意味も込められていた。
兵士たちは疲労からすぐに休息に入った。
「あなたは休まれないのですか?」
間所から橋の先を見つめるリンの下に、オークキングがやってきた。
「ええ、ヨハン様が戻ってこない不安もあります。
なにより、いつ敵が来るかわかりませんから」
「そうですね。私もお付き合いします」
「あなたは最前線で指揮をとっていたでしょ?疲れていませんか?」
「正直、体は疲れていると思います。ですが、心がどうにも休ませてくれんのです。
戦いに身を投じて神経が昂っているのでしょう」
オークキングは生まれて間もないが、それでもヨハンの下で多くを経験した。
生まれつき強いスキルと類まれなる体格を授かったため、彼自身の資質とヨハンの教育により、凶暴性よりも理性が強くなっている。
それでも、戦いに高揚する本来の凶暴性が彼を戦いに駆り立てるのだろう。
「そうですね。またヨハン様のご飯が食べたいですね」
神経が昂るオークキングの緊張をほぐそうと、リンはヨハンの料理を思い出す。
ガルガンティアにいるときは何度か食べたか、遠征続きでヨハンも忙しく料理から遠ざかっていた。
「はい。ヨハン様の作る料理は、他のどの料理人も思いつかない珍しいモノから、日常的な料理まで凄くおいしいです」
オークキングもヨハンの料理を思い出して、涎を垂らしている。
それから二人はヨハンの料理についてを熱く語りあった。
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ヨハンが目を覚ますと、目の前に魚がいた。
「うわっ!」
「ギョッ!」
ヨハンの驚きに反応して、魚も驚いたようだ。
「えっと……ここは?」
「気付かれましたかな?お客人」
ヨハンが声のする方へ視線を向ければ、人の形をしているが全身緑色の鱗をつけた半魚人が座っていた。
口元には白い髭が生えており、半魚人が初老であることを示しているような気がした。
「ここはフィッシャー族の里でございます」
「フィッシャー族?」
「そうです。私はフィッシャー族の族長バーゲンハイムです。
そしてあなたの看病をしていた女子がギョルコです」
どうやら頭が魚のフィッシャー族は、女性だったらしい。
体を見れば確かに人間の女性と変わらない。
「あなたは死霊王との戦いに敗れ、河に放りだされました。
流れてきたあなたをガバメントが助けました」
「ガバメント?」
ヨハンは現状を思い出し、出てきた名前に反応してしまう。
ヨハンが呼んだからか、一人の男が部屋の中へ入ってきた。
河童の姿をした男性は鋭い目つきでヨハンをにらみつけた。
「先に言っておきます。ガバメントはにらんでいるわけではありません。
生まれつき目つきが悪いもので、にらんでいるように見えるだけなのです。
根はやさしい子なのですよ」
「そうですか」
ヨハンはもう一度ガバメントを見るが、やっぱりにらみつけられているような気がして、なんとなく居心地が悪くなる。
「ご迷惑をおかけしてすみません」
「構いませね。お主がどういう立場で、どういう人なのかはわかっております。
しかし、私らはあなたに見てほしかったのだ」
「見てほしかった?」
「あなたはシャークに王国が勝利した暁には、フィッシャー族の安心できる場所を作ると言ってくださったそうですね。そんなあなただからこそ見てほしいのです」
バーゲンハイムに促されるようにヨハンは体を起こし、後に続いて歩き出した。
フィッシャー里は帝国の支配下に置かれ、肩身の狭い思いをしているとヨハンは勝手に思っていた。
「どうですかな?」
「綺麗です」
半分を河に、もう半分を陸に作られた綺麗な街並みが目の前に広がっている。
「そうでしょうそうでしょう。あなたにお伝えしておきたかったのです。
決して帝国に与したからと言って、我々は虐げられてはいないとお伝えしたかった。
他の種族もそうだと思います。元々亜種族たちは人族に虐げられてきた。
しかし、帝国はそれらの悪を取り除き、亜種族が自ら歩める道を示してくれた」
族長の言いたいことを、ヨハンは理解してしまっていた。
帝国がうち滅ぼしたのは、他種を虐げていた国々で、そして虐げられていた国々は、帝国によって救済されていたのだ。
だからこそ、シーラは八魔将として召し抱えられ、エルフやドワーフも、帝国の中で大切にされていた。
「あなたも良き為政者かもしれません。ですが、あなたは国の主ではない。
主ではないあなたの約束と、実際に我々を助けてくれた帝国。
我々が味方するのはどちらか、あなたは理解できたのではないですか?」
族長は、ヨハンの顔を見て、ヨハンが思ったことを理解していた。
「俺は……」
ヨハンは何かを言おうとしたが、言葉が出てこなかった。
「あなたの仲間のゴブリンたちも助けています。
全員助けることはできませんでしたが、できれば早くこの里から去っていただけることを切に願いします」
ヨハンはこれまで多くの他種族を救った気になっていた。
だが、蓋を開けてみれば帝国の方が何倍も多くの他種族を救っている。
もちろん攻められた国々から見れば、帝国は悪であり。
また他種族の者たちも、人は自分たちを虐げる者として、これまでの歴史で理解している。他種族からしても、帝国の考えを理解できるはずがない。
だからこそ、逃げまどい、戦いを挑むのだ。
「なんのために俺は戦っているんだ……」
ヨハンはどちらが正しいのかわからなくっていた。
自身の配下たちのことを考えるのであれば、帝国に与した方が幸せになれるのではないか?
王国は他種族を奴隷として扱い。人として認めていない節がある。
「本当に天帝を討ってもいいのか?」
ヨハンは空を見上げ、親友の顔を思い浮かべる。
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