第172話 苦難を超えて

ハロルド砦の前に広がる草原には多くの遺体が集められ、まとめて火にかけられる。ヨハンにとって多くの者を失う悲しい戦いであった。

帝国は、侵略国家である。

純粋な帝国人は少なく。諸外国の人々が集められていた。

そのため立場や種族がバラバラであり、それらを吟味して捕虜を振り分けることになった。


「以上か?」


ギル。クラウンが早々に降伏したことで、10万近い捕虜がいた。

ヨハン一人では全てを判決することは難しく。

シーラやアイス、それぞれの幹部がヨハンの考えを理解した上で仕分けを行った。

ジェル―をガルガンディアから呼び寄せて、捕虜処遇について書類関連の指揮を執ってもらった。


「そうですね。以上です」


ヨハンの横で同じようにグッタリとしているジェルミーから返事があった。


「手分けしたとはいえ、半端ないな」

「ええ、出身地やそれぞれのやりたいことなど。

部下たちを使って面接をしてもらいましたが、最終判断はヨハン様にしていただかなければなりませんからね」


ハロルド砦と双高山に分けて行われた事情聴取という名の面談をした後。

届いた書類を幹部が吟味し、ヨハンが最終判断を下すという形で十万近い人数のこれからを決めていった。

すべての検査を終えるのに七日ほどかかってしまった。


「敵の動きはどうなっているんだ?」

「シェーラさんとフリードさんの報告では現在は動きがないようです。

リン殿は大分退屈されているようですよ」

「いつ戦闘が始まるかわからないからな。

この双高山での仕事を終えたら、ガルガンティアを頼むよ」

「そうですね。仕事を済ませて、しばしの休息を頂いた後に、帰らせていただきます」


10万人のうち、半数が南部の方へ強制労働者として贈られることが決まった。

ほとんどがエンドールの配下だったもので、軍人として鍛えられている分。

普通の市民となるためにリハビリが必要だと思ったからだ。

残った半分は、帝国によって滅ぼされた国や、シーラやゴルドナのように仕方なく従っていたものたちだったので、ガルガンディア領内に引き取ることになった。

引き取った後は故郷に帰すなり、民にするなりは個人の自由にさせるつもりだ。

 

少数ではあるが帝国の貴族というものもいたので、帝国に連絡して賠償金を払うのであればお返しするという書状を送っておいた。


元々共和国出身だった者がいたので、そういうものにはハロルド砦と、その周辺にある村の再興を手伝ってもらうように手配した。


「これからは、ここが帝国との戦いの要所となる。

ゴルドーたちドワーフには働いてもらわないとな」


新たに手に入れたハロルド砦と周辺の村々を、ゴルドナとゴルドーのドワーフ親子に託すことにした。

ハロルド砦を帝国と戦える要塞に作り替えてもらうためであり、新たに吸収することになった共和国の民を鍛えなおすためでもある。

協力者として、エルフの民に畑づくりを教えてもらうことになり、街づくりも同時に初めてもらう。


「ジャイアントにもそろそろ声をかけるか」


ガルガンディアで防衛に当たっているジャイアントには、ハロルド砦に移ってもらい、防衛に当たってもらう必要がある。

街や要塞を作っているときに帝国兵が邪魔しに来られても、ジャイアントがいれば大丈夫だろう。


ヨハンはそれぞれの帝国兵の処遇と、ガルガンディアの民たちの仕事を分担し終えて、リンが休養する双高山のダンジョンを訪れた。


「ヨハン、おかえりなさい」


部屋に入ると、リンが元気な様子でヨハンを出迎える。


「寝てなくていいのか?」


ヨハンは慌ててリンに駆け寄るが、リンは笑ってヨハンを窘める。


「何を言ってるんですか、ケガをしたのはもう一週間以上も前ですよ。

ヨハンのお陰で傷はありませんし、どこも痛くないです。

ヨハンが部屋から出るなというので、みなさん気を使って私をここから出してくれないんですよ」

「うっ、だって心配で」

「大袈裟です。私はこの通りピンピンしています」


リンは両手を振り回し元気であることをアピールする。

ヨハンの使ったヒールで完全に傷は治っていたので、しばらく寝ていれば戦闘の疲れも癒えてしまう。


「でも……」

「でも、ではありません。私も皆さんのお手伝いをします」

「はぁ~わかったよ。でも、大きな仕事はある程度終わったから、その前にしたいことがあるんだ」

「したいこと?」

「ああ、ジェルミーにはそのために来てもらったんだ」


ヨハンはリンが目覚めてからジェルミーと共に忙しい中で用意を続けていた。


「来て」


ダンジョンの中をしばらく歩くと、小部屋に案内される。


「ここで準備をして」


ヨハンは小部屋から出ていき、中にはアスナやシーラなどの女性幹部たちがリンを待っていた。

リンは何が行われるのかと、不安でいっぱいになった。


だが、すぐに彼女たちが持ってきた真っ白なウェディングドレスに着せ替えさせられる。みんなの生暖かい表情でリンを見ている。不安から戸惑いに代わる感情。


「さぁ、行ってきなさい」


シーラに背中を押され、小部屋の奥にある扉を開ける。

さらに扉へと続く廊下にはリンの父が待っていた。

父がリンの頭にベールをかけて、合図をすれば扉が開かれる。

左右に並んだ仲間たち。中央には神父服を着たジェルミーが立っている。


神父の前にはタキシードを着たヨハンがいる。


「お父さん!」

「みんなリンを祝っているよ」


いつも情けない父親が、正装してリンを誘導する。


「さぁ、彼の下へ行こう」


リンは父親の腕を取り、バージンロードを歩きだす。

ベールで隠された顔を俯かせて、涙を隠した。


「リンを、よろしく頼む」


父親の代わりに、ヨハンの腕に捕まりジェルミーの前に立つ。


「汝ヨハン・ガルガンディア。あなたはリン・ガルガンディアを生涯をとして、病める時も健やかなる時も、貧しき時も富を得る時も、妻として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」


「誓います」


「汝リン・ガルガンディア。あなたはヨハン・ガルガンディアと結婚し、夫としようとしています。あなたは、この結婚を神の導きによるものだと受け取り、その教えに従って、妻としての役割を果たし、常に夫を愛し、敬い、慰め、助けて変わることなく、その健やかなるときも、病めるときも、富めるときも、貧しきときも、死が二人を分かつときまで、命の日の続く限り、あなたの夫に対して、堅く節操を守ることを約束しますか?」


「誓います」


「では、誓いのキスを皆の前で約束しなさい」


 ヨハンはリンのヴェールを挙げて見つめあう。


「幸せにするから」

「はい」


二人はみんなの前でキスをする。


戦争の最中。

行われた二人の結婚式は多くの者に祝われた。

辛いことが続いていたので、二人の結婚は細やかな幸せな出来こととして人々に心の癒しをもたらした。

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