第171話 友との別れ

ヨハン・ガルガンディアは生き残った帝国兵を捕虜として、ダンジョン内にて幽閉した。指揮官を失った帝国軍は、それでも戦う意思を見せていた。

キル・クラウンとの戦いの際に横やりをいれられては困るので幽閉という形をとった。

帝国軍は援軍としてやってきたある人物の登場で一気に戦意をそがれることとなった。

 

ヨハンはフリードにリンのことを頼み。

やってきた援軍と共にキル・クラウンがいるハロルド砦へ進軍を開始した。


時を同じくして、ヨハンから知らせを受けていたシーラとアイスは国境の街を西下し、ハロルド砦を囲うように配置を完了していた。


キルがエンドールの援護に行けなかったのは、シーラとアイスの混合軍のせいもあるが、今回の功労者はボスである。

ヨハンと別れていたボス率いるゴブリン軍は、シーラとアイスに伝令を送り、残った二万を双高山とハロルド砦の間に配置した。

キル率いる五万の軍も全てが戦えるわけではなく、ゴブリン軍二万を警戒して動けなかったのだ。


「恥を忍んでエンドールに救援を頼んだのに、このままじゃマズイな」


キルはヨハンと戦ったことから、ヨハンが双高山に何かしらの仕掛けをしているのをわかっている。双高山で戦うことは危険だと考えていた。

そのためヨハンが双高山に戻る前に、逃走戦で決着をつけたかった。

すぐに追いかけたエンドール軍は、帝国内でも統制が一番な軍として鍛え抜かれている。一人一人も強く、ちょっとやそっとの奇襲では揺るがないはずだ。

しかし、キルが知っているヨハン・ガルガンディアは、ただ強いだけどうにかできる相手ではない。


「俺の知恵とエンドールの攻撃力が合わさって、初めて勝てるというのに」


キルはオーク族との戦いで疲弊した兵を一日休めた。

そのためエンドールの出撃に出遅れてしまった。

出遅れたキル軍に対してボス率いるゴブリン軍がキル軍とエンドール軍を割くように道を塞いだのだ。

ゴブリン軍に襲撃されハロルド砦に戻ったキルへ。

シーラとアイスが兵を率いて、ハロルド砦を挟み囲むように軍を進めてきた。


「ハロルド砦から動くこともできん」


現在もにらみ合いを続けることとなった。

ボスとシーラは、キルから攻撃を仕掛けない限りハロルド砦を攻めることはなかった。

二日間のにらみ合いが続き、三日目の昼頃。

キルは状況を嫌でも理解することになる。

ヨハン率いる第三軍本体がハロルド砦を見下ろす丘に現れたのだ。

ヨハンを肉眼で確認できたので間違いない。

足った三日でエンドールはヨハンに敗れたのだ。

どのような経緯で負けたのかはわからない。

しかし、ヨハンがキルの目の届くところに立っている。

それだけでエンドールの敗北と、自身の劣勢を思い知らされる。


「打てる手はもうない。残された手は……」


キルは突撃という言葉が頭の中に浮かんでくる。

しかし、キルはエンドールのような生粋の軍人ではない。

知力を駆使して戦う軍略である。


「突撃は愚策……何かいい手はないか?」


だからこそ、最後まで軍人として足掻くのではなく。

キル個人として足掻きたいと思っていた。


「白旗を挙げよ。皆の命、ヨハン・ガルガンディアに預ける」


決断は早かった。

キルの部下には騎士として華々しく散りたいと考える者もいた。

それを制した。

これから行う一世一代の大博打に水を差されるわけにはいかなかったからだ。


「さぁ、ヨハン・ガルガンディア。最後の勝負だ」


ハロルド砦に白旗が上がり、キル・クラウンが拘束された状態でヨハンの下に連れて来られる。ヨハンの軍服はボロボロになっている。

エンドールとの戦いは決して無傷で生還できるほど柔な戦いではなかったことが、軍服からうかがえる。


「キル・クラウン……敵国の将校として望みを聞こう」


本来捕虜となったキルは将軍として首を切られても文句は言えない。

しかし、キルは捕まる際にヨハンに会って話がしたいと持ち掛けた。

ヨハンが断ればそれまでだったが、ヨハンはそれを受け入れたのだ。


「……望みは何も、ただ最後にヨハンと話がしたいと思ってな」

「話?」

「ああ。共に酒を酌み交わした友として、聞いてみたかった。

俺はあんたを苦しめることができたか?」


キルは、ヨハンの雰囲気に一瞬だけ間を開ける。

そしてゆっくりと語り掛ける。

ヨハンにとって自分は敵になりえたのかどうか、そしてそれは価値があったのか。


「ああ、今まで戦った相手の中で二番目に強かった」

「二番目?一番は誰だ?ジャイガントか?」

「いや、黒騎士だ。あれとは因縁があるからな。自分の手で決着をつけたいと思っていた」


キルは頭の中で、ヨハンと黒騎士の因縁を思い浮かべた。

ヨハンのことを調べたつもりだが、心当たりがなかった。

彼はサクの存在も、これまでのヨハンの戦いも知らないのだ。


「そうか。二番目……じゃあ、ヨハン・ガルガンディアに問う。

俺を雇う気はないか?」

「雇う?」

「そうだ。俺はあんたが好きだ。だから、考えた末にあんたの下に付きたいと思った。どうだ?俺を雇う気はないか?」


ヨハンはマジマジとキルの顔を見た。

キルは、久しぶりにヨハンの顔を見たとき、国境の町であったヨハンと雰囲気の違いに驚いた。

それでも、真っすぐ瞳を見つめた。


「シーラとゴルドナは精霊族のため、その身を捧げた。

ジャイガントは自身の戦場を求め、純粋に戦いを望んだ。

なぁキラ、教えてくれ。お前は何のために戦う?」


真っ直ぐに見つめるヨハンの目が、キルの全てを見透かすようだった。


「俺は……」


キルはそんなことを考えたことがない。

戦場があり、力と能力があった。

それらを発揮するのに十分な環境があり、流されるままにここまでやってきた。


「お前は軽いな。その生き方が、その人生が軽い。

その軽さを持ってお前は王を殺す。それは天帝であり、お前が仕えた王を殺す。

その連鎖はここで終わらさなければならない。

次代の王になるであろう。もう一人の親友のために。


お前にもっと重みがあったなら、俺は即答でお前を迎え入れていたことだろう。

しかし、お前の言葉には重みがない。

お前はこの戦いでどれだけの兵が死んだかわかるか?

互いの兵を合わせて12万だ。それだけの人が亡くなっている。

それを自分の手柄のように話すお前に嫌悪感を抱かずにいられない」


ヨハンの言葉にキルは、絶望に打ちひしがれた。

キルの秘策は自分の功績を持ってヨハンに優遇されることだったのだ。

キルにとってはいつも通り飄々とした考えであった。

しかし、あまりにも深慮が足りないことを、ヨハンの言葉で思い知らされる。


「誰かが責任を取らなければならない。

もしも、お前が俺の友人だというのなら、お前は俺の前に立つべきではなかった」


ヨハンの言葉はキルへの死刑宣告となった。

ヨハンもキルを殺したいと思っていなかった。

この戦いが始まる寸前であれば、仲間として引き入れたいと思っていたほどだ。

しかし、キルは敵として見事であった。

オーク部隊八千を全滅させ、エンドールによってコボルトやノームも大打撃を受けた。それと共に、帝国兵九万弱を失う失態も犯した。

それだけのことをした将軍を生かしておくことはヨハンにはできなかった。


「ヨハン・ガルガンティア!」


キルは最後の言葉として、ヨハンの名前を叫んだ。


ヨハンは、自ら大剣を持ってキルの首を刎ねた。

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