第105話 閑話 アリルーア草原の戦い 終
夜襲をかけた翌日。
一夜明ければ、目の前の草原にはゾンビの大群が押し寄せていた。
夜襲の失敗は夜のうちに知らされていた。
ゾンビたちが夜のうちに本陣近くまで接近していることに気付いたのは、明け方だった。数体のゾンビたちが接近していることはミゲールにも知らされていた。
まさかここまでの大群だとは、ミゲール一人に予想できるものではなかった。
「どうしてこうなった!」
「わかりません。いったいこれほどまでの大群がどこから」
「見たことがある顔がいるな」
ミゲールは遠目のスキルを持っている。
鷹目ほど優秀なモノではないが、遠くを見るだけならば十分なスキルなのだ。
遠目で見た限り、王国兵の鎧や兜を着けた者を多く見かけた。
「どういうことですか?」
「ミディアの鎧とレーアの鎧を着ている者がいた。顔も本人で間違いない」
「とっ、言うことは?」
「奴らは死体をモンスターに変える方法を持っているということだろう」
「そんなバカな!」
ライスは驚きを隠せずにいた。
共和国にモンスターを操る者がいると言う話は聞いたことがある。
まさか死んだものをモンスターにできる者がいるとは聞いていない。
「そんなバカな話でも実在したということだ」
「どうされますか?あの大軍が相手では、この砦に残る者では対応しきれません」
ライスの言葉にミゲールの頭がフル回転する。
「ただ逃げるだけでは、あの大軍から逃げることはできないぞ」
いくら頭を働かせて逆転することも、逃げることもままならない。
頭を抱える二人の下へボルシチがやってきた。
「邪魔をするぞ」
「師匠!」
「情けない顔をしておるの」
「正直、参っています」
「ふむ。お主は逃げよ」
「それができれば問題はないのですが、さすがにあの大軍では逃げることもままなりません」
「じゃからワシが来たのだ。砦はワシが預かろう。ワシが殿を努める。お主らは王国へ戻り再起を図るのだ」
大量のゾンビを見たボルシチはミゲールと第二軍の本隊を逃がす決断をしていた。
残るのは老兵のみで構成されたボルシチの隊だけだという。
「そんなこと!師匠はすでに引退も当然の身。
この戦いが終われば領地でゆっくりと暮らせるではありませんか」
「だからこそだ。ワシはすでに引退が見えて来とる。
ならば、死に場所を求めてもよかろう。ワシも軍人。
死ぬのならば戦場で死にたいと考えていた。
大将を逃がすために老兵が命をかけるのに十分な価値がある」
ボルシチの言葉にミゲールは何も言うことができなかった。
師であり、自分よりも長く戦場を経験しているボルシチのことをミゲールは尊敬していた。だからこそ、頭を下げて思いに答えることしかできない。
「師よ」
「もう何も言わんでもええ」
ミゲールが何か言おうとすると、ボルシチは言葉を遮った。
後ろを向いて手を振りながら二人の下から去って行く。
それはミゲールとボルシチの、別れの挨拶であり最後の会話となった。
「ライス、できるだけの兵を逃がす」
「かしこまりました」
ライスも執務室から飛び出し、すぐに兵達の避難に取り掛かる。
「俺もできることをしよう」
赤鎧に身を包み、槍を持つ。
殿がもっとも大変な役目であることは間違いない。
それと同じく、退路を作るのも大変な役目なのだ。
ミゲールは自ら先陣を切って役目を果たそうと考えていた。
「皆の者、我に続けーーーー!!!」
アリルーア砦を囲もうとしているゾンビ達の群れを突き切って赤馬が駆けていく。
逃走する中で、砦を振り返ることはない。
それは師への侮辱であり、自らの命を生かすことこそ師への最大の恩返しになる。
何よりも一人でも多くの王国兵を救わなければならない。
赤馬に跨る赤鎧は誰よりも目立ち敵の的となることは当たり前だった。
敵はゾンビだけではない。ボーン兵も、姿を見せない傭兵隊もまだまだ力を蓄えているはずなのだ。
先頭を走り抜け、一人でも多くの敵を減らしていく。
一日走り通しで疲れ切った体を引きずる。
振り返ることはできなかったため、どれだけの兵が逃げられたのかわからない。
周りにゾンビの気配がなくなり、漆黒の鎧に身を包んだ黒騎士が現れた。
「お前がここを通ることは、すでに予想できていた」
黒馬に跨る騎士は、戦場で見たならば死神と間違うほど恐ろしく感じられた。
「ここで現れるかよ」
「ミゲール様、ここは私が!」
ライスがミゲールの前に出ようとする。しかし、槍が道を塞いでいた。
「ライス。お前が叶う相手ではない。お前は戦うことよりも作戦や指揮を執るほうが向いている。指揮は任せる。どうやら俺はここで離脱しなくてはいけないようだ。できるだけ多くの王国の民を救ってくれ」
「しかし!」
「行けっ!これは命令だ」
ミゲールの叫びに、ライスは悔しそうな顔をしながらもミゲールの命令を実行した。
近衛だけを最低限残して立ち去った。
指揮官や兵隊など言っていられる余裕はないのだ。もちろん大将はミゲールではある。
しかし、それはアリルーアに限ってのことであり、本当に守らなければならないのは王なのだ。王の下へ一人でも多くの兵を連れ帰る。
それがミゲールがライスに託したことだった。
ならば、ライスにできることはミゲールの願いを叶えることだけだった。
「必ず、生きてください」
ライスが最後に残した言葉をミゲールは反芻する。
「もちろん生きて帰るさ」
師を失い。友を逃がし、残されたのは自らの肉体と武だけ。
生まれてからずっと侯爵として多くの者を背負ってきた。
そんなミゲールが全ての重荷を降ろして一人の武人として戦うのだ。
「初めて本気で戦うかもしれんな」
「そうか。ならばその本気とやらも打倒してくれよう」
ミゲールが槍を構える。黒騎士は対峙する赤騎士の思いを理解している。
第二軍はほぼ壊滅状態となり、アリルーア草原の戦いは最後の局面を迎えようとしていた。
「黒騎士よ。来るがよい」
「覚悟されよ」
赤騎士と黒騎士は同時に馬を走らせる。
先制は赤騎士が放つ槍が黒騎士に向かって伸びていく。
うねりながら、ありえない曲がりかたをするミゲールの突き。
普通であれば必殺の一撃になり得る鋭い一撃が黒騎士を襲う。
だが、黒騎士はうねり、曲がる槍の不規則な動きを全て弾き返した。
赤騎士の猛攻を受けて、黒騎士が下がる。
黒騎士の行動に、赤騎士は好機と判断してナイフを投げて追い打ちをかける。
黒騎士は大剣を持っている手とは逆の手で、ナイフを弾き飛ばした。
ナイフに隠して追撃してくる槍を大剣で受け止めた。
「やるな」
「お前を殺して俺は生き残る」
赤騎士は疲れを忘れて、黒騎士へ全力を注ぎこむ。
残された兵士達も二人の戦いを見守ることしかできない。
黒騎士の連突きに対して、黒騎士は防戦一方に見えた。
連突きは次第に速度を増して、黒騎士を襲い続ける。
「どうした赤騎士よ。その程度か?」
赤騎士は違和感に気付いていた。いくら攻撃しても手応えがまったくないのだ。
攻撃の速度も威力も申し分ない。
これまでの疲労が嘘のように槍が動く。鋭く突くことが出来ている。
それなのに手応えがないのだ。
「はっ!守ってばかりで何を言うか」
強がりだということは分かっていた。
それでも自分を奮い立たせなければ、一気に形成が決まってしまう。
「ならば攻撃と行こうか」
赤騎士の連突きをたった一刀の横薙ぎで払いのけた。
そのまま黒騎士は黒馬の頭を赤馬にぶつけて来た。
赤騎士は、バランスを崩すしても腰に差した短剣で反撃に転ずる。
だが、黒騎士の大剣の方が速かった。
「終わりだな」
振り下ろされる大剣が赤騎士の鎧を切り割いた。
赤騎士も短剣で防ぎはしたが、全ての威力を防ぐことはできず、口からは血を吐き出した。鎧は割け、肌にまで到達している。衝撃により立つことは厳しい。
今すぐ死ぬことはないが、もう戦う力は残されていない。
「今度こそ終わりだ」
「俺が死のうとも王国は負けぬ」
「ふん。負け惜しみか?すでにお前が王国最強であることは帝国の調べでわかっている。貴様が死ねば王国に未来などない」
黒騎士はつまらなさそうに、赤騎士の言葉を否定した。
「そんなことはない。我が国には英雄が誕生したのだ。お前達など英雄殿が倒してくださる」
赤騎士は英雄と呼ばれているランスに会ったことがある。
それは授与式の時だった。その時のランスはまだ幼く頼りないと感じはした。
それでも言わずにはいられなった。王国は負けてはいないと。
「ならば、楽しみにさせてもらおう」
黒騎士は然程興味がなさそうに、赤騎士へトドメをさすため馬から下りた。
「王国万歳!」
「さらばだ。赤騎士」
黒騎士の大剣が赤騎士の兜の隙間へ振り下ろされた。
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