第100話 精霊領奪還 3

ジャイガントの腕が折れる音を聞いた。


体重を元に戻して自分の身体にヒールをかける。

【紫電】と【重力付加】で体中がボロボロになってい痛い。

それでも痛いと思っている時間が惜しい。

膝をついたジャイガントの腕を駆け上がり、一気に顔まで上り詰めて重力パンチをお見舞いする。


「グハっ!」


巨大なハンマーで殴られたような衝撃が、ジャイガントの脳天を揺さぶる。

たたみかけるように連続で重力波を重ねていく。

重さは身長差を埋めるようにジャイガントの身体を地面にめり込ませていく。

一方的に放たれる重力パンチは、頬や頭蓋にヒビを入れる。

口から血を吐き出したジャイガントに追い打ちをかける。

体重を軽くして跳躍する。一気に上空に上がった体重を増加させて重力プレスを食わらせる。


「舐めるなよ」


身体がめり込むほどの重力を浴びているにもかかわらず。

ジャイガントは立ち上がり拳を突き上げた。それはカウンターとなりヨハンを吹き飛ばす。重ねた連撃は足った一発のアッパーによって逆転される。

吹き飛ばされたことで、重力波から解放されたジャイガントは、その巨体からは想像できない速度でヨハンを捕まえようと手を伸ばした。


「紫電三倍、重力アップ加重」


最大まで回復魔法をかけて即死を免れる。

さらに神経伝達を最高まで高めて、魔法の循環を速める。

身体を重くすることで落下速度を上げて、一気に地面に逃げる。


「ここまで傷を負ったのはどれくらいぶりであろうか」


目の前にいるのは本物の鬼だ。

先程まで楽しそうに笑ったいたジャイガントの顔は鬼のような形相になっていた。目は吊り上げあがり、髪が逆立つことで、まるで角のように見える。

闘気を纏ったジャイガントの身体はまさに鬼そのものだった。


「お主が個人魔法を使うのだ。これは反則ではないな」


ジャイガントが何かを言うと同時にジャイガントの身体が眩い光に包まれる。

その光は緑や青、白や橙など様々な色をしていた。

光は次第にジャイガントの身体に吸い込まれた。

全力で挑んだ傷は見る見ると治っていった。


「なっ!」

「何もお主から魔力を吸収せんでもこの世界には魔力が満ちておる。

大気中の魔力を吸い込めばこれぐらいのことは造作もない」


折れた腕も、ひび割れて腫れていた頬も元通りに戻っていた。


「化け物……」

「ワシにこれほどの手傷を負わせたのじゃ。主も十分化け物だと思うがな」


鬼に化け物と言われても嬉しくない。全力を尽くした攻撃を全て回復されたのだ。


「次はワシの番じゃな」


驚いている暇などなかった。ただ腕を振るうだけで死を予感する。

小蠅や羽虫がまるで逃げ回るように飛びまわっているように、一撃でも喰らえば死がそこに迫っているのだ。全力で回避し続ける。


「おうおう。良く逃げるもんじゃ。ヒラヒラとまるで捕まえることが出来ぬ蝶のようじゃな」


巨人から見た蝶とはどれほどの大きさなのか、差して変わらないのかもしれない。

そう思うとますます化け物が恨めしくなってくる。


「だがな。もうパターンは掴んだ」


ジャイガントの右腕が振るわれたので、死角になる右に避ける。

しかし、それは罠だった。ジャイガントの左手が待ち構えていた。

意表を突かれた。反応速度を最大にして対応する。

体重を軽くして、身体を浮き上がらせる。


「ほっ!なかなかやるわい。動く木の葉を掴むのはこれほど難しいか」


死ぬ気で鬼ごっこをさせられるなど誰が思うか。

これはリアルな鬼ごっこだ。捕まれば死が待っている。


「どうしたどうした。先程の威勢はどこにいった?逃げていては力などわからんぞ」


圧倒的に相手を倒す力があれば、ジャイガントに対抗できたかもしれない。

勇者で特別な武器を持っていたなら、ジャイガントを打ち負かせられたかもしれない。


だが、圧倒的な力も特別な武器も持ち合わせていない。

だからこそ本を読んで知識を蓄えた。魔力を学び魔法を覚えた。

ランスができないことをしてやろうとここまで来たんだ。


「バテたか?」


肉体強化の時間が切れる。紫電と治癒のダブル強化も終わる。

魔力はまだ底をついていない。このまま使い続ければすぐになくなってしまう。

考えろ。考えるんだ。できることがあるはずだ。だからできることが。


「面白かったが、所詮は辺境の司令官じゃな。ここが限界かの」


お前が勝手に俺の限界を決めるな。

俺は……俺はまだやれる。魔力を爆発させろ。

俺の全てを奴にぶつける。


「まだやる気か?力は見せてもらった。まだ先があると言うのならば見せて見よ」


ジャイガントは俺の爆発を見て「ガハハハ」と楽しそうに笑った。

戦闘バカの相手をするとこっちが損をする。

冷静さを欠いて俺に勝ち目はない。そんなことは分かっている。

それでも俺に残されている道はこれしかないんだ。


「魔力最大、疾風迅雷、重力マックス、双斧」


もう相手が死ぬまで止まらない。俺は俺の全てを燃やしてジャイガントを殺す。


「全力でかかってくるか、面白い。ならばワシも全力でお相手しよう」


ジャイガントの周りが光り出す。大気中の魔力を吸収している。

回復するだけでなく、身体を肥大させていく。

膝にも届かなかった身長差が、さらに広がってジャイガントの足指ほどの大きさまでひらいていく。


ジャイガントは本気で戦ったことがない。

それは自分の規格外の強さに対抗できるモノがいなかったからだ。

もしかすれば太古から生きる竜ならば自分と対等に戦えるかもしれない。

今まで竜に出会う機会はついぞなかった。


目の前の少年と言ってもいい見た目とは裏腹に、冷静さと多才なスキルをもつ敵に心躍る。次はいったいどんなことをしてくるのか、何を見せてくれるのか。

小さき男をジャイガントは認めつつあった。

自分の敵として、嬉しさが込み上げてくる。

この体を持って生まれたばかりに常に最強だった。敵などいなかった。

同じ巨人族であっても対等に戦える者はいなかった。

それがどうだ。自分の指ほどの小さき存在に手傷を負わされた。

地に膝を突かされ、転がされて顔を殴られた。

圧倒的な力を差を見せつけても、まだかかってこようとする。

ジャイガントは心からヨハンを尊敬した。


「来るがいい」


身体を三十メートルまで肥大化させたジャイガントを前にして正直ビビった。

ここで引いたら仲間が殺される。精霊族との同盟も無くなる。

そして……俺は自身自身の全てが終わってしまう。


「引けねぇよな」


地面を蹴って最大速度で駆ける。

風のように速く、雷のように激しく、二つの斧を振るい続ける。

この命が尽きようと。俺自身を光り輝かせて見せる。

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