第91話 過酷な現状
ガルガンディア防衛戦から数日が経ち、ヨハンの下には他領の現状が情報として入ってきていた。
「サク、報告を読み上げてくれ」
「はい。情勢ですが。現在王国の最西では不可解な魔法により、シンドリアの街が消滅した報告が入りました。
周辺の土地は死滅して腐り、荒野と化しているそうです。
進撃していた闇商人は行軍を止めていますが。王国への侵入経路が確保されたことは間違いありません。
また、敵の主力部隊である黒騎士率いる元共和国の傭兵軍及び、闇法師が率いるモンスター軍団は、王国第二軍と交戦に入った模様です。
ですが、初日こそ派手な戦闘があり、死者も出たようですが。
現在は膠着状態にあり、第二軍総大将ミゲール様の作戦が上手く機能しています」
西から順番に報告される内容を聞きながら、ヨハンは頭の整理をする。
「予想外のことと言えば、今回戦場になるはずではなかったミリューゼ領にて、巨人の襲撃を受けたと連絡が入っています」
ミリューゼ領には敵の気配がないと報告を受けていたので、これにはヨハンも驚いた。
「ミリューゼ様は無事なのか?」
立ち上がって声を上げてしまう。
あそこは他の戦場への物資の搬送などを任されていたはずだ。
「ミリューゼ様、六羽の皆さん健在です。現在は巨人を退け、他領へ物資の搬送を行なっています」
「退けた?」
疑問が浮かんでくる。ミリューゼは姫将軍と言われるほど戦が上手いことは知っている。六羽の面々も決して弱くはないだろう。
だが、『騎士に成りて王国を救う』に出て来る巨人族はドラゴンと同等ぐらい強力な敵なのだ。
倒せるとすれば、ある程度成長した主人公であるランスと、その仲間になるはずのヒロインたちぐらいなのだ。
「はい。ミリューゼ様の下へ第一軍から派遣されていた名誉騎士ランスが、ミリューゼ様と協力して巨人を退けたようです」
ヨハンの心は腑に落ちた思い出、椅子に腰を下した。
顔は自然に笑みを作ってしまう。
さすがは主人公、ヒロインのピンチに駆けつけるとか格好良すぎるだろう。
【キシナリ】のファンの一人として主人公の活躍が嬉しくて仕方ない。
「そうか、他に報告はあるか?」
「私は以上ですが、モグ殿が戻っておられます」
「モグが!すぐに通してくれ」
精霊族を味方にできるか、それはモグにかかっている。
数日経った今でもシエラルクは首を縦に振っていない。
シエラルクに賛同しているゴルドナも同じだ。
それもこれも帝国に残してきた家族がいるからである。
その家族を全てガルガンディアに移住できれば、彼らも納得してくれるはずだ。
「邪魔すんで」
モグの声が聞こえ、扉が開いた。
相変わらずのサングラス姿のモグが執務室に入ってきた。
「ご苦労だった。それでどうだったんだ?」
「まぁ待ちいいな。帰ってきてすぐやで、茶の一杯でも飲ませろや」
遠慮のないモグの言葉使いが耳に心地いい。
「サク、リンに言ってお茶を頼む」
「はい」
「お茶は頼んだから報告を先にしろ」
「ホンマ人使いの荒い人やで。まぁ現状、正直厳しいな」
「厳しい?何が厳しいというんだ?」
モグの話を要約すると、エルフ、ドワーフ、ノーム、シルフィーの妖精族たちはバラバラの集落を与えられて暮らしている。集落には常に村ごとに監視が付いたままだそうだ。
それだけではなく、戦闘のために戦力となる若者は全て駆り出されており、村にいるのは乳飲み子のような幼い者と老人ばかりだと言う。
「まぁ爺婆は頑張れば歩けるやろうけどな。子供に関してはガルガンディアまでは歩けんで」
モグはリンが持ってきたお茶を飲んで一息つき、言葉をいったん切る。
「何か方法はないか?」
「正直何も思いつかんな。ワシらノーム族は穴を掘れれば仕事にありつける。
やから山に住みついて穴を掘る仕事をしとる。エルフは森で軟禁状態。
ドワーフは人間の町に一番近いところで武器作り、シルフィーに関しては女王はんが捕まってもうてるみたいや。シルフィー全体は女王様がおらなどうにもできんやろ?」
モグの言葉に会議の時に座っていた妖精の女の子を思い出す。
どうやら、あれは女王の分身体で話を聞いてたらしい。
「かなり過酷な状況だな」
「せやろ。こんな現状どうしようもないで……」
モグは溜息を吐き、両手を広げる。
「サク、例の件を実行に移すことになりそうだ」
「そのようですね」
サクは諦めたような顔をする。
「パーティーメンバーは俺、リン、シェーラ、モグでいく」
「わかりました。ですが、ドワーフとシルフィ―をお連れください」
「理由は?」
「それぞれの種族の者は、同じ種族の者を好むと思いますので」
「そうだな。一理ある」
「なんや何なんや!さっきから二人で話ししいなや。ワシにもわかるように説明してぇな」
モグがシビレを切らして、二人の話に割り込む。
「うん?」
「うん?やないやろ。ワシに説明せい言うてんねや」
「モグの話を聞いて、予想が確信に変わっただけだ。俺達も簡単に帝国から精霊族を奪えるなんて思っていない。だから彼らを導く存在が必要だろ?」
「だからなんやねん」
「だから、俺が行くんだ」
「はっ?何言うてんねや。あんさんここの領主やろ?
領主がそないホイホイおらんくなってええんか?」
モグの突っ込みも聞き飽きてきた。
「別にかまわないぞ。元々俺は領地経営は向いてない。実際、今の領地経営はジェルミーに丸投げ状態だ。軍関連はサクが対応してくれるしな。
今回の戦闘でも前線に出てたし、俺は元々冒険者だからな。貴族なんて柄じゃない」
ヨハンはガルガンディア領を一年間で自分がいなくても運営できるように成長させていた。各種族は発展を遂げて、ヨハンの思想をよく理解してくれている。
「ホンマ変わったお人やな」
「お前にも付き合ってもらうぞ」
「へいへい。付き合わせてもらいます」
ドワーフからはゴルドナの孫娘であるココナ。
シルフィ―からは女王の分身体であるシルがついてきてくれることになった。
「じゃあ、行ってくるから後は頼むな」
「ご武運を」
サクとジェルミーに見送られて、ヨハンは帝国へ潜入するためガルガンディアを後にした。
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