第58話 リンの家族

奴隷商館を出たヨハンは、ヤコンが用意してくれた馬車ではなく奴隷たちを連れて歩き出した。

奴隷たちは主人として従ってくれるらしく、反抗的な目をしているものはいない。

彼等を奴隷から解放してもいいのだが、これから領主を務める地方にも人はいる。何よりあれだけの交渉をして、逃げられたら間抜けさを露見するだけなので、ヤコンにやめた方がいいと釘を刺された。

 

「これからは、ああいうことは控えてくださいね」

「悪かったよ。なんだかあのドドンを見てると腹が立ってきてさ」

「わかります。ですが、私にも商人として横のつながりがあります。

何よりドドンは商人ギルドでも力を持っている人物です。

此度は穏便に済みましたが、報復には十分に気を付けてください」


ヤコンは脅しではないと念を押される。


「そういうこともあるのか?」

「あるでしょうね。商人にもプライドがあります。

何より奴隷は主人が死ねば、傍に居た者の物になりますから。

ヨハン様を殺せば商品が手に入りますからね」


ヤコンの忠告に頷きつつ、連れて歩く奴隷たちを見る。

異種族であるゴブリンやオークは言葉こそ理解してくれるが、知能が低く会話ができる者は少ない。魔力を高めたゴブリンキングやオークウィザードなどは会話できるらしいが、彼らはどうなんだろう。

ウィッチやエルフは亜人ではあるが、会話をすることもできる。


「ヤコンのところで今日一日だけ彼らを預かってくれないか?」

「それは構いませんが、どうされるおつもりで?」

「馬車と食料を買って明日には立つよ」

「急きますね。10人以上が乗れる馬車となると大変ですよ」

「ヤコンのとこにある物を使わせてもらえればありがたい。早く出るのは、ドドンのこともあるからな。それにリンに怒られるのは馬車の中の方がマシだろ?」

「ははは。さすがの新鋭貴族様も従者が恐いですか」


ヤコンに奴隷たちを頼み、リンを探しに行く。

馬車と食料に関してもヤコンが用意してくれると言うことなので、支払いを済ませた。あとはリンに話をつければ問題ない。

ヤコンには奴隷たちを風呂に入れてもらい、衣類も綺麗にしてもうように頼んでおいた。彼らは必要最低限の衣類しかつけっていないのだ。

奴隷たちの自己紹介も終わっていないが、今は急いで行動した方がいいだろう。


リンは実家に行っていると言っていた。リンの家族は父親が農家をしており、出来た野菜を売っているそうだ。

リンに言われた住所に着くと、活気のある八百屋さんが見えてきた。


「すみません~」

「へい、らっしゃい!お客様」

「あ~違うんです」

「うん?違うのか?冷やかしなら帰った帰った」

「父さん何してるの!お客様じゃなくても親切にしないと悪い噂が流れるでしょ!」


八百屋の親父さんはリンのお父さんだったらしい。

リンが中から怒鳴りながら現れる。

八百屋の制服なのか、リンはメイド服を着ていた。


「よう……」

「ヨハン様!!!」


ヨハン様?そんな風に呼ばれたことなんてないけど。


「あっいえ、お父さん。こちらは貴族の方よ」

「なにっ!貴族様だと!」


リンの言葉に表情を変える父親、成りたてですが一応貴族です。


「これはこれは貴族の方とはつゆ知らず申し訳ありません」


貴族と知って権力に屈する父親の姿にリンは呆れている。


「申し訳ありません。ヨハン様」

「いや、別にかまわないよ。リンは家ではメイドなんだな」


リンは自分がメイド服を着ているのに気付いていなかったようだ。

指摘すると顔を真っ赤にして照れ始めた。


「仕事着なんです。父さんの趣味で」


顔を赤くしているリンは可愛い。


「ウォッホン」

「あっ!」


照れているリンが可愛くて見つめていると、父親の咳払いで我に返る

 

「親の前でイチャイチャするのは止めてもらえるか?

それでですが?貴族様が、我が家などになんのようでしょうか?」


貴族の肩書にビビりながらも、リンの前では父親としての威厳を保ちたいようだ。

話し方が定まっていない。


「リンを迎えに来ました」

「はっ?」

「リンから聞いていると思いますが、私は新しい領地の領主になりました。

そこでリンには補佐として働いてもらうことになっています」

「ああ、平民から貴族になったというのはあんたのことか」


どうやらリンから話は聞いていたようだ。


「リン、こんんあ小僧に何ができる」

「お父さん!なんてことを!ヨハン様はミリューゼ様直属第三魔法師団副団長を務めた方なのよ。共和国との戦争の時だって、500人の人間をまとめて共和国に潜入させて、ガルガンディア要塞を一人で落としたんだから」


リンが興奮気味に武勇伝を語っていく。

本当ことではあるが、なんだが気恥ずかしくなる。


「さっきから何してるの?」


店の奥から声がして、リンを大人にしたような美しい女性が現れる。

健康的なリンとは対照的に、痩せているから儚さそうに見える。

ただ、瞳にはリンと同じ強さが感じられた。


「お母さん。お父さんを止めてよ。さっきからバカなことばかり言うの」

「あ・な・た……ちょっといいかしら。お客様、少し失礼します」

「えっはい」


リンの母親から逆らえない威圧を放たれている。

父は耳を引っ張られて中へと入って行った。

何をしているのか想像するのも恐ろしい。しばらく待っていると母親の方が現れた。


「改めまして、リンの母です」

「これはこれはご丁寧に、ヨハン・ガルガンディアと申します」

「リンから話は聞いています。貴族様ですよね?」


母の瞳が光ったような気がする。


「そうだよ。この間話したヨハン様だよ」


リンの呼び方はヨハン様に固定されたようだ。


「ああ、あなた様が……よくぞ御出で下さいました。今日はどういったご用件で」

「はい。ガルガンディアに戻るので、リンを迎えに来ました」

「そうでしたか。ヨハン様。私共家族一同でお世話になれるそうで。本当にありがとうございます」

「こちらこそガルガンディアに移住して頂くこと心から感謝しています。

ガルガンディアには何もありません。ですが、住民を増やして商人も来ます。皆さんの力がガルガンディアの地に必要です」


リンの両親と家族にはガルガンディアに移動してから農地の管理をしてもらいたい。


「本当に助かります。娘共々よろしくお願いします」


母親に深々と頭を下げられた。ヨハンも同じように頭を下げた。


「リン、何をぐずぐずしているの。ヨハン様を待たせてはダメじゃない」

「はい。すぐに用意してきます」


リンが奥に引っ込んだところで、母親の体が近づいてくる。


「娘もそろそろ年頃です。なんなら夜のお供にお使いくださいね。子供ができたら責任を取って頂ければ問題ありませんので」

「えっ!」

「ふふふふ」


実の母親からそんなことを言われると思わず絶句してしまう。


「冗談ですよ冗談。でも、リンのこと好きならありですからね」


リンの母親は「ふふふ」と笑ってウィンクされてしまった。

きっとこの人には逆らってはいけない。

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