第42話 サクの策

 大隊としての行軍が分かれる目的地に到着した軍は会議をするため、ヨハンはセリーヌに呼ばれた。

 騎士隊の代表であるミリーを副官として、作戦会議に参加することになった。


「どうしたんだい?さっきからそわそわして」


 姉御肌のミリーは俺の肩をバンバンと叩きながら心配してくれている。


 模擬戦から毎日食事を共にしているお陰か、ミリーとは随分と打ち解けられた。ミリーは男前な性格もあり、部隊の支えとして随分と活躍してくれている。

 他の騎士団員や魔導師隊も餌付けが功を奏して、隊長と認め始めてくれているので話を聞いてくれるようになった。


「こういう作戦会議みたいなものに参加するのはまだ慣れてないんだよ」

「ははは、最年少の隊長殿はどうやら肝っ玉が小さいようだね」


 大笑いをしているミリーと並んで歩いていると、色々と目立ってしまう。ミリーは元々身長がヨハンよりも高く、一つ一つの動作や声が大きいので目立つ。


「肝っ玉が小さくてもいいさ。俺は金を稼げて長生きできればいいんだから」

「本当に言ってるのかい?二日間で色々と調べたけど。随分と面白いことをしているみたいじゃないか」


 ヨハンが図書館に籠っている間に、騎士隊の方ではヨハンの調査が行われていたらしい。冒険者としてオーガ討伐を成功させ、戦場ではミリューゼを救い。アイゼンでは共和国の情報を持って帰ったことを言っていた。


「全部行き当たりで不本意だ。別に俺がしたくてしているわけじゃない」

「ふ~ん。どっちにしても面白い奴だってことだね」

「ジェルミー団長にも同じようなことを言われているよ」


 肩をバンバンと叩かれ疲れた顔でヨハンは本幕のテントに入って行く。


 ミリューゼ隊の幹部は全員女性なので、本幕に入れば女性特有の甘い香りが充満している。大隊の総隊長を勤めるセリーヌを中心に、右にトリスタント、その横に副長らしい人が座り、その後ろに従士が立っている。

 反対側の左側には見たことがない文系女子が座っていた。


「さて、全員揃ったみたいね」


 用意された席に着くと、セリーヌが全員を見渡しながら開始を告げる。


「どうやってガルガンディア要塞を攻略するかだけど。サク、説明をお願い」

「はい。セリーヌ様。初めて会う方もおられますので、自己紹介からさせていただきます。セリーヌ様の下で軍師、いえ、参謀をさせていただいております。サクと申します。お見知りおきを」


 サクと名乗った参謀の視線はヨハンに向けられていた。他の団員とは面識があるのだろう。ヨハンは軽く会釈を返した。


「では今回、攻略するガルガンディア要塞ですが、現在まで落とした者がおりません」


 共和国が誇る難攻不落の要塞と知られるガルガンディア要塞。


「まぁ戦争に晒された経験がないともいいますが……」


 王国側から敵側を攻めることがなく、今まで共和国の砦を攻略するなどの事象がなかった。

 此度は両国が雌雄を決する大きな戦争を迎えており、王国側も攻勢に出ることが決めたのだ。


「今までの共和国との戦争で、ガルガンディア要塞が使われることはありませんでした。ですが、今回共和国は三つの砦を使う作戦を決行しました。

 食料の補給と兵士の休息を維持するためです。その一つであるガルガンディア要塞を私達が奪う。もしくは破壊するのが今回の作戦です」


 サクによる現状の報告を兼ねた確認が行われる。


「我々はガルガンディア要塞を包囲し、敵国の物資搬入を阻止します。また、要塞に救援に来た部隊も撃破してもいます。こうして要塞内に残る兵士を孤立させます」


 一万三千の兵がいたとしても、全ての道を塞ぐことなどできない。共和国側の領土を侵略出来ていいない以上。

 王国側の道は塞げても、共和国側から入られれば止めることなどできない。


「こちらの消耗が激しすぎないか?」


 それらを考慮した上で、トリスタントから質問が投げかけられる。


「もちろん、全てを塞ぐことは不可能に近いです。ですが、逃げてくる兵を各個撃破することはできます。また、支給される補給物資を奪うことも」


 サクが言葉を発して俺を見る。


「そうですね。ヨハンさん」


 それは遊撃部隊である俺の役目だということだろう。


「それが仕事ならやりますよ」

「それがあなたの仕事です」


 セリーヌからの命令ではなく、サクからの命令として告げられる。不思議に思ってセリーヌを見れば、セリーヌは黙ったまま目を瞑っていた。


「具体的な作戦内容は以上ですか?」


 挑発するようにサクを見つめる。


「はい。あなたにお話しする策は以上です。今すぐ作戦を実行してください。共和国側に回り込み、敵を排除してくるのがあなたの仕事です」


 一万三千でも足りぬことを足った500で成し遂げよという。それが無茶なのかと問われれば、そうでもない。

 向こうが得意としている戦法をこちらがとるだけだ。要は500が一丸となって動くのではなく。小隊に分けて分散して動けばいい。

 そうすることでゲリラ的な動きが生まれ、相手に動きが気付かれ難くなり、また相手の意表を突きやすくなるのだ。


「わかりました。早速移動しようと思うので、ここを離れても?」

「かまいません」


 サクはセリーヌに確認を取ることなく返事をした。 何となく答えを予想できたので、驚かなかった。これにはミリーやトリスタントの方が驚いていた。


「では、準備を済ませてすぐに立ちます」

「よろしくお願いします」


 それまでとは違い。最後の言葉は丁寧であり、頭まで下げられる。最後の言葉にはサクの感情が込められていたような気がする。


「ええ。では行ってきます」


 天幕から出ると、すぐにミリーが追いかけてきて肩を掴まれた。


「何をやっているんだ。あんなのは作戦なんかじゃない。無謀な賭けを私達にしろと言っているだけじゃないか」


 ミリーはサクの意図を理解できなかったしい。無理難題を押し付けられたように憤りを現している。


「そんなことないですよ。策はあります」

「策?」

「ええ、多分サクさんも同じようなことを考えているのではないでしょうか?だから俺を抜擢したんだと思います。騎士では考え付かないような内容を」


 そう思うと、共和国の指導者は騎士の考え方をしていないかもしれない。冒険者としての経験があるヨハンだから、サクはヨハンを隊長に任命したのだ。

 ミリーにどういうことだと説明を求められながら、自分達の隊へと戻っていく。

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