第8話 黒騎士

 砂塵が風に乗って巻き上がる。


 大勢の人間が行きかい争う中で踏み荒らされ、足場は随分と悪くなってきた。

鉄の焦げるような匂いが鼻に突く。


 リアルの戦場、恐怖で足が竦んでしまいそうな重圧が息苦しい。


「なぁ、お前は死にたいのか?」


 全身漆黒の鎧に身を包んだ騎士。圧倒的な存在感と乱戦している中で生き残る力量。 戦場で一際目立つのは危険なことだ。それでも黒騎士の存在感に敵対した者は死を思い浮かべ近づくこともできない。


「死にたくはない。死ぬつもりもない。親友はこの戦いでイベントを消化する。それにはあんたが邪魔なんだ」


 俺はモブキャラなんだ。主人公を助ける親友キャラ。


「意味がわからん。ハァー、ヤダねぇ。俺はお前みたいな小僧を相手にする気はないっての。この戦場で活躍して本当の騎士になるのが目的だ。お前みたいな小物なんて倒しても、なんの自慢にもならんだろうが」


 黒騎士は【キシナリ】でも敵役として出てくる強敵キャラである。

 

 だが、この時点では主人公と同じで騎士ではないようだ。鎧と同じ刀身まで真っ黒な大剣を肩に担いで、口の端を持ち上げるような獰猛な笑みで見下ろしてくる。


「あんたは確かに強い。この戦場の中で飛び抜けていることは認める。相棒があんたが庇った指揮官を倒すまでの時間は稼がせてもらう。それでこのイベントは終わりだからな」


 黒騎士が登場するイベントは確率イベントなので、登場しないことを願っていた。それでも登場した時の準備は十分に済ませてある。


「ふ~ん。なら、お前を倒してお前の指揮官を俺が殺せば俺の問題も解決だな」

「あんたにはできない。俺が邪魔するからな」

「やってみろよ」


 大剣は重みにより重心を定めることができないはずだ。どうしてもその重みに体が流される。大ぶりを避けながら時間を稼ぐ。


「おら、いくぞ!」


 黒騎士が使う大剣は大剣であって大剣ではなかった。ノロマな動きは全くなく、振った音が後から聞こえてくるほど速い。人の所業ではありえない。


「いきなりトップギアかよ!」

「おいおい。これが全力だとでも思ったのか」


 さらに加速した斬撃が俺を襲う。大袈裟なぐらい必死に避け、投げ斧反撃をしてみる。俺の筋力では一撃を防いでも身体ごと吹っ飛ばされる。ギリギリで躱しても風圧で頬を斬られる。地面を吹き飛ばして土石で怪我をする。体力が削られればヒールを使って回復する。


「回復魔法か、兵士が回復魔法とは珍しいことだ」


 なかなか倒れない俺に黒騎士は苛立ちと楽しさを合わせたような顔で迫って来る。


「なぁ、小僧。この戦場はもうすぐ終わる」


いきなり話し出した黒騎士に警戒を強める。


「まぁ、共和国側の負けだろうな。俺は傭兵だから金さえもらえれば関係ない。

それでも武功は立てておかなければ次の戦いで雇ってもらえんからな。お前の後ろにいる姫さんは俺がもらうぞ」


 どうして話し出したのか?その答えは簡単だった。黒騎士に言われて後ろを振り返れば、銀色の鎧に身を包んだ王女が馬に跨り戦場を駆けていく。連れている近衛騎士は見当たらない。


「どうして!?」


 怒りで震えそうになる。どうしてミリューゼ様がここにいる。これでは黒騎士に褒美を差し出しているようなものだ。


「志願兵だな。よくぞ耐えてくれた。ここは私が請け負う」


 ミリューゼ様はレイピアを抜いて構える。


「ははは。お前の指揮官殿はやる気みたいだぞ」


 姫騎士と呼ばれるだけあり、ミリューゼ様の構えは様になっている。強さを表す威圧もたいしたものだ。それでも黒騎士の方が強い。

 戦ってもミリューゼ王女が負ける。メインヒロインが死ぬことになる。なら、俺のやることは決まっている。構える両者の間に割り込んだ。


「うん?どうした。貴殿は引いてよいぞ」

「そうだぜ。もうお前との遊びは終わりだ」


 二人は邪魔者に向ける視線が注がれる。それでもこの二人を戦わせてはいけない。


「ミリューゼ王女様、ここはお引きください。この男は俺の獲物です。それとも王女様は獲物を横取りなされるのですか?」


 俺の言葉にムッとした雰囲気が漂う。黒騎士は笑顔を止めた。こちらの意図を察したらしい。


「騎士を愚弄するか?」


 ミリューゼ様の威圧が俺に向けられる。恐い恐い。ミリューゼ様をこいつと戦わせるわけにはいかない。こいつの実力を分かってもらわなければならないのだ。


「騎士なんて知りませんよ。俺は志願兵ですから」


 そういうと体の向きを黒騎士へ肉迫する。斧を振り、スラッシュを決める。

それでも足りない、ウォーターカッターで相手のスキを作る。戦場に来てから俺のレベルは上がっている。それでも黒騎士には到底及ばない。兵士ならば簡単に倒せる一撃も、黒騎士は軽くいなしてしまう。


「なっ!なんていう戦いだ」


 後ろでミリューゼ様の声が聞こえる。黒騎士の実力を理解してくれた声が聞けた。


「バカな女が、俺の懐に無条件で飛び込んでくれたものを」


 黒騎士も王女の驚愕した表情に気付いた。これで黒騎士に無謀な戦闘を仕掛けることはないだろう。

 このままではミリューゼ様は、黒騎士の強さを知らずに挑んで敗北するところだった。


「そんなこと誰がさせるか」


 俺は必死で踊る。ランスもいない。他の騎士もいない。それでもこの戦場で一番強い黒騎士を相手に踊り続ける。


「いい加減にしろ!」


 黒騎士がブチ切れた。それはそうだろう。何度倒してもゾンビのように起き上がれば嫌にもなる。それでも俺にできる戦い方はこれしかないんだ。


「もうよい、お主は下がるのだ。お主は十分に戦った」


 悲鳴にも似た声が聞こえてきた。片目が血に塗れて開けられない。

体も痛いとこだらけで、どこが痛いかわからない。

 ヒールを使おうにも魔力も尽きた。それでも俺は、黒騎士をにらみ続けた。


「我々の勝利だ」


 ミリューゼ様が叫んだのは勝鬨が聞こえたからだった。


「ちっ、こんな小僧に時間を稼がれたもんだぜ。なぁ、姫さんよ。あんたの首、次にとっておくぜ」


 黒騎士は後ろに控えさせていた黒馬に乗りその場を離れた。


「俺は生きているのか……?」


 もう腕が上がらない。ヒールもウォーターも使えない。それでも黒騎士は去った。俺の戦いは終わった。

 そう言えばランスは指揮官を倒せたのだろうか?俺はそんなことを思いながら意識を失った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る