第2話 冒険者ギルド

 門を通った二人を出迎えたのは道を埋め尽くす人波と、露店商人が作り出した商店街だった。


 冒険者としてギルドに報告したいが、これだけ大きな街に来るのは初めてで場所すらわからない。


「いつまで惚けてるんだよ、ランド。いくぞ」


 転生者である俺は、これでもそこそこの社会経験がある。


 こういう場合は知っている者に聞けばいいのだ。


 露天商と飲み物を買うついでに情報を得た。


 案内されてやってきた冒険者ギルドは、立派な造りの建物だった。


「ここって神殿じゃないよな?」

「当たり前だろ。俺たちにとって、ここまで立派な建物は神殿しか知らないけどさ」


 二階建ての立派な建物にビビりまくる。だけど、どこでも変わらない冒険者ギルドを現す剣と盾の看板を見てなんとか入る決心をした。


「おっ、おう。とりあえず入るか」

「そうだな」


 先ほどまでのお上りさんだったランス君は、冒険者ギルドに圧倒されたことで随分と落ち着きを取り戻していた。


 俺なんて、異世界の冒険者ギルドに大興奮だ。


「ようこそ、王都エリクドリア冒険者ギルドへ。私は受付のミンクです」


 出迎えてくれたのは、ウサミミ美人メイドさんだった。


「あっ、は、はい」


 挨拶されただけなのにランスが慌てふためく。


「今日はどういったご用件ですか?お二人とも若いので冒険者登録でしょうか?」

「ちげぇよ。俺たちはもう冒険者だぜ」


 圧倒されているランスに代わって、俺が冒険者証を見せる。


「あら、これは珍しい。木でできた冒険者証ということは、アイゼンか、シンドリスの方ですか?」

「姉ちゃん詳しいね。俺たちはアイゼンから出てきたんだ」

「それはそれは長旅ご苦労様です。それでは改めて本日はどのようなご用件でしょうか?」

「今日は戦利品の買取と、護衛の任務完了を報告に来たんだ」

「なるほど、お疲れ様です。では、任務達成は右から二つ目の受付へ。買取は一番左の受付へお進みください」


 テンパったランスに代わり、知識3のヨハンの語学力でもなんとか伝えることが出来た。ただし、敬語を使おうとしても口調が自然に荒くなる。


 受付さんが教えてくれた先には窓口が五つあり、一番右は新人登録。残り四つで任務を受けたり、買取を行なってくれるらしい。


「ありがとう。ミンクさんって呼んでいいのかい?」

「ええ、もちろんです」

「そうか、なら俺のことはヨハンで頼む。それと、こっちで照れて固まっているのがランス。こいつ滅法美人に弱いからカンベンな」


 ランスが圧倒されて固まっている理由を知っている。ランスは女性に免疫が無くて極度のあがり症なのだ。

 好みの女性や綺麗な女性を目の前にすると緊張して話せなくなる。子供とか老人なら大丈夫なくせに。この辺は魅力系のパラメーターを上げれば克服できたはずだ。


「美人だなんて、ヨハン君は口が上手いんですね」


 ミンクさんは満更でもない顔で、微笑んでくれた。


「お世辞じゃねぇよ。ミンクさんは美人だよ。これは間違いなし。あっ、それと当分は俺達もこの街に住むつもりだからよろしくね」

「ふふふ、はい。冒険者ギルドでお困りな時はいつでもお声かけくださいね」


 年下の少年たちを微笑ましく見つめる美人受付ミンクさんにはどうやら好印象を持ってもらえたようだ。


 冒険者ギルドの中には酒場があり、メイド服を着ていたのは受付をしながら、給仕としての仕事もしているからだった。


「ランス、もういないから大丈夫だろ」

「あっ、ああ。スッゲーな王都」

「そうだな。しかし、お前のあがり症大丈夫か?」

「だっ、大丈夫だ、そのうち治る」

「そうだといいな」


 まぁピンチのときとかちゃんとしないといけないときは、働いてくれるからいいんだけどな。


「それよりも報告頼むぜ。俺は素材を買い取ってもらいに行ってくる」

「ああ、頼む」


 受付さん達は獣人やエルフなど美人さんばかりだ。本当に大丈夫かと言いたくなるが、まぁこれも慣れだろうと任せておく。


「おっちゃん。買取頼む」

「おう、んっ?若いな」

「おう。この街は始めだぜ。アイゼンから出てきたんだ」

「そうか、この街は様々な物が集まるからな。変な奴に引っかからないように気を付けろよ」

「ありがとう」


 買取をしてくれたオジサンはドンゴと名乗った。ドンゴさんにゴブリンの査定をしてもらう。

 ゴブリン軍団の中にゴブリンナイトが居たらしく。まぁまぁ良い値で買い取ってもらえた。


「よし。これが買取価格だな。銀貨50枚と銅貨3枚だ」

「ありがとう」


 お金を受け取り、ランスに視線を向ければ固まっていた。


「やっぱりか」


 ランスの横に並びエルフのお姉さんに隊商護衛依頼完了の報告をする。ミンクさんと違って冷たい印象を受ける受付さんは淡々と依頼完了の判を押してくれる。


「とりあえず、これで王都エリクドリアに来れたわけだ。感想はどうよ?」

「感想も何も、お前も一緒だろ」

「おう、ワクワクするな」

「ああ。俺は騎士になるぞ」


 酒場で腹ごしらえをしながら、ランスの夢物語を聞いてやる。

 

 ヨハンの記憶は自分が騎士に成れるなど微塵も思っていない。親友であるランスを応援したくてついてきただけなのだ。正確には頭がよくないので、何も考えずについてきただけだった。

 自分でも頭がよくないことは自覚している。冒険者になり戦士をしている自分が似合っていると、村を出たときのヨハンの記憶が思っているのに対して、そんな未来は俺が許さない。

 俺は冒険者とか、戦士って柄じゃないんだ。昔から魔法使いになりたいと思っていた。何より楽して儲けたい。ヨハンの記憶には悪いが、死んだ奴のことは考えてやらねぇぞ。


「それじゃあ、まずは宿を探すか」

「そうだな。安い宿とかあるかな?」

「ミンクさんに聞いてみようぜ」


 俺はそういうとランスを一人置いて、働いているミンクに近づいていく。


「ミンクさん。ちょっといい?」


 タイミングが悪かったらしい。ミンクさんに話しかけたはいいが、ミンクさんは誰かと話していたらしい。


「たっ、助けてください」

「えっ」

「おい。ガキ、俺は今ミンクさんと大人の話をしてんだよ。向こうにいけ」


 スキンヘッドにガタイのいい男が立ち上がり俺を見下ろしてくる。まだまだ成長途中の俺は身長160cmぐらいしかないのに対して、男は180cmを超えている。


「うっわ~強そう」


 明らかにベテラン冒険者である男に正直な感想を口にする。男も満足そうな顔になり、ミンクを掴んでいた手が緩む。

 その隙にミンクさんをこちらに引き寄せ、男の手を引き離す。


「おい!てめぇ~何しやがる」

「ミンクさん、ここは任せて仕事に戻ってください」

「でも……」


 ミンクさんは俺の顔と男の顔を交互に見る。


「大丈夫ですよ」

「わっ、わかりました。モンスさん、ヨハンさんに酷いことしたら許しませんよ」


 ミンクはそれだけ言うと給仕仕事に戻って行った。

 モンスと言われたスキンヘッドの男をどうしたものかと振り返る。


「お前が新人だろうと、俺から女を奪ったんだ。分かってんだろうな」


 明らかにボコボコにされるイメージしかわかねぇ。


「どうかしたのか?」


 ミンクが去ったことでランスがやってきた。


「こちらのお兄さんがミンクさんを困らせていたから助け出したところだ」

「お前は厄介事に巻き込まれる天才だな」

「おいおい、相棒。そんなに褒めるなよ」

「褒めてない。それでどうするんだ?」

「そりゃ~決まってるだろ」

「そうだな」


 二人は合図をして、モンスを見る。


「戦略的撤退!!!」

「逃げろ~」


 二人は一目散にギルドを飛び出して逃げ出した。


「おっ、おい待て!」


 後ろでモンスの声が聞こえてきた。今は逃げるが先決と二人は駆け出す。見知らぬ街を適当に走ったことで、どこがどこやらわからぬうちに歩いていた。


「ここってどこだ?」

「さぁ?何も見なかったからな」

「ヤバいな。迷子だ」

「とりあえず、その辺にいる人に聞いてみよう」


 ランスの言葉に近くにいる人に話しかけようとして匂いに驚く。強い香水の匂いと化粧の香り、そして酒の匂いが混じっている。二人は娼婦街に行ったことがない。だから判断できなかったが、この香りを知っている。


「すみません。出口を知りたいのですがどっちに行ったらいいですか?」


 路上で客引きをしている一人の女性に話しかけた。


「なんだい。子供かい?」

「うん。この街が初めてでね。この場所に迷い込んだみたい」

「ふふふ。可愛い坊やだね。イジメたくなるけど、大人になったら遊びにおいでよ」

「ええ。楽しみにしてます」

「ふふふ。面白いね。まだここは入口。そのまま回れ右して、真っ直ぐ進めばメインストリートに出れるよ」

「ありがとう」

「あんた名前は?」

「ヨハンです」

「そうかい。私はリリー。あんたが来るの楽しみにしてるよ」

「はい」


 リリーさんに別れを告げてランスの手を引く。リリーさんを見てからランスは固まってしまって使いモノにならない。


「ランス。メインストリートに出たぞ」

「あっああ。ああいう世界もあるんだな」


 ようやくランスもあそこがどういう場所だったのか理解できたらしい。


「そうだな。とりあえず宿を探すか」

「そうだな」


 二人はそれから無言で歩き出した。頬が赤く染まっていたことは互いに言わないでいた。

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