コウノトリさんのお仕事

北見 柊吾

コウノトリさん

 ある、子供が欲しい夫婦がいました。毎晩のように、その夫婦はコウノトリさんを呼んでいました。しかし、なかなかコウノトリさんは来ませんでした。夫婦は毎晩のように窓を開け、コウノトリさんを待っていました。ある晩、やっと待ちぼうけた夫婦のもとへコウノトリさんが飛んできました。


「まいど、コウノトリだ」


「初めまして、コウノトリさん。私達、子供が欲しいんです」


 コウノトリさんは翼を折りたたみ、窓枠に寄りかかるように腰を下ろしました。


「あぁ、だろうよ。俺を呼んでそれ以外のこと訊くやつぁいねぇさ。まぁ、んなやつのところにゃ行かないしな。で、子供が欲しいのか?」


「はい、子供が欲しいんです」


「そうかい。まぁ決まりみてぇなもんだから訊くけれど、ほんとにか?最近なぁ、子供を欲しくもないのに無意識に、考えもせずに俺を呼びやがって注文する馬鹿も多いんだ。大抵は」


「私達は、本気です」


 コウノトリは、そこで初めて夫婦に目を向けました。


「おぉ、久々に二人揃ってのご注文だ」


「どういうことです? 夫婦でないと赤ちゃんが欲しいと望めないのではないのですか?」


「いんやぁ、このご時世そうでもねぇぞ。あんた方の前に俺を呼んだ奴なんか、呼ばれて言ってみりゃあ制服も破られ泣きじゃくった女の子が一人だけいる始末でよ。話聞いてみりゃあ、大人数の人に騙され連れ去られ、心ゆくまで犯されて山に棄てられたんだとよ。おっと、顧客のことあんまり喋るといけねぇが、まぁ、んな奴も珍しくなくてな」


「それはひどいですね」


「まぁ、俺も見てて気持ちよくはねぇなぁ」


「その子をやっぱり、コウノトリさんが助けてあげるんですか?」


「旦那、コウノトリは万能じゃあないでっせ。コウノトリも仕事でやってるんでな、できるこたぁ注文とって赤ん坊運ぶことだけよ」


「で、でも、その子は死にかけていたんでしょう? だったらコウノトリさんは赤ちゃんの注文を取らずに帰ったのでしょう?」


「奥さん、そんな訳にもいかねぇよ。俺らも仕事だ。注文にゃ、場合がどうであろうと応えるのが仕事だからな。まぁ、届ける前に母体が死んだから届けることは無かったがな」


「残酷ですね」


「あぁ、可哀想だろう? 可哀想だが善意で商売してる訳じゃねぇんでな。まぁ、この子の話は終わりだ、個々の情報は秘密にしなきゃいけねぇんだから。まぁでもよ、ひとまずあんた方はそのパターンの依頼じゃなくて安心だからな」


「そうでしょう」


 夫婦は顔を見合わせて頷きました。


「年はいくつだ?」


「私が二十八で、妻が二十五です」


「ほぉ、これまた普通だな、ありがてぇ」


「といいますと?」


「ん? いやぁ、注文する奴が学生服着てるなんて、今やざらだからな。ま、大抵、そんな時は俺を待っているのは女が一人なんだけどよ。性欲に身を任せてやるだけやって、身ごもっちまって男に殴られ棄てられる。女の方も、男が強引にコウノトリ呼んで契約をさせられたくせに、男にゃ堕ろせと強要される。そんなケースも多くてよ、まったく、コウノトリ稼業も迷惑な話さ」


「で、でも、コウノトリさんは、赤ちゃんを依頼者の元へ運んでいくんでしょう?」


「だから、勘違いされちゃ困るんだなぁ、奥さん。んな善意で俺らもやってる訳じゃねぇんだわ」


 妻は消えいるような小さな声で、すみませんと言いました。


「あと、そういう女は異様に強いんでな。私の子です、絶対になんとしてでも幸せに育てますって強い瞳でいう子が多いんだけどな」


 コウノトリさんは遠い目を空に向けました。


「長話が過ぎたな。ま、契約に関しちゃあ、ちゃんとやるんでね。安心してくれ」


「お願いします」


 夫が頭を下げ、つられて妻が頭を下げました。


「あいよ、分かったから頭をあげてくれや」


 コウノトリさんは、また窓の外の星空に目を移して言いました。


「みんなみんな、子供が欲しいんやなぁ」


「そうですね。欲しいでしょう」


 夫は笑いました。


「それでも最近は少子化と言われてますし、昔より仕事は少ないのでは?」


 コウノトリさんはカラカラと笑いました。


「いんやぁ、んなこともない」


「ほう? そうなんですか」


「昔より仕事量が減っても、迷惑な客がより一層増えてるんでね。なかなか億劫な商売だ」


「どの世界もお仕事というのは大変ですな」


「そんなもんだね。ま、いいや。代金は奥さんの健康を、日ごとに分割前払いで振込んでもらうんでな」


「えぇ、もちろん。なぁ?」


 妻がこくんと頷きます。コウノトリさんは妻をちらっと見てからため息をついて言いました。


「あーあー、一応訊いておくけれどよ、奥さん。その身体中の痣はなんだい?」


 妻はさっと袖を伸ばしました。夫は今までのやわらかな物腰から声色を変えて言いました。


「コウノトリさん、それはあなたには関係ないでしょう?」


「そうだな、旦那。もちろん関係ねぇよ。てめぇの奥さんにどれだけ痣があろうが俺にゃ関係ねぇ。でもよ」


 コウノトリさんは脚を室内に下ろし、そこで初めて夫に向き合いました。


「これでも、こんな仕事しながらも赤ん坊受け渡すっていう時に情みたいなものはあってな、お前らの家に迎えられる赤ん坊が必ず不幸になるっていうのはちったぁ心が痛くてよ」


「そんなことはない!」


 夫は声を張りあげました。


「私が望んだ子供だ。むしろ私達の子として生まれてくるんだ、こんな裕福な家庭に生まれるなら幸せに決まっているだろう!」


「あぁ旦那、そうかもしれねぇなぁ」


 コウノトリさんはせせら笑います。


「まぁ旦那、これだけは言わせてくれよ。もうな、注文取りに行った家で自分達が運んだガキに、なんで僕はこの家に生まれてきたの、なんて言われるのはこちとらとしても勘弁なんだ」


「そんなことはないと言っているだろう、私達はきちんと育てる。さぁ注文を取ったなら帰ってくれ」


「そう言われちゃ仕方ねぇな。ま、奥さん元気で頑張ってな」


 コウノトリさんは羽を広げて窓から飛びました。


「ちゃんと健康支払われたら、九ヶ月後、赤ん坊届けにくらぁ」


 そう言い残すとコウノトリさんは飛び去っていきました。




 その後の夫婦の行方をコウノトリさんは知りませんでした。ある時から健康の支払いが遅れたり、滞るようになったのです。


 それでも、コウノトリさんの日常は変わりません。


 コウノトリさんは今日も呼び出されて飛んでいきます。そして、支払いが完了した家庭に赤ん坊を届けに行きます。赤ん坊は選ぶ権利などなく、コウノトリさんに運ばれていくのです。

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コウノトリさんのお仕事 北見 柊吾 @dollar-cat

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