第159話 モブ令嬢とお茶会後の顛末(後)

「まさか……アンタがお嬢ちゃんのバリオンの師匠だったとはねぇ」


 既に八年ほど前になる、私とトルテ先生の出会いの話を聞いたブラダナ様は、なんとも意外そうにつぶやきました。


「だけど……という事はだよ。アンタ、あたし達のところから去ったあと、王都までやってきて、また行き倒れになったってことかい? ……行き倒れていたところをリュートに拾われたっていうのに、懲りない男だねぇ」


 えっ!? もしかして……、あの時王都にやってくる前は先生、バーンブラン辺境伯領のブラダナ様のお屋敷に厄介になっておられたのですか?

 ブラダナ様の言い方が断定的なところを見ますと間違いないようですが……。

 私が、思わぬ事実を知って呆然としておりましたら、何故かクラリス嬢が少し遠慮がちではございますが口を開きました。


「あの……私の出会いも、行き倒れておられるトルテ様とでございました」


 べつに彼女は、私たちに張り合ってそう言ったわけではないでしょうが、思わず口から出てしまったような感じです。

 おそらく、この場にいた皆の心の中では、『行く先々で行き倒れてるけど、大丈夫かこの人』と、概ねそのような感想が渦巻いていたのではないでしょうか。


 ですが当のご本人は、「いやぁ~~」と、まるで褒められてでもいるように、照れくさそうなフニャリとした笑みを浮かべて頭を掻いております。


「先生……皆さん呆れているのですよ……」


「いや~~嫌だなぁ、偶々たまたまだよ、たまたま。ボクだって、そういつもいつも行き倒れてるわけではないよ?」


 皆さんから向けられているジト目に気付いた先生は、キョドキョドとした様子で仰いました。ですがなんで最後が疑問口調なのでしょうか?

 私、自分のことではないのに、身につまされたような心持ちで、顔が熱くなってしまいました。


「ところでトルテ殿。ブラダナ様とクラリス嬢の話ですと、以前エヴィデンシア家に厄介になる前にブラダナ様のところ、その前にはクラリス嬢のところに居られたということですか? それに先ほど、クラリス嬢の髪色がどうとか仰っていましたが……」


 旦那様が訝しげなご様子です。

 もしかして……旦那様の知るゲームには無い情報が、先生の言葉の中に含まれていたのでしょうか?

 旦那様の言葉にトルテ先生は、クラリス嬢の表情を確認するようにチラリと視線を送ります。

 クラリス嬢も旦那様の言葉を受けて、一瞬首を竦めるような動作をして、その顔に影が差しました。


「あっ、ああ、いや……あれは失言でした。忘れてください」


 旦那様へと視線を戻した先生はそう言って話を収めようといたします。

 ですが旦那様は、訝しんだ厳しい視線をトルテ先生に向けたままでした。


「……そのような態度をとられるとなおさらに気になるのですがね」


「旦那様、そのように無理強いしては……先生だけの事情ならばいざ知らず、クラリスさんの事情も絡んでいるようですし……」


「……いや、だが……」


 旦那様は私の取りなしの言葉を聞いても、まだ先生の言葉の意味を知りたそうなご様子を隠しません。

 普段ならば他人ひとの事情を無理矢理には聞き出そうとしない旦那様が、どうしてか強情になっているように見えます。

 考えてみますに旦那様にとってトルテ先生は、ライオット様やボーズ様などのように、ご自分のゲームの知識の中には居ない人物の筈。

 その先生が、ゲームに登場する人物について、自分の知らない事実を知っているらしいと知って、躍起になっておられるように見えました。

 旦那様とトルテ先生が対峙する様子を目にしていたクラリス嬢は、心臓の上で両の手を握り締めます。


「トルテ様……こちらに居られる皆さんにでしたら、その――話して頂いても大丈夫です」


 言葉を発しようとしたクラリス嬢を押し止めようとしたものの、出遅れてしまったような感じで、リュートさんが彼女の横に並びます。


「クラリスさん、……本当に――良いの?」


 クラリス嬢はリュートさんに視線を向けると、静かに頷きます。

 そんな二人の様子を、ブラダナ様は瞳に優しい光を浮かべて見やっておりました。

 トルテ先生も二人の様子を目にして、ウンウンと納得したように首を縦に振ります。


「なるほど……どういう経緯かは知らないけれど、リュートはクラリス嬢の秘密を知っているのだね……」


 二人の遣り取りを見るに、リュートさんはトルテ先生の仰ったように、クラリス嬢の事情を知っているのでしょう。


「……ふむ、ではでは。かたるを仕事としている吟遊詩人たるこのボク、トルテ・フォンサスが十年の昔に起こった、悲しき少女の物語を語って聞かせて進ぜよう」


 クラリス嬢からの了承を得た先生は、途端に道化師じみた仕草と言動でそのように言い放ちます。


「時は今より十年ほど昔。雪深き日のこと、折しも前日からの吹雪に巻かれて道を見失った美貌を誇る若き吟遊詩人は、無情にも行き倒れ、命の灯火が消え去るのを待つばかりでございました……」


 トルテ先生は、まるで唄うように語り出しました。


「その時。行き倒れたボクの元へとやって来る一団があり、なんとボクは……その一団に囚われてしまったのです。なんとなんと! その一団は盗賊団であったのでした。彼らはボクの美貌に魅せられ、ボクが商品になると考えたのでしょうね。しかも彼らは、ボク以外にも小さな女の子を捕らえていたのでした」


「まさか……」


「そう、そのとおり! 彼らに捕らえられていたのはそこに居る彼女、クラリス嬢だったのです」


「……彼女は何故捕らえられていたのですか?」


 旦那様が、先生のもったいぶった話しぶりに焦れたようにそう問い掛けました。


「おやおや無粋ですねぇグラードル卿。そのように話を急かすものではございません。……まあ、可愛いもののボクのように美しいわけでは無い彼女が何故彼らに囚われたのか?」


 あの先生? 確かに先生は年齢不詳で、男性か女性かも瞬時には判別のつかない美貌を誇っておりますけれど、あまりにも失礼ではございませんか? ほら、リュートさんがブスッとしたお顔になってしまいましたよ。

 先生に酷いことを言われた当のクラリス嬢は、『まったく、この人は』といった感じの微笑みを浮かべておりますけれど……。


「……なんと、なんと彼女は、金の瞳と金の髪色を持った少女だったのです!」


 トルテ先生はそう言って、改めて紹介でもするように広げた手をクラリス嬢へと差し向けたのです。

 先生が差し向けた手の動作に合わせるように、皆の驚きの視線がクラリス嬢へと向きました。

 ただひとり、ブラダナ様だけは驚きではなく納得したという視線です。


「えッ? でも……彼女の髪色は……、ああ……それで、その髪色にしていると言っていたのか」


「そう、彼女は揉め事から逃れるためにその髪を染めているのですよ」


「と言うことは、まさか……クラリス嬢は、金竜の愛し子……!?」


「いやいやいや、早計に判断を下さないでくださいなグラードル卿。そう、クラリス嬢は貴男のように考えた野盗によって、金竜の愛し子と勘違いされて、悲しくもご両親を殺された上に、囚われる事となってしまったのですよ」


「なッ!?」


 その事実は、トルテ先生の唄うような言葉の軽さ故に、悲壮感はございませんでした。ですが放たれた言葉の重さに、旦那様は目を見開き、私たちも息を呑んで、クラリス嬢に視線を向けました。

 ご両親を殺されたという言葉を耳にした、クラリス嬢とリュートさんに痛みを伴った表情が過ります。

 私は、二人が同じ痛みを知った者同士である事に思い至りました。


 ですから、「それにしましても先生。クラリスさんが金竜の愛し子と勘違いされたというのは?」と、話題を強引に切り替えました。


「……そうだねぇ、あッ、そういえば、確か黄色い髪に金の瞳を持ったお嬢さんが居たようだけど……」


「……アルメリアの事でしょうか?」


 私がアルメリアの名前を挙げたとき、それを待ってでもいたように彼女は階段を上がってサロンへと足を踏み入れてまいりました。


「私が……どうかしたのかい?」


 アルメリアは自分の名前を耳にして、疑問顔でやってまいります。


「……ああ、そう君だ。なんと間の良い娘さんだろう――いいかい皆さん、彼女とクラリスの瞳をよく見比べてみてくれないか」


 先生にそう言われて、クラリス嬢とアルメリアの瞳を見比べてみます。

 アルメリアは、やって来たと思ったら突然に皆に視線を向けられて、戸惑い顔になってしまいました。

 そういえば……アルメリアの金色の瞳はシュクルの左目の瞳の色と同じですが、クラリス嬢の金色の瞳は少し透明掛かっているような……」


「そんな、皆……まさか、こんな場所で羞恥攻めを……くぅぅ~~」


 アルメリアが何か呟いて身悶えておりますが、それよりも。


「まさか先生。クラリスさんの瞳の色は、光の精霊王リヒタルの加護から来ているのですか?」


 光の精霊王リヒタルの加護によって現れる色も金色ではございますが、やはり金竜王シュガール様の加護とは色合いが違います。


「ああ、さすがはフローラだね。よく見ている。ブラダナ殿は、初めから分かっていたようだけどね。クラリスはなんとも紛らわしいことに、金竜王と光の精霊王の加護を強く頂いた女性なのですよ。まあボクと彼女は、折良く野盗討伐の依頼を受けた冒険者たちによって救出されました。まあボクもそれなりの活躍はしたのですがね。その後、孤児院に引き取られることになった彼女に、余計な騒動に巻き込まれないようにと髪を染めることを提案して、ボクの知る髪染めの方法を教えてあげたのですよ」


 そう言い終えて、先生はクラリス嬢へと優しい視線を向けました。


「クラリス。今このような場所に居ることを考えると、あのあと君にも色々とあったのだねぇ……だが、悪いことがなかったようで何よりだ」


「はい、私が平和に暮らせるようになったのはトルテ様のおかげです……あのあと私は、領地を盛り立てるため、人材を探していた領主様の目に止まり、奨学金を頂いてこのように王都の学園で勉学に励めることとなりました」


 そうクラリス嬢の返事を受けた先生は、何故か突然下世話なニンマリとした表情になります。


「で、リュートとの馴れ初めはいったいどういったモノだったのかな?」


「なっ、何を言い出すんですかトルテさん!」


 先生の言葉に、リュートさんが慌てふためいて口を開きました。

 そんなリュートさんを横目に、クラリス嬢が落ち着いたようすで先生や私たちに視線を向けます。


「トルテ様が仰ったように私のこの髪は染めています。その髪染めの材料は、それなりに簡単に手に入る野草から作ることができるのです。私、ファーラム学園に入学してすぐの頃、冒険者組合に登録して冒険者として、髪染めの材料以外の野草などを採取する依頼も受けていたんです。どうせ森などに行かなければならないですから、生活費の足しにもなりますので……」


「あっ、あの、クラリスさん。もしかしてあのことも話しちゃうのかな……」


 オドオドとしたリュートさんと、覚悟を決めた様子のクラリス嬢は視線を交わします。


「……そうしないと、説明できないじゃないですか」


 二人はどこか意思の通じ合った様子で、顔を寄せ合って小声で話しております。

 ですが、近いので丸聞こえですけれど。


「その……私、髪の事もありますし、以前の住まいでは湯浴みできる場所もありませんでしたので、森の中にある泉で髪を染め直していました。その時に、冒険者として依頼をこなしていたリュートさんと鉢合わせしてしまって、その、見られてしまったんです……」


 その時のことを思い出したのでしょうか? クラリス嬢の顔が真っ赤に染まりました。首筋まで赤くなっているのが確認できます。

 リュートさんも視線を下に向けて、顔を赤くしております。

 これは……クラリス嬢は、髪を染め直しているところを見られたと言っていたようですが、もしかして……。

 ですが、それでクラリス嬢の髪色のことを知っていたのですね。


「その後、学園の専攻学部でリュートさんと一緒になりました。彼は私の事は何も詮索せずに居てくれたのですけど、その、彼と一緒に冒険者として活動していたデータさんが、私も冒険者登録していることを知って、一緒に活動しないかとしきりに勧誘してくるようになったんです……。その対応に困り果てていた所を、リュートさんが取り成してくれて……。採集の依頼を受ける時には一緒に行動することになったんです。その中で、私もリュートさんも同じ頃に両親を亡くしたと知る事になったんです……」


 ああ……そのような事情があったのですね。

 いつの間にか皆、クラリス嬢の話を聞き入っておりました。


「クラリス嬢――すまなかった。隠し事を無理矢理聞き出すような事になってしまって……」


「いえ、グラードル卿。私、一緒に生活している貴宿館の皆さんや、エヴィデンシア家の皆様に、自分の真実を知って頂ける機会を頂いて、却って嬉しい気持ちです」


「ふっ、それにしてもアタシの勘に間違いはなかったって事だねぇ。茶会の会場で一緒に居た二人を目にしてピーンと来たのさ。クラリス嬢ちゃん――リュートのことは頼んだよ。田舎育ちなもんだから少しおっとりしてるところがあるけどさ、やる時はやる子だからね」


「あッ、あの、ブラダナ様ッ、私たちまだそこまでは……」


「ばっ、バッチャン! なに言ってんだよ!?」


 ブラダナ様の茶化すような言い振りに、二人は慌ててワタワタとしておりましたが、最後には赤くなった顔を見合わせてから、恥ずかしそうに下を向いてモジモジとしてしまいました。


 こうして、四年振りに我が家に戻ってこられたトルテ先生の、意外な交友関係が判明いたしました。

 さらに思わぬ成り行きから、リュートさんとクラリス嬢の馴れ初めまで耳にすることになってしましたが……これは、お二人には『お幸せに』、と声を掛ければ良いのかどうすれば良いのか……。

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