第152話 モブ令嬢家と貴宿館のお茶会(一)

 本日の茶会は、当初の予定よりも一週間も早くなってしまったことで、ここ数日貴宿館の方々と、セバスを筆頭としたアンドルクの面々はそれは忙しそうに動き回っておりました。

 特にトナムとアルドラのカーレム夫妻は、次々と増えてゆく招待客に対応するために、この三日ほどいつ眠っているのだろうかと考えてしまうほどです。


 ただ、貴宿館につきましては今週に入ってより、ルクラウス家とデュランド家から使用人が手伝いにやって来ております。

 おかげで、貴宿館の事を知り尽くしている、ロッテンマイヤー以外の我が家の使用人たちは、本館にて行われるエヴィデンシア家の茶会へと配置することになりました。


 昼後になってやって来た招待客は、レガリア様が選ばれた学園の学生たちで、この茶会が計画された当初は、クラウス様との面識を得るために参加を望んだ方々です。

 それに、メイベル嬢を含んだエレーヌ様の派閥の方が数名。

 あと本館の茶会にメルベール様を呼ぶために、アルク様を貴宿館の茶会に招くことを願いいたしました。


 私は裏庭での交流の宴の前に、貴宿館にてクラウス様たちと共に、客人たちに挨拶いたします。ちなみに、こちらは学生の茶会となりましたので旦那様はいらっしゃっておりません。

 本館での、エヴィデンシア家の茶会は、二時間後より開催となっております。

 最終的には、双方の参加者が交流する時間も設けてございますが、このあたりは、マーリンエルト公王夫妻と国王陛下まで参加なされる事になりましたので、どのようになるのか……。

 私のそのような心配をよそに、時は無情にも流れてゆきます。

 貴宿館のエントランスでは、招待客が次々とやって来てクラウス様に挨拶をしております。

 そうしてクラウス様に挨拶を済ませますと、好奇の視線を隠すことなく私のところにやってまいりまして、挨拶をしてくださり、王都防衛の戦いを目にしておられた方などは、その時の事を興奮気味に語って、レガリア様やレオパルド様から次の方に変わるようにと、促されたりしておりました。

 そんな中、その方はやってまいりました。

 皆様、クラウス様への挨拶を済ませてから私のところへとやって来るのですが、その方は貴宿館のエントランスに入って来ますと、私に視線を合わせて、真っ直ぐに私の元へとやってまいりました。


「初めましてフローラ嬢。私、エレーヌ・ボワイエ・ブランシャールと申します。お招き頂いてとても嬉しいわ」


「初めて知遇を得ますエレーヌ様。この度は貴宿館主催の茶会にご参加頂きましてありがとうございます」


 エレーヌ様は、私より頭半分くらい背が高い方で、腰のあたりまで伸びた赤紫色の長い髪をしています。彼女は温かみのある黄緑色の瞳で私に微笑みますと、少し近付いてこられました。

 レガリア様ほど雅やかで華のある感じではございませんが、十分に美しい方です。


「私……王宮で開かれたお茶会の話をノーラ様から耳にしてより、本当に――貴女と知遇を得たいと考えておりました。レガリア様より今回の経緯を伺って、私……さらに貴女と縁を結びたいと強く思いましたのよ」


 エレーヌ様はさらに一歩私に近付きますと、私の手を取りました。 


「……この先、きっと我が国の社交界は貴女を中心に回ります」


 黄緑色の瞳を真っ直ぐに私へと向けて、彼女は確信したようにそう仰います。


「エレーヌ様、そのような事……私は伯爵家の娘にすぎません。いまはたまさか、巡り合わせによってこのように少々目立ってしまっておりますが、それも時が経てば落ち着くでしょうし……」


「フローラさん……謙虚も過ぎれば毒になりますよ。それに……別に貴女がレガリア様のような華として、社交界の中心になると言っているのではありませんわ。貴女はそれよりも重要な……そう、優秀な能力を持つ、一人の人間として、私たち女性を大陸西方諸国の古き因習より解放する……貴女はそういう存在になる……私にはそう思えるのです」


 彼女の言葉は、まるで予言のように響きます。

 私は、押し寄せてきた運命の荒波を、溺れそうになりながら、ただただ乗り越えてきただけなのですが……、正直旦那様が傍らにいなければ、いまでも、いつ溺れてしまうかも分からないような気がいたしますのに……そのような私に過分な言葉を。

 そんな私の想いは彼女からは見えないのでしょう、エレーヌ様は言葉を続けます。


「私は残念ながら、血筋だけの人間です。レガリア様や貴女のように特異な才能に恵まれた人間ではございません。だからこそ、私は貴女のように、この世界を変えてゆける方の力になりたいのです……」


 彼女は言葉を切って、少し悪戯めいた表情をいたしました。


「……後ほど、二人きりで話をする機会を頂きたいわ。ああそれから、私が伴って来た者たちを見ても驚かないで下さいね。詳細は後ほど話をいたしますから……」


 そう言い残しますと、エレーヌ様はクラウス様へ挨拶なさるために移動してゆかれました。


「彼女、なかなか面白い方でしょう? とても頭の良い方よ。自分が今しなければならない事を本当によく理解していて……王家に近い私たちの中でも、彼女ほどに人あしらいが巧い方を私は他に知らないわ」


 レガリア様の言葉を聞いて、エレーヌ様こそ謙遜が過ぎるのでは? と私は思いました。彼女も十分に特異な才能の持ち主ではないでしょうか。

 レガリア様と、そのような話をしておりましたら、クラウス様への挨拶を済ましたメイベル嬢が、私の方へとやってまいりました。彼女は、どこか不満顔です。


「フローラさん……私、貴女のせいで、この二日屋敷に閉じ込められて外に出して頂けませんでした。……貴女、お父様にエルダンの事を話しましたよね? エレーヌ様よりのお誘いですから今日は出して頂けましたけれど……」


 メイベル嬢は、私を恨めしげに睨み付けます。

 三日前に旦那様と共にレンブラント伯爵と面会して、エルダン様のことを伺いましたが、まさかあの後メイベル嬢がそのような目に遭っていようとは……。授業の教室が違いますので、彼女が学園に来ていないとは本当に気づきませんでした。


「……その、申し訳ございません。ですがあの方は――重大な犯罪に関わっている可能性があるのです。私、貴女のことが心配だったものですから……」


「私の事を考えて下さった。そう仰るのでしたらお父様には言わないで頂きたかったわ……。でも、そのように言われては、恨むのはお門違いなのでしょうね。私と貴女……やっぱりどこか相性が悪いのかしら」


 メイベル嬢は、少し考え込むようにしながらエレーヌ様の方へと戻って行きました。

 そのような事があってから少しして、意外な人物が私の前に立ちました。


「……この度は、貴宿館のお茶会にお招き頂きましてありがとうございます……」


 おずおずとそのように仰ったのは……なんとマリエル嬢でした。

 長い水色の髪と薄い緑の瞳した彼女は、守って差し上げたくなるようなとても儚げな印象を見る者に与えます。

 ですが断交を言い渡した私に、このように挨拶にくるだけの心の強さをもって持っている方です。


「マリエルさん……」


「私、親筋のレギーナ様と共にエレーヌ様の派閥に入れて頂けることになり、本日はエレーヌ様に申しつけられて、供としてやってまいりました。……あのような事をしておきながら、フローラ様の目を汚してしまい誠に申し訳ございません」


 先ほど、エレーヌ様が仰っていたのはこのことだったのですね。……待ってください。ということは……。

 私は、エレーヌ様の派閥の方々が固まっているあたりに視線を向けます。

 ……やはり。その中にレギーナ嬢の姿が見えました。

 マリエルさんがいる以上、親筋である彼女がいないわけがないと思いましたが……エレーヌ様はいったい何を考えているのでしょうか?

 彼女がいるおかげで、メイベル嬢は少し一団と離れた場所にたたずんでいます。


 そのような思いもしない出来事があってから、貴宿館主催の庭園茶会は始まりました。

 主会場は、先日ノームさんたちが整備してくださった裏庭になります。それに貴宿館のエントランスとサロンも開放されておりまして、レガリア様やレオパルド様は親しい方たちにご自分の部屋を案内していたりしておりました。

 茶会が始まってしまいますと、私は時折レガリア様やレオパルド様に伴われてやって来る方々と話をしながら、本館での茶会が始まる時間を待っておりました。

 ですが、いまの私に声を掛ける事に戸惑いがある方が多いのでしょうか、人が途切れて少々手持ち無沙汰になってしまっていたところにエレーヌ様がやってまいります。


「いま……よろしいかしら?」


 そのように言われて私は、彼女を貴宿館の応接室へと招いて話をすることにいたしました。


「……エレーヌ様が仰ったのは、レギーナ嬢とマリエル嬢の事だったのですね」


「ごめんなさいね、驚かせてしまって」


 どこか悪戯めいた表情は、彼女を年相応に見せます。この方、私とひとつしか年齢が変わらないのですが、レガリア様しかり、王家に近い血筋の方々はとても大人びていて、このような反応をされると逆に戸惑ってしまいます。


「レガリア様の話で、フローラさんがマリエル嬢を救いたいと考えておられるようでしたから、僭越ながら私、手を打たせて頂きました」


「それは……?」


「まあ、分かりませんか? レギーナ嬢、なかなか抜け目のない方よね。あのような手合いは、扱いが難しいですが、その性質を理解して接していれば有用に扱えます。あの方のことは私に任せておきなさい。マリエル嬢には、私の手足となって働いて頂くからと、レギーナ嬢から引き離しました。それから表向き理由として、貴女と仲良くなって、レガリア様の派閥の情報を私に流すように、という体を装って彼女の目を誤魔化すことになっています」


「エレーヌ様……なんでそこまで……」


「申しましたでしょ? 私、貴女はこれから時代を変えて行く人間だと。私、貴女には後顧の憂いなく力を発揮して頂きたいの。……そうね。貴女は私の希望……とでも言ったら良いのかしら?」


 エレーヌ様は、頬に軽く手を当てて考え込むような仕草をいたしました。


「あと、そうでした。メイベル嬢ですが、レギーナ嬢のこともあって彼女、レガリア様にお願いしてレガリア様の派閥に移って頂くことになりましたの。……レギーナ嬢、自分が私に目を掛けられていると考えたのでしょうね。先ほどの話ですけど、そのおかげでそれは簡単に私のお願いを聞いて下さったのよ」


 そう仰ってエレーヌ様は、わざととても人が悪そうな表情を作って笑いました。

 私、これまで出会った女性の中で、エレーヌ様ほど先を考えて行動なさっている方を知りません。

 エレーヌ様は、ご自身が時代を変えていけるだけの力を持っていると、私などには思われるのですが……。

 私はこのように思わぬ形で、マリエル嬢との縁をつなぐ機会を頂きました。

 ただ、エレーヌ様という才知に長けた女性より、多大な評価を頂いた戸惑いはとても大きいものでした。

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