第124話 モブ令嬢と謁見と新たな事態(前)

「この度は貴下たちの働き、誠に大儀であった」


 王宮で会議などに使われる広間、そこに配置された長大なテーブルの首座に、アンドリウス陛下が掛けております。

 その陛下の右手側には、陛下に近い順から軍務卿のヴィッテル・マクルサント・サンチェス侯爵。

 王都防衛後、つい先日初めて言葉を交わさせていただきましたが、お父様と同じくらいの年齢です。厚みがある身体付きをしておられて、乾いた土のような色の髪を短く刈りそろえ、黒味の強い赤い瞳をしております。

 その隣には法務卿、オルタンツ・モービエ・ディクシア伯爵。

 隣に座るヴィッテル様が少し背が低いのでなおさらかも知れませんが、久しぶりに顔を合わせましたオルタンツ様は、座っておられても背が高いのが分かります。

 彼はその薄い青色の瞳には、感情を乗せず静かに佇んでおりました。

 財務部からは、バレンシオ伯爵が粛正された為、財務卿福主事のルクラン・ポンピエ・テルビザント子爵と仰る方が参加しておられます。

 彼は三十代前半くらい。恰幅の良い方で黒緑の髪に、黄色味の強い緑の瞳をしております。身長は旦那様と同じくらいでしょうか?


 さらに下がって、白竜騎士団団長セドリック・カラント・サンドビーク様。

 金竜騎士団団長ドルムート・アクウェル・シェヴィエス様。

 彼は、金竜騎士団だからという訳ではないでしょうが、髪は見事な金髪をしております。さらに瞳の色は晴れ渡った空のような紺青ででした。

 先日お目にかかったときにも感じたのですが、とても朗らかに笑う方です。

 その隣に座っておられる銀竜騎士団団長ウルクァンド・バークレー・アダンス様は、赤みがかった黄褐色の髪に灰色がかった紫色の瞳をしております。彼は少し口元が歪んでいて皮肉屋っぽい雰囲気を纏っておりました。

 この場に並ぶ騎士団長の中では彼が最も年上だと思われます。

 皆現役の軍人らしく、しっかりとした体つきで、前に並ばれると威圧感がございます。


 そして彼らの前、陛下の左側には、ブラダナ様、アンドゥーラ先生、旦那様、シュクルと私、レオパルド様の順で座っております。 

 アンドリウス陛下は一度ゆっくりと私たちを見回しました。


「皆も既に分かっておると思うが、城壁内の被害は最小限に保てた。だが城壁外に広がっていた街、さらに水道などの基幹施設が大きな被害を受けた。幸いな事に我が国には、以前そこのカランディア魔導爵たちが攻略したクルークの試練の財宝があり、さらに言うならば今回のクルークの試練。それを達成したこの者たちの申し出によって、前回と同条件で財宝が国庫へ納められるそうだ。よって資金だけは問題は無いであろう」


「なッ、なんと誠でございますか!? あッ、有り難い……。今回の財宝はいったいいかほどになるのですか?」


 陛下の言葉に、財務部副主事ルクラン様がテーブルに前のめりになり、立ち上がらんばかりの勢いで手を付きます。


「落ち着かぬかルクラン。財宝についてはこの会議の後に確認することとなっておる」


 陛下がウルクラン様を鎮めるように声を掛けますと、銀竜騎士団団長ウルクァンド様が発言の意を示しました。


「どうしたウルクァンド、申してみよ」


「陛下、今回クルークの試練がそちらのエヴィデンシア伯爵や白竜の愛し子、聖女様たちの手によって達成されたというのは誠でございますか? 私にはとても信じられません」


 ウルクァンド様は、猜疑の色を隠さずに仰います。


「お待ちください。この度のクルークの試練ですが、私は関わってはおりますが達成者ではございません。今回のクルークの試練達成者は、そちらのレオパルド殿、白竜の愛し子リュート殿、聖女マリーズ様、騎士就学生のアルメリア嬢、そしてこちらの我が妻フローラと、我が家の使用人メアリーの六名になります」 


 旦那様の言葉を耳にしたウルクァンド様は、手を広げて頭を振ります。


「はっ、何を馬鹿な……ということは子供ばかりではないか、しかも女子おなごの方が多いと来ている。このような者たちに達成できるような試練が、誠にクルークの試練であるものか!」


「いやいやウルクァンド卿、お主はそちらのフローラ様の活躍を目にしておらぬからそのように思うのも仕方がない。だが彼女は、三〇騎に及ぶ飛竜を一撃のもとに撃墜なされた大魔法使いだぞ。レオパルド殿とて、いまだ学生の身ではあるが、騎士団でも上位に入る槍の名手だ。それに白竜の愛し子リュート殿も、レオパルド殿と対等に剣を交えていたと聞いた。この場合年齢などあてにならぬ」


 金竜騎士団団長ドルムート様が、取り成すように仰いましたが、……あの、何故私の名前に様という敬称が付いているのでしょうか? このような場所ではエヴィデンシア夫人と呼ぶのが一般的だと思うのですが……。

 私がそのような事を考えておりましたら、アンドリウス陛下が何かを思い出したような表情を浮かべました。


「そうであった。グラードル卿、お主は何故奥方と共に帰ってきたのだ? お主は体調を崩して従軍できなかったと聞いていたぞ。先日は我も疲労の極みであったゆえ疑問にも思わなんだが、後になって不思議でならなかったのだ」


 旦那様と私は、どのように答えたものかと言葉に詰まります。

 すると陛下のすぐ左手に掛けておられたブラダナ様が口を開きました。


「それがアンドリウス陛下。この嬢ちゃん、銀竜王様の目に止まったのだそうですよ」


「「ブラダナ様! それは……」」


「……どう言う事だブラダナ?」


 私と旦那様が同時に口を開いてしまいましたが、既に放たれてしまったブラダナ様の言葉に、陛下が興味を示されてしまいました。


「事は済んで、その子を預かった以上――全て話しちまった方が良いよ。この場に居る連中なら問題ないだろうさ。……馬鹿弟子、アンタ、後は説明してやっておくれ、長々とした説明は骨が折れるんでね」


 ブラダナ様は説明をアンドゥーラ先生に押し付けて黙り込んでしまいます。

 アンドゥーラ先生は、やれやれといった表情を浮かべましたが、ブラダナ様の話を引き継ぎました。


「陛下、今回のクルークの試練はこのフローラの為に行われたのです」


「ハッ、馬鹿らしい――たった一人の人間の為にクルーク様が試練を課したとでもいうのか。そのような事が起こるのならば、クルークの試練はそこら中で行われるだろうに」


 ウルクァンド様が、なんとも呆れたご様子で吐き捨てます。


「黙っておれウルクァンド! ……続けよ、アンドゥーラ卿」


 陛下に強く声を掛けられたウルクァンド様は、さすがに怯んで口を噤みます。


「陛下、茶会の折の事はもちろん覚えておられるでしょう。あのおり毒を受けて倒れたグラードル卿の手を取り倒れたフローラの事を……」


「うむ……あの時の、慟哭の叫び……いまだにこの耳に残っておる。人はああも人を愛することができるのかと心が打ち震えたものだ」


「陛下……クルーク様もフローラのその深い愛に心を動かされたのだそうです。あの時、このフローラは意識を取り戻すまでの間、死にゆく者の審判がなされるクルーク様の領域にまでグラードル卿を追いかけていったのだそうです……生者の身でありながら」


「……そのようなことが……、いや、たしか吟遊詩人の語る昔話に似たような話があった。だが、あれは悲劇であったか」


「その話は私も存じております。ただ、グラードル卿は寿命は大幅に削られたものの未だ死すべき時ではなかった。しかし、死に瀕した夫を生者の身でありながら追いかけてきたフローラに心動かされたクルーク様は、フローラに提案したそうです。私の課す試練を果たせと……そして、その試練を果たしたあかつきにはグラードル卿の失われた寿命を元に戻すと……」


「なんと……では何故あの場でそのことを告げなかったのだ? 王国の為に働いたグラードル卿のためだ、我らとて手を貸したものを……」


 陛下が納得のいかない様子で私に視線を向けました。ですがアンドゥーラ先生はその陛下に対して言葉を続けます。


「陛下、フローラに課せられたのは試練なのです。 クルーク様はフローラにこの約束を誰かに語ることを禁じました。もし誰かに話したらその時はその場で試練は失敗だと……」


 先生の話を聞いて、陛下を始め、私の前方に座る方々の視線が全て私に集中いたします。

 私は集中する視線を受けかねて、テーブルの上へと視線を落としてしまいます。


「なんと……エヴィデンシア夫人は、それほどの試練を課されておったというのか……しかも、その試練を達成した」


 陛下が、驚愕した様子を隠すことも忘れて仰いました。


「ええ、私やサレアなど、前回のクルークの試練達成者は、試練の洞窟に入ることはできませんでした。ですから私も帰路の途中に、今回の試練達成者となった者たちから聞いたのですがね。グラードル卿はその試練の為にクルーク様に試練の場へと引き寄せられたそうです」


 アンドゥーラ先生の説明は、旦那様がバジリスクへと変えられていたことなどの詳細は省いておりますが、説明としては十分でしょう。


「なんと……なんと、なんと――夫のためにそこまでの試練を果たすとは……グラードル卿、お主はなんとも素晴らしい奥方を手にしているのだな。あのあと金竜騎士団では女神が既に既婚者だと知って、打ちひしがれていた者たちが溢れていたぞ」


 そのように仰っておられるドルムート様自身も、残念そうに見えるのは何故でしょうか?

 たしかトライン辺境伯領より戻り、空中戦に参加する前に旦那様が妻だと紹介してくださったと思ったのですが……旦那様の初撃の功績が彼らの頭から飛んでいるご様子でしたし、そのあたりの事が曖昧になっているのでしょうか?

 旦那様は、ドルムート様に対して胸を張って誇らしげな表情を向けました。


「……はい。フローラは、我が妻は私の何者にも代えがたい宝でございます」


「ぶーーーー。パパ、シュクルは? シュクルは?」


 私と旦那様の間に座るシュクルが、唇を尖らせています。


「ああ、もちろんシュクルも宝物だよ」


 旦那様が慌てて、シュクルの頭をなでなでと撫でて機嫌を取りました。

 シュクルは旦那様に構ってもらって、ゴロゴロと喉を鳴らしそうにご機嫌な様子になっております。


「むふ~~シュクルも宝物~~!」


「……ああ、あの、先ほどから気になっていたのだが、そちらのお嬢さんは? フローラ殿によく似ているが……お二人の子である訳は無いとは思うのだが……」


 セドリック様がどこか遠慮した様子で仰いました。

 その言葉を耳にしたアンドリウス陛下の顔に、先日目にしたのと同じ、戯れた表情が浮かびます。このように見ますと、やはりライオット様と血のつながりがあるのがよく分かります。

 どうやら陛下は、シュクルの正体をこの場に居られる三務の方々や騎士団長たちには伝えていないのですね。

 これはやはり旦那様の口から仰るべきでしょう。私はそのように考えながら旦那様に視線を送りました。

 私の視線から察したのではないでしょうが、旦那様が口を開きます。


「この子……シュクルは、銀竜王クルーク様と金竜王シュガール様の子供になります。この子はクルーク様より我が妻フローラの元で育てるようにと託されたのです」


「なっ、なッ! まっ、まさかこの可憐な少女が……先日グラードル卿、そなたたちを背に乗せていたあの飛竜なのか……」


 ドルムート様が驚愕に目を見開きました。

 実際にあの時、戦っているシュクルを目にしておられたのです。その驚きはひとしおでしょう。


「竜の姿になりますとあの大きさでございますので、この場で竜の姿に戻る事は叶いませんが、このように人間に換算すると五歳ほどです」


 ドルムート様は、旦那様と私、そしてシュクルをまじまじと眺めました。


「そうか……グラードル卿の騎竜ではなかったのか。それは残念でならぬな。そなたが誠に躁竜騎士となったのならば、我が金竜騎士団に転属するよう、陛下より下知していただこうと考えておったのだが……」


 ドルムート様はなんとも残念そうに仰いました。ですがすぐに朗らかな微笑みを浮かべて言葉をつなぎます。


「しかし銀竜王クルーク様よりフローラ様に託されたとなれば、召し出せという訳にもいくまい。それにこのように可憐な少女の姿を目にしてはなおさらだ。うむ……これは残念な事になった。我が団の者たちはグラードル卿、お主を捕まえ所属させれば守護女神が来訪してくださるだろうと、それは楽しみにしておったのだがな」


 ああ、そういう事でございましたか。

 旦那様はあの時、既にこの可能性を考えておられたのですね。

 旦那様にも託されたとなれば、絆を結んだ竜と同じだと言って、シュクルが騎士団の所属にされてしまう可能性もございました。軍属でない私にはそこまで頭が回りませんでした。


「ドルムート。お主のところは皆、空を飛んでいるうちに頭の中身まで軽くなってしまったのではないか……」


 そのように呆れて仰ったのは軍務卿ヴィッテル様です。


「……ところでグラードル卿。お主が言っておった件、誠であったぞ。我が国と国境を接する南西のアルバダ王国が新政トーゴ王国軍と連動して動いておった。おそらく密約でも交わしてしておったのだろう。金竜騎士団の躁竜騎士を数騎使わさせて、王都の戦いが早急に片付いた事を示したら、彼奴らめ言うに事欠いてトーゴ王国の動きを察して、我が国の救援の為に軍を動かしたなどと言い出してな。国境守備の部隊と戦闘になったのは連絡の不備であったと下手な弁明をしおった」


「大過なかったのでしたら何よりですが、動きが少々遅かった気がしますね」


 旦那様の仰るとおり、領土を削り取るつもりなのでしたら、トーゴ王国がトライン辺境伯領へと軍を動かしたのと呼応して動かなければ効果は低いと思うのです。

 もしかしてアルバダ王国はトーゴ王国との密約を信頼していなかったのでしょうか? それとも、今回のように王都オーラスへの攻撃が失敗した場合の言い訳の余地を残していたのでしょうか? ならばトーゴ王国よりも抜け目のない油断ならない相手かも知れません。


「なに、あの国の王は臆病者なのだ」


 私の考えを吹き飛ばすように、陛下が鼻で笑いました。


「……それでな、いまのところ報償授与の式典の日取りはまだ決まっておらぬが、アルバダ王国はそのおりに謝罪の為の使節団をおくりたいとの事だ。さらに、マーリンエルトからも慰問のために使節団を遣わせたいと連絡が来た。なんとも早い連絡だ。我が国にはどれほどの間者が紛れ込んでおるのか、頭が痛くなるわ……おそらく隣国からそのような申し出がまだくるであろう。やつらの目的は王都防衛の立役者であるグラードル卿お主たちであろうよ」


 その陛下の言葉に、私は我が家がまた新たな厄介ごとに巻き込まれるのではないかと、いやな予感に身を震わせました。

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