第26話 モブ令嬢と法務卿のお茶会
ディクシア法務卿からの茶会への招待を受けた日から五日。
今日は
日が傾き、夕焼けが空を赤く染め上げているなか、私たちは二頭立ての四輪馬車を頼み、ディクシア伯爵邸へと乗り付けました。
ディクシア伯爵邸は、我家と学園の間にあるのですが、学園を西、我家を東としますとディクシア伯爵邸は南の奥まった場所にありますので、学園へ通うよりは遠い場所です。
また私たちと申しましたのは、私と旦那様。そしてリュートさんとアルメリアがいるからです。
なぜリュートさんとアルメリアが、茶会に出席することになりましたかと申しますと、それは三日前、
旦那様が法務部行政館へと、お二人の入居届を提出に伺いました折、窓口に言付けがなされており、法務卿の執務室に招かれることになったそうなのです。
法務卿は貴宿館に『白竜の愛し子』が住まうことになったことを既にご存じであり、私たちと共に招きたいと仰ったそうで、旦那様はそれを受け入れました。
私は、リュートさんの後見人であるアンドゥーラ先生を
アルメリアも、ディクシア法務卿が主催する茶会への興味が抑えられないようで、その提案に乗ってしまったのです。
ひとりリュートさんだけが、及び腰になっておりましたが、『白竜の愛し子』の彼がディクシア法務卿と顔合わせしておくことは、きっと彼のためにもなるはずですので、旦那様も、私とアルメリアも彼を説得して参加する運びとなりました。
馬車から降りたリュートさんは既に疲れ果てたような顔をなさっております。と言いますのもこの三日の間、彼にロッテンマイヤー式促成礼法教育がなされたからです。それはもう見ているこちらの背筋が伸びてしまいそうなほどに……
出で立ちも、馬子にも衣装ではございませんが、礼装を纏ったリュートさんは貴族の少年といっても問題ない程度には凜々しく見えます。旦那様は騎士ですのでこのような場でも騎士礼装です。
私とアルメリアはドレス姿で、私が薄い青、アルメリアが緑基調の装いとなっております。
私たちは
エントランスでは侍女が招待客をサロンへと案内しており、私たちは二階へと促されました。
「エヴィデンシア家のサロンは落ち着いた雰囲気だけど、ディクシア家のサロンは華やかだね。なんだか想像と違ったな。もっとカッチリした感じかと思っていたよ」
アルメリアが私たちにだけ聞こえるように小さな声で言いました。
サロンには既に数十人の人が集まっており、階段を上ってきた私たちは彼らから無遠慮な視線を向けられていたからです。
「そうですね。すごいな~、あの花瓶なんてスッゴい絵ガッ……」
アルメリアの配慮を理解せず、普通にしゃべり出したリュートさんの脇腹に、アルメリアの肘打ちが入りました。
ロッテンマイヤー……三日ではまだ無理でした。
彼らの視線が『白竜の愛し子』であるリュートさんへと向けられます。
そんな彼らの口からは、「あれが……」「白竜の愛し子」「まだ子供じゃないか……」「うーん、食べてしまいたい」
などと驚きの混じったつぶやきが漏れます……最後のつぶやきの意味はいったい何でしょうか?
しかし一通りの驚きが収まりますと、その脇に並ぶ私たちに視線が移ります。
「ねえ貴方、あれ……エヴィデンシアの農奴娘じゃ……」
「じゃあ、あれが成り上がりルブレンの強欲グラードルか……何であんなやつが招かれているんだ……」
「それに、『白竜の愛し子』の
「そうだね、身長も釣り合っていないし、ドレスを着ているのに肩が張って、まるで男が女装しているようではないか」
想像しておりましたが、ひどい言われようです。私たちの割を食ってアルメリアまで酷く言われてしまって申し訳ない心持ちです。
しかし、お父様はディクシア法務卿は私たちを招くに当たって、何らかの手を打っているのではないかと想像しておられましたが、そのような雰囲気はまったく感じられません。
「『白竜の愛し子』様、お名前を伺ってよろしいかしら?」
「そうね、こちらにいらしてお話が聞きたいわ」
ある意味伝説の存在のような『白竜の愛し子』の登場に、物見高いご令嬢たちが彼の周りに群がります。
「ああ、リュート君が連れて行かれてしまう。フローラ――私は彼を見張らないといけないから、また後で落ち合おう」
私たちが、リュート君とアルメリアを見送っておりますと、男性としては高い声が背後から掛けられました。
「おやおや、ここは王国の法務を担う、法務部の重鎮が集まっているというのに、何故冤罪事件を起こしたエヴィデンシアの人間が紛れ込んでいるのかな」
その声の方向にいたのは……赤黒い髪をして、濁った緑色の瞳を持った神経質そうな老人。お祖父様の後を継いで法務卿となった。
「……ランドゥーザ伯爵」
私がつぶやくのと同時に、旦那様がスッと一歩踏み出してランドゥーザ伯爵の視線を自分へと向けます。
「これは前法務卿……初めてお目に掛かります。私はこの度エヴィデンシア家の家督を引き継ぎました、グラードル・ルブレン・エヴィデンシアです。失礼ですがランドゥーザ伯爵、エヴィデンシア家は祖父オルドーが職を退き、既にその責を償っております。オルトラントの法では、罪は子々孫々まで引き継がれるのでしょうか?」
旦那様は、目上の貴族に対する見事な礼をいたしますと、ランドゥーザ伯爵の嫌みの籠もった視線を悠然と見返してそう答えました。
「ぐっ、それは……ええい、ルブレンの出来損ないが知ったような口を」
一瞬悔しげに顔をゆがめたランドゥーザ伯爵は、すぐに自分の優位を確信したような笑みを浮かべます。
「貴様とてこれまでに婦女暴行に恐喝、暴力事件などの嫌疑を掛けられておきながら、ルブレン家の財力を使って逃れてきたと聞き及んでいるぞ」
旦那様は、悠然とした態度を崩しませんでしたが、横にいた私には彼の小さなつぶやきが聞こえました。
「『このバカ、そんなことやってたんかい!』……ランドゥーザ伯爵はそれをご自分で確認なされたのですか? でなければそれは憶測による誹謗中傷にしかなりませんが」
傍目には旦那様の態度は堂々としているように見えたかもしれませんが、私の位置からは耳の後ろの辺りから首筋にかけて、ブワッと汗が浮かんだのが見えました。旦那様……何か心当たりが? 私……信じておりますから。
「……この、減らず口を、貴様!」
「おやおや、これは遅れてしまったかな。主催者が一番遅れてしまったとは申し訳ないことをしました」
ランドゥーザ伯爵が声を荒らげそうになった瞬間、そう言って私たちの後ろからやって来たのは、ディクシア法務卿でした。
「ところでモリソン卿、何を興奮なされているのかな?」
モリソンとはランドゥーザ伯爵の名前です。
「オルタンツ卿は何故このような輩を法務に関わる者たちが集まる茶会へと招いたのだね」
「……そうですね。先日彼らと顔を合わせる機会があったのですが、なかなかの器量を持った人間だと拝察した。さらにいまの彼らは明らかに貴族社会から不当に扱われている。法の臣たる私が茶会へと招くことで、彼らの道を開く一助になればと愚考した次第です」
「オルタンツ卿は目が曇ったのではないかね」
「いえ……人を見る目に関してだけは、物心ついてより、違えたことはないと自負しております」
ディクシア法務卿は、そう言いますとジッと、湖のように澄んだ薄青色の瞳で、ランドゥーザ伯爵の濁った緑色の瞳をのぞき込みます。
「ふっ、フン! せいぜいその自負が思い込みでないことを祈るのだな」
ランドゥーザ伯爵は、ディクシア法務卿の視線の圧力にけおされたようにきびすを返しますと、知り合いを見つけたのかその人物の元へと歩いて行きました。
「グラードル卿、フローラ嬢。失礼した」
「いえ、こちらこそ助かりましたオルタンツ卿。私のような若輩者には、ランドゥーザ伯爵のようなご老人のあしらいは荷が重かったので」
「いやなかなかの切り返しだったと思ったがね。……ところで、後ほど折を見てお二人と話したいことがある。そのときにはこちらから使いを出すので、それまで茶会をお楽しみ頂きたい」
そう言いますと、ディクシア法務卿は他の招待客に挨拶に向かわれました。
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