第092号室 8th Wave 反魂除細動器



 フランソヒィンの取って置き、反魂除細動器ネクロデフィバレータは生者を殺し、死者を蘇らせる救命急殺の医療凶器、気持ち良く殴らせていた内に電力をチャージし、カウンターでパドルを一つずつボブとグロウゼアに押し付けると、間髪入れず放電した。


「「ッ………!!!」」

『電マ!ハメんのキモチィイなあ!!!』


 ただの電光では有りえない虹色の怪光が、ボブとグロウゼアをまばゆく包み込み、電撃よる極瞬間的な筋肉の収縮によって強制的に背後へ飛び退かせる。


『わはーー!一瞬、勝ったと思ったんじゃないの?むりむり………ざまぁ無いわ!!』


 砕かれたくるぶしを庇ってトレーニングマシーンにもたれながら息を整える。ドーピングの効果が切れて来たのか酷い鈍痛と耐え難い疲労感がフランをその場に釘付けにしていた。


「………テメェこそ、これで勝ったと勘違いしてるんじゃ無いか??」

『ひゃん!?なんで!??』


 殺したと思い込み、相手の生死を確認しなかったのはフランの不覚であった。


 全身から湯気を昇らせ立ち上がったボブの眼光に気圧され、四つん這いの姿勢から鋭く睨むグロウゼアに怖気付き、フランは有り得ないといった表情で二人を交互に見詰め、最後に手元の除細動器のパドルに視線を落として、別に有り得なくも無いかと舌を巻く。


『パドル、そういや片っぽずつしか当てて無かったもんね。あんたらには両手揃えて当てないと、威力が足りないかもねえ………』


 三人が同時に動いた。


 砕けたくるぶしを返しフランが逃げを打つ、一手先を読んだグロウゼアが地面へ飛び込むようにタックルを決めると、万全の状態であれば何でもない衝撃でフランが転がる。


『えへへ!えへへへ!!追い詰められれば、られる程、気持ち良くなるのよお!!!』


 勢いままに転がり続けて僅かに距離を稼ぐも、追いついたボブのサッカーボールキックがフランをくの字に折り曲げる。


『うっ……!!あんた達だってそうでしょう!??』


 グロウゼアがまあ、そうだな……ん?と、ボブが一緒にするな!え??と同時に返して、追撃の手が一瞬止まる。


『そうでしょ?そうでしょう!?勝負はまだこれからでしょぉおう!??』


 フランがトレーニングジムの汗臭い床を、泥臭く這いずって目的を果たす。振り下ろした反魂除細動器ネクロデフィバレータは、最初に拵えた住民の死体を電気ショックで跳ね上げて、新たな患者であり眷属であるマッチョなゾンビを生み出した。


10テンカウントはとうに過ぎてるぞ!立ち上がれ♪今!!!ウェイクアッーーーープッッッ!!!!』


 電気的痙攣を繰り返すゾンビのひしゃげた頭蓋から脳髄が零れ落ち、ボブの動揺を誘うと熱烈な抱擁ハグと共に首筋へ噛み付いたが、砕けた顎では皮膚を裂けずにもたつき、後ろから巻き付いたグロウゼアの土台が違う腕に、脊椎を絞り潰されて沈黙する。


『こっちは最初一人だったんだ!頭数増えたくらいで卑怯だなんて言わせ無いわよ!?』


 二人がゾンビを一体処理する間に、フランが三体のゾンビを生み出し盤面を覆していく。


「あれは死体だ」


 つい先程まで一緒に筋肉をいじめていた住民達のゾンビを前に、微かに動揺を見せたボブに対して、グロウゼアが冷たく状況を押し付ける。


「体表に電気の流れた痕が浮き出ている。電撃を用いた一種の死霊術ネクロマンスであろう。これほどの術者は捨て置けん。手駒のゾンビも…邪魔するなら……心苦しいがるしかあるまい?なあ??」

「…ああ……分かってる」


 グロウゼアの心配は杞憂きゆうに終わり、ボブがWの形に波打つEZバー持ち上げ銃剣術を応用すると、最小限の連携でゾンビ達の主要な神経系を切断し、可能な限り傷を残さ無いよう綺麗に制圧した。


「こいつらは任せてくれ!グロウゼアはあの継ぎ接ぎ女を!!」

『継ぎ接ぎ女じゃ無いわ?フラソヒィンよ!死ぬ前に覚えてねーーーっ!!』


「一人で捌ける量とは思えんが、いいだろう。雑魚は任せた。私は継ぎ接ぎ女をる!」

『だから、フランソヒィンよ⤵︎ →⤴︎ぉん!!』


 一度下がったグロウゼアに腕を伸ばしたゾンビへ、ボブが無理矢理足を掛けて引き寄せ、背骨を打って止める。


 ボブを囲むゾンビの群れに加わろうとする、フランが新たに作り出したゾンビへ、すれ違いざまに腕を回したグロウゼアに向かってボブが吠える。


「構うな!頭を潰すんじゃねえ!!」

「何だ?男らしく囮を買って出たと思ったら、死体を潰されるのが嫌だっただけか?ここは戦場だぞ?女々しい奴め………」


 グロウゼアは力を緩めるとゾンビの背中を軽く押して離れ、四つん這いで次の死体へ急ぐフランの背後に立った。


「甘い男だ、私が後で慰めてやろうなあ?」


 ボブに聞こえるかどうかの声量で囁き、グロウゼアはフランに近づくと足を緩めた。フランが得も言われぬ殺気に振り返えると、グロウゼアが転がる死体を顎で刺し、反魂除細動器ネクロデフィバレータの使用を無言で促す。


『この女、マジか?』


 意図は読めなくとも願っても無いとフランはただの死体を動く死体へ作り変え、グロウゼアがゾンビをけしかけたことを、ボブは気づかずに応戦を続ける。


 グロウゼアの怪力がフランの背中を掴み、真上に放り投げて天井に跳ねさせ、落ちて来たところを回し蹴りで蹴り飛ばす。


『ワザとやってるのよねえ………?』


 別の死体のそばまで転がったフランが、除細動器でゾンビを生み出し、また投げ飛ばされて次のゾンビを作り出す。


 繰り返しの中でついに死体を使い果たし、フランは床に転がったまま、背後のグロウゼアに向き直った。


『恐い怖い、あんたアイツの仲間って訳じゃ無かったの??』

「私とアイツが協力し全力で闘っていれば、とうに決着の着いている勝負だ。それをゾンビの顔に傷を付けたく無いと我がまま言うのだから、それなりの力を示『スキあり!』すべきだろう?」


 ゾンビを一人で引き受け応戦を続けるボブをグロウゼアが見やり、目線を外した隙にフランが仕掛けたが、一瞥もくれずに両手を掴まれねじ上げられる。


『あ〜ん、隙なんて無かったわ………』

「先程から見ていたが、これを押し付けて、ここを押せばいいのだな?」


 グロウゼアは反魂除細動器ネクロデフィバレータを握ったまま裏返したフランの両手をその両胸に押し付け、放電ボタンを押してみた。


『ギャアアアアア!!!』


 勢いよく反り返ったフランの身体が床に跳ね、再び胸にパドルが押し付けられて放電ボタンが押される。


「なるほど、確かにこれは気持ちがいいな!」


 しぶといフランの両目にパドルを押し付け放電、白く凝固し機能を失った瞳の次は両耳へ放電、首へ肩へ腹へ臀部へ………グロウゼアが放電箇所を変える度、フランの身体が違った動きで反り返り続ける。


「おい!いつまでやってるつもりだ!!!」


 背後から響いた怒号にグロウゼアは身体を跳ねて振り返り、咄嗟に反魂除細動器ネクロデフィバレータを打ち込んだ。


ってぇええええ!!!何でだよーー!??何にすんだよーーー???」

「ああっ!すまない!背中から、急に声をかけるものだから………」


 グロウゼアから脚に電撃を受けたボブが片足立ちで、痛みを散らす儀式を踊り始める。


「冗談だろ!?十回以上声かけたぜ???」

「いや、気付かなかった!それより、大丈夫なのか??」


「いっ………や〜心配するな、心臓より下で受ければどうという事はない!」

「それは……素晴らしいな………」


 我に返ったグロウゼアが辺りを見回すと、ボブを囲っていたゾンビは全て倒されているようであった。


「しぃ………早くここを離れよう。えっと……継ぎ接ぎ女の仲間がまだ居るかもしれない」

「ああ、この………継ぎ接ぎ女に止めを刺したら行こう」


『あ……ふらんそひんよー………』


 ボブの倒したゾンビの顔に傷がないことを見たグロウゼアは、フランの首の骨を捻って外し、擦り合わせるようにずらして頸髄を引き千切るのにとどめた。


「ほら、やったぞ」


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