第091号室 7th Wave 超筋肉増強剤
―――バリケード焼失の28分前………
マンションの併設されたトレーニングジムでは、ある者は暇を持て余し、ある者は現実逃避に走る為、ある者は団地の恐怖に打ち勝つ力をと、日々ストイックに身体を追い込んでいた。
筋肉の育成はハードでタフな自分との闘い、利用者同士の会話も挨拶程度に留まり、残りは全て筋肉による会話で済まされている。
この日もボブやオークのグロウゼアをはじめ、いつもの
ただひとつ、いつもと違うことがあったとすれば、
『おお、みんな仕上げてきてるね〜。肩がメロンパンみたいになってる!』
首筋に注射器突き立て、メディスンパッチで手足をテーピング、無数の錠剤を噛み砕き、アンプル割って流し込む。ガス吹く呼吸器マスクで鼻口覆い、黄色の点眼薬を両目に刺して、団地薬局処方の
『そんな運動し〜なくても♪お薬使えば最強なのにっ♪♪なあっ!!!』
ジムにマッチョの悲鳴が響く。ある者はメディシンボールを頭に受けて昏倒、ある者は鞭打つトレーニングチューブに肌を裂かれて失神、ある者はランニングマシーンの速度を上げて走って逃げるも、当然追い付かれマシーンごと裏返されて下敷きになる。
トレーニングチェアを盾に反撃へ転じた住民を、盾ごと押し返して肉を潰す。住民から投げ返されたプレートを、また投げ返して骨を砕く。圧壊したトレーニングマシーンを構えて走り、逃げる住民の背中に突き立て血を流す。
ハイになったフランが手近にあったバーベルプレートを、運動会で年少児童が玉入れ競技を頑張るように、無駄だらけのフォームで投げまくる。
両手にダンベルを備えたボブとバーベルを大剣の如く振るうグロウゼアが、フランの前に割って入りプレートを叩き落して防御陣形を敷く一瞬の間に、トレーニングジムは死体で溢れ返った。
「それは人に向かって投げるもんじゃねえ………!」
「………マナーを知らん奴だ。私が教えてやろうか?」
『いいえ!いいええ!!私が教えてあげるわ!!ダンベルで鍛えるときはこうッ!!!』
フランソヒィンがダンベルラックを床から剥がしてぶち撒ける。下がって間合いを空けたボブとグロウゼアへ、床に散らばったダンベルを蹴って寄越す。
ボブが両手に持ったダンベルで火花と鈍い金属音を鳴らして打ち落とし、グロウゼアも重りの付いていないバーベルで、進み出ながらいなしてフランに詰める。
振りかぶったグロウゼアの動きを読んで、フランが屈みダンベルに手を伸ばすと、更に動きを読まれて側頭部がバーベルで振り抜かれる。
『あ痛っ!……避けたと思ったんだけどなぁ?』
「私も殺したと思ったんだが?」
人間なら致命の一撃でも吸血鬼には挨拶程度で、最上段から打ち下ろすグロウゼアの脛を蹴り付け床を打たせると、反動で緩んだ手元からバーベルを奪い取り、お返しのフルスイングで側頭部をカチ割る。
『ホーーームランッ!!』
先程のグロウゼアと同じ動きを意識して、最上段に構えたフランを、一歩遅れたボブがダイビングタックルでテイクダウン。
グロウゼアの様子を気に掛けながら、マウントポジションから猛烈なパウンドを仕掛けるボブに対して、フランはガードを捨てて殴り返すも態勢が悪くダメージが通らない。
「むちゃくちゃしやがって!テメェは人間じゃねぇ!!」
『はっ!なにを今更!!見たら分かるコトじゃない??』
フランのカス当たりを無視して雪崩れ込むボブの拳、フランは手探りでケトルベルを手繰り寄せると、ボブがグロウゼアを見遣った隙を突き、空いている手でボブの頭を押さえてケトルベルを叩きつけ、体勢の悪さをフォローしてダメージを通した。
フランが立ち上がってケトルベルを持ち替え、堪らず退いたボブへの追撃をグロウゼアがカットに入る。
バーベルで打たれた側頭部からの出血を手で拭い、血に染まってピントの定まらない片目を強く
トレーニングマシーンを薙ぎ倒しながらも、苦し紛れに受け身を取って向き直ったフランに対し、グロウゼアの飛び膝蹴りが胸部へ炸裂。
受け切れなかったフランが広背筋虐待装置ラットプルダウンマシーンに着席し、最大荷重に設定されたバーを咄嗟に引き抜き破壊すると、千切れたワイヤーがグロウゼアの頬を掠めて隙を生み出し、振り上げたバーで顎をカチ上げた。
『ヤーーーッッッ!!!』
(ーーーっ強い!武術の欠片も無い単純な暴力だけでこの強さ!未来予知する余裕が無い!)
こうも展開が早くてはグロウゼアの奥の手、
「どうしたグロウゼア!動きが鈍いぞ!!」
「いーや、いやいや、いやいやいや………そうでは無いんだ」
顎を押さえてうずくまるグロウゼアの横合いから、ボブの飛び蹴りを受けてフランが床に激突する。
ボブがフランの振り上げようとしたバーを踏みつけ背後に回りヘッドロック、フランは全力で反り返ってボブを床に押し付けると、体操選手じみた柔軟性で倒立から後転、ロックを抜け出しボブの後ろを取ると、首に脚を絡めて腕を取り関節を極める。
『このまま首をへし折ってやるわ!』
太くてデカい首から背中に掛けてキレ上がったボブの僧帽筋に、か細く儚げで継ぎ接ぎにまみれたフランの脚線が深々と喰い込み、人の肉から鳴るものとは到底思え無い嫌な音を上げる。
『ほーら!迎えの天使が見えて来たでしょ!?このまま、天の果てまでイッちゃってーーーッ!!!』
「なにをしてるんだボブ!?背中の活火山が噴火したがっているぞ!!!」
グロウゼアの吐血混じりのコールにボブが吠えて気合を入れて、フランを首に巻いたままノーハンドネックスプリング、立ち上がると同時に力任せにフランをトレーニングマシーンへ叩き付け、極められた肘を痛めながらも引き剥がした。
『いいわねー!殺す獲物はしぶといくらいが楽しいのよ!!』
上擦る声で高揚を示すフランの精神状態とは反対に、ドーピングの負荷に壊れた身体が悲鳴を上げ始め、ダウンから直ぐには起き上がれなくなる。
「
200ポンド分の重りがセットされたバーベルから片側の重りだけ外し、大剣に見立てて構えたグロウゼアが、痛めた肘を押さえるボブの横を抜け、ふらつきながら立ち上がるフランのくるぶしを一つ、粉々に砕いた。
『あぁああ!!コレ、効っくうぅううう!!!』
フランソヒィンがあひぃんあひぃん転げ回る。
重りのストッパーが破断しバーベルから抜け落ちる。
グロウゼアが軽くなったバーベルを振り回し、ガードの上からフランを削る。
グロウゼアが額から滴り瞳を潰した自分の血に間合いをずらされ、バーベルを打ち損なう。
トレーニングマシーンを打って止まったグロウゼアのバーベルを握る手の甲を、膝立ちで懐へ滑り込んだフランが裏拳でへし折る。
フランが一足で立ち上がりグロウゼアの顔面を打つ、肘の痛みを堪えてボブがフランのガードの
バーベルを捨てショートレンジからグロウゼアの肘が、フランの呼吸器マスクごと鼻緒を叩き割る。
拳のみの純粋な殴り合い。スピード、パワー、タフネス全てにおいてフランの力は二人を上回っていたが、二対一の手数の差と連携練度の高さは、戦力差を覆すには充分であり、くるぶしを砕かれたフランはトレーニングマシーンにもたれて二人の殴打を受け続けた。
『イケると思ったんだけどな〜………足やられたら厳しいかあ〜………』
フランの吐血と鼻血で満たされたマスクがずれ下がり、現れた表情は絶体絶命の状況とは相異なって破顔の微笑みで………
『はい、離れてー………』
………小さくフランが呟くも優勢の二人が引く筈もなく、何処かで聞いたことのあるトーンだなのボブが訝しんだ時には既に遅く、ボブとグロウゼアの胸に押し付けられた心臓除細動器が、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます