第090号室 6th Wave ゴーストディスタンス



『肉なんて捨てちゃえば、そんなしんどい思いしなくて済むのにねぇ〜』


 幽世霊嬢ステルスドールのプラズムソヒィが口を窄ませ下手な口笛を吹くと、その息はエクトプラズムとなってシスターとダークエルフのマイマズマに襲い掛かる。


 マイマズマの分身である生霊レイスは主人だけを護り、マイマズマが意識してシスターを守らせようとした時には、既にシスターは攻撃へ転じていた。


「………なんですか!?いきなり失礼な!!」


 ピシャリと平手でエクトプラズムを払ったシスターに、マイマズマとラズムは霊的常識が崩れ去るのを見る。


「今、霊体を触りませんでしたか?あれ?でも、前にもあったような………?」

『触るにしても、こう………神秘の力を纏ったりぃ、じゃ無くて?完全にぃ……素手じゃない………??』


 何に驚かれているのか分からないといった表情でシスターが自論を語る。


「常識的に考えて、そっちから触るときは干渉してるのに、こっちから触るときだけ透けてしまうというのは道理が通りませんよ?」


『いや、よく分からない?』「私も分かりませんね?」


 戦闘を中断して答えを求める二人に、更にシスターが理論を補強する。


「幽霊はすり抜けるモノって思われがちですけど、肉体を失った魂?を幽霊って呼んでる訳で、私は肉体も魂も持ってる訳です。だから私は肉体を持った幽霊みたいなモノなので、肉体を持たない霊体のあなたに触られないってのは、ちょっとよくわかりませんね??」


『まだ、分からないわ?ただ、霊感電波ビンビンなだけなんじゃな〜い………?』

「独自の理論形体、あなたオリジンタイプの魔女なのね。私はアーキタイプだから、理解は難しいわ………」


「まじょ?魔女では無いですよ?あくまでも聖職者です」


 言われてみればそうかも知れない?と一応は納得しつつもマイマズマが首を傾げ、ラズムは妙なヤツの相手をする必要は無いとため息をつき、天井をすり抜ける為に浮き上がったが、シスターに無い脚を掴まれて引き摺り下ろされた。


『やっぱ、なんで掴めるの〜??もう!見逃してあげるからほっといてよぉ………!!』

「ダメです!ここで逃したら、また何処かで人を襲うでしょう?」


『………あんたにわぁ、関係ないでしぉう?』

「あなたの中で膨れ上がった怨念と邪気が見えます。これまで奪ってきたであろう命の数を鑑みれば、到底見過ごせません!」


『じゃあなぁに、あたしのこと、浄化でもする気なのぉ?』

「そうです。神の名の下にあなたを祓い清めます!」


『へぇ?フフッ……あたしを祓うって………あんた、ナメてんじゃないのぉお!??』


 ラズムの身体が絶叫と共に膨れ上がり、少女然としたシルエットは見る影をなくして、醜悪たる悪霊然とした変貌を遂げる。


 死神の鎌と化した両手の爪がシスターの腹を引き裂くと、はだけた修道服の下から鈍色に光る銀の帷子かたびらが現れた。


「銀の帷子かたびらは貫けないでしょう?」

『あら?言うだけの備えはしてるのねぇ?』


 帷子には爪の跡が黒く残っており、ラズムは欠けた爪を弾いて帷子の防御も限りがあると見切りをつけると、爪を仕舞い溜め込んだ霊力を両手と合わせて練り上げ、極彩色に燐光溢れる収穫の大鎌デスサイスに得物を持ち替えた。


 ラズムが正面から斬ってかかる。怨念研ぎ澄まして袈裟懸けに一閃、咄嗟に腕を上げて防御したシスターを霊的刃が斬り裂き、ガードを引き下ろして肩口から腰元に掛けて、帷子が物理的要因では無く超常的要因によって分解される。


『そう、これも防ぐの?中々、いいラァ⤴︎ンジェリーのねぇ……??』


 煽るラズムに付き合わずシスターがカランビットナイフを取り出し組みに掛かる。


「二度も防げれば十分です!」


 教会やお墓の草むしりに使われ大変、徳を積んだカランビットは、悪霊を払うのに打って付けの神具であり、舐めてかかったラズムを斬り裂き部分的に浄化する。


『だぁああ、変な物に加護を付与らないでぇ………!』

「なにを!山菜取るのに便利なんですよ?」


 刃の短いナイフに対して損失を厭わず、ラズムが体積増やして面積広げ、顔面引き裂き大口開けて、シスターを丸ごと呑み込み腹の中に仕舞い込む。


 援護に入ったマイマズマが生霊を操り魔剣で斬り付けるも、ラズムが胸部から上を分離してデスサイスで応戦し、いまだ呼吸の整わない生霊の主人を執拗に狙った攻めの動きで、シスターを助けるまでの余裕を与えない。


「あらあらあらあら………!全くお助けできないわ!」

『肉が邪魔なのよ、お、ば、さん!』


 残されたラズムの半身は三途の川を内包する水腹みずっぱらの結界であり、収められて空中に浮かんだシスターが手足を振って藻掻いても、水に溺れるように自由が利かず、吸い込む息は水へと換わり呼吸する度窒息へと近付けていく。


「ひーーー!目でも追えなくなって来たわ!」

『そう?じゃあ、三倍でイってみよっか??』


 ラズムがデスサイスと生霊の魔剣をガッチリ噛ませて動きを止めて三体に分裂、マイマズマが咄嗟に放った追加の生霊を一体が抑え込み、残りの一体がマイマズマの頭を両側から掴むと、裏返るほどに大口を開け、真円になるほど目蓋を開き、瞳が弾けて舌が捻れてエクトプラズムとして流れを成して、相手の目には目を歯には歯をとろかしてソウルドレイン。


「あばば………持ってかれます〜〜!」

『あら!随分、濃ゆいの溜め込んでるじゃない??使う気無いなら残らず霊魂、貰ったげるわ!!!』


 溺死へ近づくシスターが、身体を丸めて膝を抱き親指を口に含んで胎児のポーズ、生命誕生の神秘を体現する崇高で清らかな祈りの形は、邪気を払って結界に穴を空け床に大量の水と共に命を落とす。


 シスターは肺に溜まった水で咳き込むのを一旦気合いで堪えると、ラズムの半身目掛けて霧状に吹き出し、唾を吐くという古典的厄祓いで消滅させた。


「全部、聖水に変えて…!ゴホッ……!!ガハッ、アァアアッ………!!!」


 シスターが盛大に咳き込み聖水の飛沫が、生霊を押さえるラズムの分身を後ろから焼いて霧散させ、貫通してマイマズマの生霊も半分消える。


『はっ?あの状態から抜け出せる人間がいるの!??』

「ややや………逆に助けられ!?私のもヤられてますう!!」


 酸欠によるダメージは濡れた衣服のようにシスターの身体を重く蝕み、肺に残った水が今度は有無を言わせず咳き込ませ、突っ伏させて床に縛り付ける。


『ああ、でも、肉の縛りがキツそうねぇ???』


 思わぬシスターの反撃にラズムの注意が逸れた隙を突き、マイマズマが相手の頭を掴み返した。


(((貴女おまえ困憊キツイのでは?????????)))


 シスターが床に転がり背中を向けているのを見止めると、マイマズマの風貌がゆららめきよどみ、輪郭溶かして陰影ぼかし、肉と霊の境界を曖昧に混ぜていく。


『ああ、ふ~~ん………霊魂、濃ゆいのぉ、溜め込んでるってことは、まあ、そういうコトよねぇ………』

(((お眼汚し失礼致しますわ!)))


 相手の真なる実力に気づいた時にはラズムの霊体は崩壊を始めており、接続部分を切り捨て逃れようとしても、マイマズマの吸魂術はそれを許さず、大きなあくびを吸い込むように漏らさず啜り上げ、終わりに指で拭われた唇が水音を立てると共にプラズムソヒィは消滅した。


『ああ、もう!呪ってやるぅうううう~~………!!』


 影に溶け落ち凹凸おうとつ無く漆黒一色に染まる顔面へ、三日月にめ上げる瞳を二つ貼り付かせ、マイマズマが裏手合わせでシスターの背中に声をかけた。


「やったわ!」

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