第063号室 深淵神殿 老獪触


「調子かよ?ザコがぁ………」


 女王様が手を振り上げる。深い皺が刻まれ、ヒビ割れた粘膜が膿でふやけた、醜く汚らしい老獪触オルガナイザーが面倒臭気に触手を薙いで、相手の胴を折る前にディアベルが前蹴りで往なす。


 異形のメンズと老獪触の攻防は、女王様の平手打ちが振り下ろされるまでの瞬間に行われ、戦闘触アタッカーよりも鋭く、破壊触クラッカーよりも重く、分裂触クラスターよりも多く、指揮触リーダーよりも卓越された老獪触オルガナイザーの触手は、ローチの仕込み杖に斬り飛ばされ、オウルの暴力に屈し、キューピーの奇跡に燃やされ、ピエロのペテンに欺かれると、アヌビスとディアベルに組み伏せられて、我らが女王様にその頬を差し出した。


「うっ……ざぁあああ!………汚ったないわねぇ???」


 自ら平手で打って置きながら逆ギレの女王様が、粘液で汚れた掌をオウルの皺一つ無いシャツに擦りつけ、華麗なテクニックで乳首責め、オウルの身体が絶頂に達し細く伸び、女王様の所為で戦力が一つ減る。


「勝手にイッてんじゃ無いわよぉお!??」


 脚を小さく振って爪先蹴り、女王様に取っては何気無い攻撃でも、それを直撃へと結び付けるメンズの労力は凄まじく、蠢く触手をディアベルが腹で受けて上半身裸に、絡まる触手にキューピーが下半身を弄られ、のたうつ触手を捌き切れずピエロがペシャンコに、女王様へ迫る触手をローチが庇い沈黙、一人奮起するアヌビスが力任せに引き倒し、老獪触の顔面に女王様の爪先が入る。


「あんま、手間取らせないでくれるぅ???」


 老獪触の胸ぐらを掴み馬乗りになった女王様が、蕩けた眼差しで、値踏みするように睨め上げて、鼻を鳴らす。


 勘弁して欲しそうにアヌビスが首を振り、でもコレがこの方の魅力なのだと噛み締めて、右に同じのメンズと並び立ち、老獪触の触手を束ねて引いて拘束し、女王様を盛り立てる。


「フフン、悪いけど、こっちは初めっからアンタ殺す気で来てんのよ!ま〜〜あ、人間舐め腐ってからにぃ………」


 ただただ矮小なだけの人間に足蹴にされる屈辱を喫した老獪触であったが、怒りよりもまず、見透かす事の出来ない相手の正体へ得体の知れない困惑を覚えていた。


なんじ何者なにものゾ?』

「………え?Whyワイ??なんて???」


 知らない言葉に思考がショートした女王様へ、アヌビスが名前を聞かれたのでは?と耳打ちする。


「あ⤵︎あ⤴︎⤴︎どうも、あたくし、蛇崩ジャクズレ夕那ユ~~~ナと申しますぅ〜!」


 勝利宣言代わりにユーナが名乗り、勿体ぶるようにゆっくりと相手の首へ脚をかけて腰をグラインド、人差し指を自分の側頭部こめかみへ押し付けてグリグリなじる。


「お宅の子供たちには、ウチの娘が大変お世話になりました〜〜!!」


 勝利を確信して疑わないメスガキの余裕と慢心、あざけるように指を身体に這わせ、目玉を剥いて指の回転に合わせて上目遣いから白目を剥くほど睨め上げる。


「~~~っっっ蛇崩☆小夜のぉおお♡………ははでございますぅううううう〜〜〜!!!」


 満月のように開かれた口元から、蛇よりも長い舌を突き出し這わせる。完全にアヘ顔、これが蛇崩家の最高にキマっている時の煽り方であった。


 ガンギマリの蛇崩夕那が兎に角苛立たしい満面の笑みをたたえ、こらえ切れずに吐息を洩らすと、トレンチコートの前を開き自らの腹を暴き出す。


 太古よりの支配者、名状し難い邪神の言霊持ってして、如何いかんとも形容し難いその威容、自らが根源たる恐怖の底と信じて疑わなかった老獪触を井の中の蛙、ダム底の触手とせせら笑うその母胎、自らの浅はかさを呪う老獪触が小鹿のように恐怖し震え、小猿のように狼狽し虚勢を張って、幼子のように許しをいて泣き叫ぶ。


『儂ガ、何ヲシタト、言ウノダ!!?』

「そんなの、知るかよぉおおお!ウチの子の尻拭いだわ!?カコン?が残るモノね、単純に一族郎党根絶やしって訳ぇえええええ!!!」


 悪夢から逃れる術を求め、持てる力を振り絞り薙ぎ払う触手は、渾身の強度で穿たれる触手は、最高度から打ち下ろす触手は、死角から絡み付く触手は、何者をも屠って来た最強の触手は、必殺の触手は、奥儀の触手は、ことごとく異形のメンズに阻まれる事となり………


「痒いカユイわ?ムズがゆいのよあなた下手クソ!完全敗北、無様なイキ顔ホント気持ち悪い♡見苦しいのよ無駄な足掻き、はぁい♡これで射ち止め、ご馳走・⤵︎・ぁ⤴︎!!!」

『イア!イア!!クトゥルフ………フグァアアアア………!!!』


 ………哀れ老獪触に為す術など、あるはずもなく、魔王手籠るハーレムの女王、蛇奉へびたてまつやしろの乱れ巫女、伏魔腹の団地妻、蛇崩夕那の餌食となった。



ーーー



 夕暮れ時の”水底団地ルルイエ”の湖の畔、完全に脱力したボブが瓦礫にもたれて流れる雲を煽ぐ。シスターがふらふらと何処かへ歩き去り、ダヴィは一抱えもある瓦礫を怒りに任せて湖に投げ込む。沖に流されていくドクターを小夜が釣竿で投げ釣り、しかし上手くはいっておらず、小夜の足元にはドクターからパージされた仏像が並べられていた。


 四つん這いで硬直している教授に、ローレライが躊躇いながらも声を掛ける。


「なんだかごめんなさいね?そんな気はしてたのよ、私達の世界に行くだけなのに、あなた達が帰れるーって言ってるのはおかしいなって」


 教授の肩に手を伸ばして、やっぱり引っ込める。


「分かってはいたんだけどね?喜ぶあなた達見てたら言い出すタイミング無くしちゃってね?それはもう、ずるずると………」


 大きく呼吸をして膨らんだ教授の背中に、ローレライがビビる。


「いえ、お気になさらずに、あなた達のせいではありません。………ただ、少し考えれば分かることだったのです………」


 教授が拳を振り上げその行方をローレライがビビッて追う。地面を打つだいぶ前から減速した教授の拳が、何度か優しく地面を叩き、そうよね、全力だと痛いものね、とローレライが頷く。


「オレ達の世界に人魚なんて居ない!!!」


 背後からボブが突然叫んでローレライがまたビビる。ボブの語気に当てられた教授も声を荒げ、ローレライがまた更にビビる。


「人魚の世界に通じるゲートなのだから、その先は当然人魚の世界な訳で、僕たちの世界とは何の関係も無いのです!当たり前のことじゃないか!!」


 片目を強く瞑り、両手を強張らせたローレライが本当に申し訳なさそうに、教授の背中へ話しかける。


「私、そろそろ戻ろうと思うけど、あなた達これからどうするの?」


 短く唸り考え込んでしまった教授に代わり、ドクター釣りを諦めた小夜が答えた。


「これからどうするかって?フフン………決まってるじゃ無い、いつもと同じよ?」


 立ち上がった客船に切り裂かれるように、不自然なほど大きな夕日が団地の地平に沈むと、夜の暗闇が迅速に住民達へと這いより、小夜が鼻を鳴らしながら振り返って、ランドセルを背負い直す。


「ほら!完全に暗くなる前に行くわよ??」


 心の折れた大人達を小突いて、って、爪弾き、気合を入れ直すと、離れて行くシスターを追い掛ける。


「フフン、まったく、世話の焼ける人達ねぇ??」


 真珠模様の建築物の窓辺から生存触テイカーが触手を噛んで歯噛みする。配管の暗がりでは、名を伏せられし黒光する6本脚の者が嬉々としてソーシャルメディアを盛り上げる。蜘蛛の糸を無数に手繰らせ夫人が花嫁衣装の真の効果を想いほくそ笑む。


 住民達の計略渦巻く悪意の禍の中にあっても、それが何だというのだろう。暴力を正面から潰し、計略を斜めに捻じ伏せ、運命など背後を取ってわからせるのみ!瓦礫を踏み鳴らし、泥を跳ね上げ、ランドセルを背負った少女、蛇崩小夜はこれからも、伏魔殿の様相を呈した団地の出口を目指して攻略を続ける。


第一部完!

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