【第2号棟 亡骸纏う墓穴の風琴】
第064号室 駅ナカ ファーストエンカウント
窓も明かりも無ければ、始まりも終わりも見通せないほど長く深く続く異様の駅階段、腕を伸ばせば壁の端から端まで届くほどに狭く、腰を屈めなければ頭を打つほど天井が低いわけでは無く、この階段を降る色褪せた紫の外套に身を包み、フードを目深に被ったダークエルフの呪術士、マイマズマの身長が高過ぎるのである。
「………はぁ、はぁ」
ひび割れ磨耗した
「………ふう」
足を止めて俯き息をつく、無意識の内に細長く筋張った指先が、燻んだ真鍮色の髪を数本絡めて引き抜き、丸く結って爪で弾く。
「痛………道調べの術が出ましたね………」
千年の時を生きた経験からもたらされる多重人格的直感が、意図せぬ動作を肉体にもたらし不安を煽る。
「一本道なのに、何を調べると言うのでしょう………あや?」
前方に放ったはずの道調べの術が、後方から舞い戻ってまた前方へと飛び、更に後方から現れては前へ通り抜けて行くという、道調べの永遠と繰り返し巡る様を見せつけられて驚愕する。
「んん??空間の歪曲ですって………!?」
想定していたよりもずっと、特殊な状況に置かれている事を把握したのも束の間、突然、暗く淀み乾いたカビと埃の臭いを内包する空気が、嵐のように吹き荒れた突風に濃縮され、身構えたマイマズマの目や鼻、口へと流れ込んだ。
「あ…やーよ……いやーよ?………いやぁーよ??」
五感を奪われ中空へと投げ出される。重力は消え去り、温度は暑くも無く寒くも無い。無味無臭、全くの無音、自身の鼓動の音さえ聞こえず、完全な暗闇、瞳は何も見出せない。
全て意識を停止する認識阻害の団地の建築物の中では、知性を持つ生命である限り逃れる術は無く、干からびて朽ちるのを待つことしか出来ないのだが、この千年呪媧宿す事象の大魔女マイマズマの前にあっては大分長い階段程度と変わりなかった。
マイマズマの多重人格的生霊が建築呪物の呪いを躱し、有るべく姿へと理を正した。しかし、あわせて新たに現れた気配に霊が戦慄き、脳内のお友達が一斉に騒ぎ出す。
「あわわわわ………ここは何処かしら?さあね?迷子かしら?迷子よね?周りを観察して?はい、知らない場所だわ。建物がおかしい、異世界よ!その考えは飛躍し過ぎでは?なら何処だと言うのでしょう??………待ってくだい!気を付けて?待って!!危険だわ!待ちなさい!!!「「後ろよ!!!」」………フっ!!」
マイマズマの脳内のお友達が一斉に危険を知らせ、背面から二体の
「待ってまって、それもマッテ!!」
マイマズマが双刃を止める為、意識的に三体目の分身を放った時には既に、先の二体は打倒されており、自身の首筋には、血油が何重にもこびり付き刃の潰れ切った諸刃が突き立てられていた。
「………失礼、これ程高度な分身を扱う魔剣士などと、打ち合うのは初めてでな?少々、加減を誤ってしまった」
古く腐りかけた血肉と今し方、流れたばかりの鮮血が混ざり合い、鉄と火薬、そして魔術の残り香を放つ、血に塗れた雌型の全身鎧に身を固めたオークの姫騎士、グロウゼアが相手の首筋に突き付けた剣を、鞘が壊れた跡のある腰元へと下げて見せる。
「いいえ、相手も見ずに仕掛けたのは私です。このまま斬り捨てられても文句はありませんでした………」
マイマズマが首筋から流れた血を拭い、外套に吸わせる。外套についた血は蒸発するように生地へと染み込み、跡形もなく消えた。
「ふふふ………あなたを斬っても化けて出そうだ、手を止めて正解だったろうさ」
赤黒く乾いた血に染まった兜を脱ぎ、グロウゼアが素顔を晒す。誰の物とも分からぬ血と汗に固まった朱色の髪を、短く下がった尖り耳に撫で付ける。燃えるほど鮮やかな紅の右眼と、金糸雀色に淡く輝くの左眼のオッドアイにオーク特有の
躊躇いながらもマイマズマもフードを払い顔を見せる。真鍮色に燻んだ細く長い髪を額の中央でわけ、深い紫色の顔の輪郭から伸びる長く形の良い尖り耳に、墨を流したように黒く染まった白眼と、膿んだように黄色く濁った瞳、大抵の相手を見下ろすほどの長身でありながら、睨め上げるほど強く顎を引き、背中を丸め凝り固まった姿勢は、彼女の危うい精神状態を察しさせた。
「いやはや、此処はいったい何処なのでしょうな………」
古く錆びれた島式ホームの駅は無限に連なるかのように四方を闇に溶かし、光源の見当たらない朧げな明かりが足元を照らしている。
グロウゼアがおもむろに剥き出しの錆び付いた鉄柱に手を置いて頭上を見上げ、天井を隠す暗闇の中に気配を気取り、鉄柱を抱き抱えて造作も無く引き抜くと、朽ちた天井が傾き錆の欠片と共に頭上に隠れていた、全裸の獣人ラナカディアンが小さな悲鳴を上げて降ってきた。
「………………にょわぁあああ!」
「いやケモノ臭い、あなた、何か知らないか?」
床にヒビを入れて尻餅を着く相手に覆い被さるように詰め寄り凄むグロウゼア、栗色の毛髪にウサギ耳を畳み、二股の鹿角を突き出し、気圧されたラナカディアンが細身に筋肉の透ける小傷の浮いた肌へ、ふさふさの尻尾を巻いて弁明する。
「知らない知らない!アッチ隠れてるノに聞いちゃいなよ!?」
相手の指差す方へ、グロウゼアが視線を向けた刹那、ラナカディアンの超低空ドロップキックが見舞われたが完全に読まれており、右腕一つで往なされそのまま捕縛される。
「なら、あなたが聞いてきなさいな!」
社交ダンス的キレのあるジャイアントスイング、風を切り裂き吹き飛ぶラナカディアンが雌豹じみた空中制御で体勢を立て直し、プラットホームを降りて線路上へ着地する。
「ココどこぉおおあああ!!!」「きゃ…!!」
ラナカディアンの質問と同時に放たれる三段蹴りがプラットホームのコンクリートを爆砕し、退避スペースに隠れていた、透き通る翠玉の瞳に毛先にウェーブの掛かったベビーブロンドの髪、身体に涼しげな白地の一枚布を巻いて革ベルトで留め、
「………全く、なんと野蛮な………
「あぁああ!!!食ってやろうか???」
牙を剥き出しに線路のレールを掴むラナカディアンの筋肉が隆起し、青筋立てて唸りを上げて足を踏みしめ、鋼鉄のレールが悲鳴を上げ固定ボルトは、なめて弾け飛ぶ。
「まあ⤴︎
何処からともなく吹いた風が渦巻いてルノフレアの髪を揺らし、超常の片鱗を仄めかす。
「ラナはやるぜ!ラナはやるぜ!!ラナはや………!!!」
遂に破壊されたレールを抱えたラナカディアンの足元に、小さな白い塊が投げ込まれて注意を奪う。
「にゃんだ!??」
「………モチだよ、それ」
反対側のプラットホームの陰から伏兵が姿を現す。武骨に加工された毛皮の防寒着に身を包んだアルビノのゴブリン、パナキュルは抱えていた豆餅と書かれた小さな箱から、一つ餅を取り出し頬張って見せ、ラナカディアンの足元に転がった埃塗れの餅を顎で指す。
「おいしいよ?」
「………………………もちぃ~??」
完全に気の削がれたラナカディアンがお
「……ん!………甘い!!」
「でしょう?ほらみんなも、もっと気楽にいきましょうよ?」
異常な状況下にも図太くマイペースなパナキュルが全員に餅を配って回る。
あきれたようにグロウゼアが受け取って味わい、何だこれは?と聞くとパナキュルにまあ食べ物でしょうよ、知らんけど?と答えを返され分からずに食べているのかとまたあきれる。
「アテにもひとつ、おくりゃんせ?」
「うぇ!?あ〜どうぞどうぞ、あっちにまだ沢山あったからー………」
一同の前にまた一人、全身ずぶ濡れに、着物を着て
「よろしゅ~な~~けったいな所やき、一人や心細おて難儀しょってん………」
言葉とは裏腹に杖を胸の前で握り、摺り足で進み出るティヲには一部の隙も無く、武人的なる強い警戒の意が見て取れた。
誰ともなく放たれる殺気に当てられ、表面上では友好的態度を示しながらも、水面下では牽制し合い、臨戦態勢で額をつき合わせる異界の住民達、無言のままじりじりと距離を詰め、何を語るでもなく互いを観察し合う。
「あは、やっと外に出られたわ?」
眼前の猛者達へ意識を絞り切った住民達の不意を突き、足元のフロアハッチを押し上げ現れた少女体型に付図り合いな豊満な胸と、青空色の頭髪を際限無く伸ばしたドワーフの工匠、ホーリエの登場は、最悪のタイミングで住民達の神経を逆撫でし………
「あは………失礼いたしました~~………」
………尋常では無い殺気を受けてフロアハッチに引っ込むホーリエを、素早く反応したグロウゼアが床に突っ伏し手甲爪立て
「まあ、ゆっくりして行きなさいな………」
「あは、皆さん正体無くしちゃってる感じですかぁ~~~………???」
ホーリエの認識は正しく、その引き攣った赤紫蘇色の妖艶な瞳には、八方から迫り来る平手が映っていた。
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