第029号室 人魚達の憂鬱
「元々、私たちは
話を続けながらローレライは冷凍庫から正方形の氷を取り出しナイフでリズムよく刻み始める。
「まあ、堰だなんて到底呼べないようなお粗末なモノだった訳だけれど、案の定3日と持たずに壊れて流れていったわ。それはもう傑作!『わあ~~~』って触手が流れていくの、みんなで笑ったわね」
一度手を止めたローレライが頭の上に手を伸ばし、ヒラヒラとうねらせ触手の川流れを『わあ~~~』っと表現する。
「でも彼らは直ぐに戻って来て新しい堰を造り出したの。次に出来たのは最初のようにゴミやガラクタの寄せ集めじゃなくて、しっかりとした石材を積み上げた手作業にしてはそれなりに立派なモノだったわ。まあ、雨の降った夜に決壊したけどね。………『わあ~~~』って、まあ、笑ったわね」
角の落ちた氷へナイフをあてがい刃を滑らすように流し、見る見る球形へと整えていく。
「雨で増水した川が落ち着くと彼らはまた造り出したわ。今度は前よりも時間を掛けて石材を叩き合わせて加工し、粘土のような物で隙間を埋めてより高く、長く、頑丈に、やがて元の川幅を越えて大きくなっても作業をやめなかったわ。数年にいちど有るか無いかの嵐が来て跡形も無く吹き飛ばしてしまうまでわね。もう、爆笑よ?『ど、わあ~~~!』って、ウッ、フッフッフッ!」
当時の光景を思い出してツボにハマったローレライが手を叩いて笑い。少しの間俯いて呼吸を整えると、先程より声のトーンを落として続きを話し出す。
「それから彼らは行方を
ネオン管の光をほぼ均一に反射する丸氷を眺め、細かな突起を見つけては削ぎ落し完全な球体へ近づけていく。
「………奇妙な事をする触手達の一団の話が忘れられて、酒の席の思い出話にも上がらなくなったころ、ある日突然彼らは戻って来たの、人間が使う建設重機に乗ってね。私たちから見ても充分異様な光景だったわ。不定形の触手達がブルドーザーで地形をならし、パイルドライバで基礎を固め、クレーンで何処からか運んで来た骨組みを積み上げて行き、タンクローリーでコンクリートを流し込む。聞くには笑える話でしょう?実際、私たちも最初の内は笑って見物してたもの。いっ………」
ローレライの手元が狂いナイフで浅く指を切って血が滲む。溢れた一滴の血が氷の表面で溶けた水分とマーブル状に交わり、陰陽を表すかのように美しくも怪しい模様を描いた。自身が思っているよりも昂っていたらしい気持ちを落ち着けるように意識して息を吐くと、角の残った丸氷をグラスに押し込みボブへ背中を向け酒棚からウイスキーボトルを取った。
「んん………でもね、その堰が………いえ、そのダムが影を創るくらいの高さになると笑えなくなって来たのよ。きっとあなたもその場で見ていれば恐怖したはずよ。彼らが作業している間、嵐はおろか雨粒一つだって落ちて来なかったわ。今思えば、雨の降らない時期を選んで作業していたのでしょうけどね。やがて重機の稼働音が聞こえなくなった時、そこには団地のマンションを飲み込む巨大なダムが
ローレライは適当にウイスキーをグラスへ注ぐと数回グラスを揺らし丸氷と馴染ませ、勢いをつけて半分だけ喉に流し込み、残りをボブへ差し出した。
「その時から私たちが拠点にしていた貯水池はダムの
ボブは差し出されたグラスの残りのウイスキーを一気に飲み干すと、眼を丸く剝き出しカウンターに置かれていたウイスキーボトルをラッパ飲み。『もう私たちの世界に繋がる貯水池のゲートは使えないし………』突然に飛び出した団地と別の世界を行き来出来るかのようなローレライの言葉に、ダゴンの触手からシスターを救出するという当面の目標を一瞬忘れてしまった。
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