鳥として
北見 柊吾
鳥だった。
なぜ、そうなったのかは記憶にない。
ほんの少し前まで人間であったような気がするが、覚えていることは曖昧だ。
私はなかなか高い木の上、枝と枝の小さなあいだにつくられた巣に座っていた。
私は、今鳥だった。
はて、私は鳥だったのか。少し考える。答えはやはり否だ。僅かにだが、どこかに座り込む私を思い出せる。
私はその問いを繰り返す。退屈しのぎにしか過ぎないが、私の身体はそうすべきだと言っているような気がした。空腹に耐えながら、とうに私は、私が卵を温めていることに気付いていた。思い直して考えて、何回繰り返したことだろう。挙げ句の果てに私は卵をひとつ食うことにした。手元で丁寧に割る。広がった卵はあまりにも気持ち悪かった。雛の幼体とも言うべきどろりとしたなにかは、触れた空気を嫌がったようにも見えた。それを見て私は気持ち悪くなった。手に僅かに残った感触を消すように、私は卵を空に向かっていくつも投げた。小さく重い卵は樹や枝に当たって幼体を吐き出した。あと数日で産まれたはずの雛の悲鳴が、風を切って私の聴覚へ訴えた気がした。私はまだ感触が温かく残る手を丁寧に拭う。よくよく見ると私の手は羽であった。小さくも懸命に羽ばたくだろう焦げ茶色の柔らかい羽。先程まで、卵を投げていた腕はどこへ行ったのだろう。いや、元々人間のような腕だったのだろうか。今や、本当に人間だったのか疑わしい私にはそれすらも分からない。少しずつなにかが胸からせりあがってきた。
今、鳥の私にはこれが何か分からない。
どこからか、不吉な音がした。何故だろう。大したことのない爆ぜるような音に私は嫌悪感を覚えた。胸のあたりが痛い。見ると、なんのことはない。胸からは血が出ていた。あぁ、撃ち抜かれたのか。違和感は身体に埋まりこんだ鉛から枝葉末節に伝わっていた。私はあの不吉な音が、鉛を放って私の身体に穴を開けたことを知っていた。身体が熱く、柔らかい。力が入らない。私は、この鉛を卵を投げた報いだと感じることにした。ショクモツレンサなんて言葉が頭の中を埋めつくした。もはや人間だったかどうかなどが頭の中を埋め尽くすことも、ましてや頭の片隅にさえからも消えた。身体はいつのまにか巣から落ちかけていた。視界の端に銃が映った。あぁ、あの銃が私の身体を貫いてこの私の魂を失わせたのだろう。
銃を持つ人間を見て私は驚いた。それは人間の頃の私そのものだ。まぎれもない。刹那、私のなかに私の目に映ったあの人間であった頃の記憶がまざまざと蘇る。
私は猟師で、鳥を狩りに来ていた。目的はもちろん、食べるためだ。
あの撃ち落とした私を食べるのだ。私は、私だった鳥に感謝することにした。そして、あの鳥はまた生きていくのだ、と私は思った。私の血となり肉となり、私のなかで私として生きていくのだ。あの鳥は、私に撃たれることが分かっていたのかもしれない。だからこそ、卵をいくつも割ったのだろう。そう私の行動を結論付けた。ここで親が撃たれ、育てられずに路頭に迷い死んでいく雛をここに生みだすよりも、それはずっと崇高な行為だろう。そう私は考えた。そして、私の行いは正しかったのだと思った。胃から迫り来る不気味な感覚を、私はもう一度押し戻した。
私は、私になる身体を持ちあげた。まだ生ぬるい血が手の間からこぼれ落ちた。
私に感謝する。
鳥として。
私として。
いただきます。
鳥として 北見 柊吾 @dollar-cat
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