第47話 断罪と猶予

 形ばかりの否認はあったものの、十分すぎる証拠と証言によりサックウィル卿は王位継承に絡み王太子に対する謀反を企んだ罪を断ぜられた。

 言い渡された処遇は、息子に爵位を譲り、領地で謹慎とする――その爵位も伯爵位から男爵位に降ろされ、領地も半分以上没収されたが。


 廃嫡計画の内容が実効性に乏しかったことや、そもそも王弟自身に継承の意思が全くないこと。それに、これまでのサックウィル家の王家と国に対する貢献が考慮されて、奪爵や極刑は免れた。

 とはいえ卿本人にとっては、死刑よりも恥ずべき処分が下されたといえる。


 一人息子は凡庸で、残った領地の舵取りだけで手一杯だ。とても王弟派の旗頭を継げるような器ではない。

 これまで下についていた王弟派の貴族たちも次々と彼の元を離れ、二大派閥の一つだった王弟派はいくつかのグループに分かれ、事実上消滅した。


 造反が明らかになり、断罪された人間と付き合いたいと思う貴族などいない。

 今後、サックウィル家は末端の一地方貴族として、細々と食いつないでいくのが関の山だろう。


 サックウィル卿に下された処分については納得したものの、一方のゴードンの処遇についてジャイルズは不満しかなかった。

 というのも、あの現場で図々しく取引を申し出た通り、ゴードンは素晴らしく捜査に協力的だった。おかげで裁判の終結までが速すぎるほどだ。


「そんなに怒るなって」

「……」

「あはは、怖い怖い、綺麗な顔で俺を睨むなよ。王太子にも陛下にも感謝されたじゃないか。ああ、ついでに王弟陛下からも」


 諸々の処理が終わり、早足で廊下を進むジャイルズに小走りで追いつくと、リチャードはにんまりと口角を上げる。

 遠くからでも分かるジャイルズの不機嫌ぶりは周囲が引くほどだが、長年の友人であるリチャードにとっては、最近とみに表情豊かになった友人を揶揄う口実にしかならない。


「仕方ないだろ。ゴードンは胡散臭いが、それだけだ」

「……分かってる」

「まあ、納得はできないよな。前歴が全くないなんて信じられないし」


 同情を込めた顔を軽やかに向けられて、ジャイルズはいっそう視線を逸らす。

 ゴードンが贋作詐欺を働いたことは事実だし、本人も早々に認めている。

 だが「貴族に命じられ断れなかった」という言い分が十分通用する上、意外なことに前科もなかったのだ。


 さらに、もともとルドルフに贋作を作らせていたのも、自分が開く画廊の宣伝になるかと考えたためで最初から詐欺に使うつもりはなかった、などと嘯いた。


 そのルドルフへの仕打ちだって褒められたものではないが、身寄りのない子どもを保護したのだと釈明されてしまう。

 少ないとはいえ報酬を払っていることもあり、こちらもそう問題視はされなかった。

 捜査への積極的な協力もあり、ゴードンは結局、罰金と観察処分つきの執行猶予で済んだのだった。


 ジャイルズが隠れ家で見つけた手紙については、「有力者との顔つなぎを依頼しただけ」と、手紙の送り主については黙秘された。

 意外だったのは、あの手紙の通りにゴードンとサックウィル卿が出会ったことは確かだが、サックウィル卿は事前にゴードンとの面会を知らされていなかった。


 手紙で指定された「黒百合の控えの間」は、卿と懇意にしている男爵家にあるサックウィル卿専用の客間のことだった。

 男爵の家で夜会があると、卿は必ずそこに泊るということは仲間内ではよく知られていた。

 手紙の主はゴードンに、多くの者が知っている事実を教えたにすぎない。

 それゆえ今回の謀反には直接の関係はないと、捜査陣もそれ以上の追及を諦めたのだった。


 ゴードンの諸々の証言が、迅速なサックウィル卿処分のために役立ったのは確かで、結果、取引と酌量がなされたのは明白である。


 長年手を焼いてきた政敵と、詐欺行為を強要された平民。

 どちらかをより速やかに排除するとしたら――普通に考えて、自分でもそうするに違いない。

 それが理解できるから、ジャイルズは余計に腹立たしい。


「ゴードンはまだ勾留されたままだろ?」

「あの程度、ただ見張りが付いているだけだ。監禁くらいすればいいのに」

「それでも自由に身動きが取れないんだから問題ないだろ。ジル、心配するのもいいけど怒りすぎ」

「リック」


 久々に「冷徹貴公子」が降臨したと楽し気に肩を竦めるリチャードに、ジャイルズが顔をしかめる。

 議会の建物を出ると、久々に見るまだ高い位置にある太陽が眩しくて、二人そろって目を眇めた。

 

「まあ、あれだ。本人の顔見て落ち着いてこい。久しぶりに会うんだろ? 着くまでに普通の顔に戻しとけ」

「普通の顔って」

「そのままだとミス・クレイバーンに驚かれるぞ」


 仏頂面を指さして、リチャードは待っていた馬車にジャイルズを押し込む。


「ルドルフがどっちを選んだか、教えろよ」

「……ああ」


 そっけない返事に満足そうに手を振って、リチャードは扉を閉める。

 そのリチャードもすぐに帰り支度を始めているのを車内の小窓から見ると、ジャイルズは小さく息を吐いて座席に背を預けた。


 ――サックウィル卿たちを捕縛してからというもの、連日忙しく、家に帰るのもままならない毎日だった。

 折を見てヘイワード侯爵家には何度か行ったのだが、フィオナはちょうどミランダに連れ出されていたり、針子が来ていて仮縫い中だったりと、ことごとくタイミングが悪かったのだ。

 夜中に訪れるのは、自重した。その結果、もうずっと顔も見れていない。


 恋人のフリを始めてからというもの、ジャイルズはほぼ毎日フィオナと会っていた。交わした会話の量も、両親を含めた家族よりも多い。

 そんな相手にぱったり会えなくなって感じたのは、寂しさや物足りなさではなかった。


(……出会う前に戻っただけだというのに)


 おかしなことだと自分でも思う。

 使用人たちの報告からも、フィオナは侯爵夫人はじめ周囲ともうまくやっていると聞いている。

 なにも案ずることはないし、これまでのジャイルズならば他人との距離はあればあるほどいいと思っていたくらいだ。


 一人でいることに孤独や寂寥などは感じない。煩わされるよりずっと気楽だと、その思いは昔から変わらない。

 フィオナと離れてもそれは同じだ。

 しかし、不意に傍らを見るたびに、自然とフィオナの金の髪と細い肩を探してしまう。

 そして毎回、彼女がいないことに強い違和感を覚えるのだ。


 侯爵家にいるフィオナからは、まめに手紙で近況が届く。

 だが、手紙では声が聞こえない。

 取り繕うことがあまり得意ではないフィオナだから、困ったことがあるかどうかくらい、顔を見ればすぐに分かるはずなのにそれもできない。

 自分が原因で不自由を強いている彼女に、フォローひとつできないのがもどかしかった。



 先に連絡をしていたこともあり、ヘイワード侯爵家に着くとすぐ、フィオナは二階から降りてきた。

 会った当初とは違う、落ち着いた色味ながら華やかな外出着は姉や侯爵夫人が選んだものだろう。

 服や髪型が変わろうと中身は同じフィオナなのだから、ジャイルズにとっては関係ないのだが、たしかに今の装いのほうが彼女には似合っていると思う。


 元気そうな姿を見てほっとするジャイルズとは反対に、階段を降りながらフィオナが浮かべた笑みはどこか引きつっていて、無理をしているようだった。


「こんにちは、ジャイルズ様。お久しぶりです」

「どうかしたのか?」

「なにがです?」

「表情が硬い」


 自覚のない頬に触れると、ぴくりと肩を震わせる。

 こうされることにも慣れたと言ったはずのフィオナだが、会わないでいる間にジャイルズの手を忘れたらしい。

 そんなことにまた気が塞ぐ。


 不機嫌を顔に出していたらしいジャイルズに、フィオナは困ったように視線を泳がせた。

 と、ジャイルズの腕を引いて、屈ませた耳に唇を寄せ小さく囁く。


「……実は、コルセットが苦しいのです」

「は?」

「とっても素敵なドレスなのですけれど、どうにも私の心と体に忍耐を強いる作りになっていて……あの、ジャイルズ様?」


 さも重大な告白のように真剣に訴えられた窮状に、意表を突かれた。

 悪いと思いつつも、急につかえが取れた胸の軽さが災いして、つい、声を出して笑ってしまう。


「わ、笑うなんてひどいです!」

「……すまない。まさかそんな深刻な事態だとは思わなくて……くくっ」

「もう!」


 ぷい、と横を向いた頬が赤いのは、ほかの令嬢のようにジャイルズの前だからということではなく、自身の羞恥からだろう。

 打てば響くような、それでいて斜め上に行きがちな返事が懐かしくて心地よい。


「あらあら、やっぱり仲良しねえ」

「こ、侯爵夫人……!」

「大叔母様」


 いつからいたのか、玄関ホールには侯爵夫人の姿があって、いつも通りの笑みを顔いっぱいに広げていた。

 声を掛けられて、あわてて離れようとするフィオナの腰をぐい、と引き寄せる。

 証言通り、かっちりと固められているのが薄いドレスの布越しに分かった。今までの夜会でも踊る時に腰に手を回したが、これほど硬かったことはない。

 姉などは「慣れればどうってことない」などと言っていたが、慣れない体にこれは大変だろうと、他人事ながら同情してしまう。


「……本当だ」

「ジャイルズ様っ」

「悪い。では、一刻も早く解放されるように急ごうか。行こう」


 小声で窘めるフィオナから一度手を離し、改めて肘を差し出す。真っ赤になりながらも、できた腕の隙間にするりと白い手が収まった。

 そこに光る指輪を見つけて、不思議と心が満たされる。


「では、失礼します。大叔母様とはまた今度」

「ええ、楽しみにしているわ。フィオナさん、ごゆっくりね。そして明日は私とお茶会ですからね」

「は、はいっ」


 楽し気に見送る侯爵夫人に、フィオナが明日の尋問を察して苦笑しながら出立の礼をする。

 すっかり気心の知れた仲になっている二人に安心しつつ、ジャイルズも挨拶をして玄関を出た。使用人からも朗らかに見送られ、また馬車へと戻る。

 向かう先はロッシュのギャラリーだ。


 ルドルフの処遇に関しては、こちらに全権を委任してもらうことで落ち着いた。

 意外だったフィオナの案を含め、これから選択肢を伝えることになっているが、決めるのはルドルフだ。

 そしてそれが済めば、この件も表向きはすべて終わりということになる。


「そういえば、怖い顔をしているとリックに注意されたのだが」

「ジャイルズ様が?」


 思い出して話してみれば、馬車の中でいつものように隣に座って見上げつつ、フィオナは首を傾げた。


「……怖くないです。影の具合でそう見えたのでは?」


 何度か瞬きをしてジャイルズの顔を眺め、フィオナはふわりと笑う。

 その笑顔に、軽く強張っていた自分の目元から力が抜けるのが分かった。


「だろうな」

「あ、でも」


 なにかを見つけた顔をして、フィオナがジャイルズに手を伸ばす。そのまま眉間にぴた、と指先が当てられた。


「もう済みましたから。ここも休めてくださいね」

「……しかし、ゴードンの件が」

「すぐ釈放になりそうだったところを、ジャイルズ様が『せめてシーズン中は』と訴えて、警察の見張りがつくことになったって聞きました。それで十分です」


 実刑まで持っていけなかったのはジャイルズの力不足だ。

 伯爵家の権力で司法に強引に割り込むことは父も自分も良しとしなかったし、王太子たちもそれを望んではいなかった。

 せめてとあがいた結果に満足などしていない。

 だが。


「……そうか」

「はい」


 裏のない笑みはきっとフィオナの本心だろう。

 触れられていた指先を握ると、そのまま下ろして指を絡めた。


「まだ、すっかり安心とは言えないだろう」

「……今、気がかりがあるとすれば、ルドルフのことですけど……」

「でき得る最大限だ。ほかには」


 もぞ、と指の位置を気にしながら、うっすらと目の端を染めたフィオナに先を促せば、ふう、と軽いため息と共に口を開いた。


「……話している最中に、コルセットが破れたらどうしようかと」

「……それは大丈夫だろう」

「そ、そこは笑わないで、一緒に心配してください!」

「フィオナだって笑っているじゃないか」

「私はいいんですっ。もう、ジャイルズ様にも着せますよ」

「コルセットをか」

「ぎっちぎちに締めて差し上げます!」


 そうして馬車の中には、久しぶりに笑い声が響いたのだった。








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