3

 文化祭が六月という微妙な時期にあって、それが終わってからイベントは後期までしばらくない。前期はもう、定期考査の後夏休みに入る。


窓辺にいるあすかたちのグループの声は嫌でも耳に入ってくる。彼らは来週末のテスト終わりにある夏祭りに行こうという話をしていた。気づけば文化祭から一ヶ月が経っていて、もうすっかり夏服を着ていた。向かいにいる夏実は日に日に日焼けしていった。


「恋したいなぁ」


 ファッション雑誌を捲りながら夏実は呟いた。


「梓って好きな子とかいないの?」


「いないけど」


「このクラスの中でいいなって思う子とかいない?」


「いないかな」


 いつだって恋愛には興味のないふりをしていた。もうすぐわたしとあすかが付き合いはじめて三年になる。


 ふと窓辺に目をやると沼井くんがあすかに密着していた。彼は背が低く、顔が小さいし、顔の中のパーツもひとつひとつが小さい。立場を男女逆転したらあすかと似合うのかもしれない。それにしてはあすかが美しすぎる。沼井くんにとってあすかはどう「いい」んだろう。男の子が女の子を好きと思ったとき、どういうことまで考えているのかわからない。あすかに対して性欲が沸いたりするんだろうか。


「夏実はこのクラスで好きなひといないの?」


「うーん。このクラスでは横澤くんがいいかな。好きって言うかかっこいいって思う」


 横澤くんというのはクラストップの成績で身長も高く、顔立ちもいい男子だ。


「でも確か彼女いるでしょ」


「見てるだけだから。好きっていうわけじゃないよ。芸能人見てるようなもん」


 夏実の話は偶に感覚的に差が出てよくわからない。


「あと、榎木さんが男の子だったらいいなって思う」


 能天気な夏実のことばにわたしは気分を害した。あすかのことを女子として見ていないだけマシだけど、そんな軽はずみに言わないでほしい。


「梓、仲いいんでしょ?」


「仲いいっていうか、小学校から同じってだけだから」


 ひとにあすかのことを話そうとするときどうしてこんな嘘ばかり出てくるんだろう。


「でも、なんで加茂野さんたちと仲いいんだろうね」


「気が合うんでしょう」


 あんなケバいグループの子といて窮屈に思うことはないんだろうか。だけどあすかが特定の誰かのことを悪く言っているのをきいたことがない。どんな子と居てもうまくやれてしまう。毒を吐きださないで辛くならないんだろうか。人付き合いがうまいということはつまり、デトックスがうまいということなんだろう。


 わたしとあすかは学校であまり話さない。挨拶もしたりしなかったりだ。土日は、偶にふたりで東京へ遊びに行くことがある。あすかはストリート系の恰好をする。休日は胸を潰しているらしく、学校にいるときより平らだなと思った覚えがある。


「そうだ。今度のお祭り一緒に行こうよ」


 夏実がそう提案してきたので「ああ、行こう行こう」とわたしはあっさり受け入れた。夏祭りにいるあすかを一目見るきっかけが欲しかったから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る