第61話 『うしろ』ができるお礼

 バーチャルアイドル『うしろ』の放送にて『石川いしかわりーや』が発した宣言は、鶴の一声とはならず、現実問題としてSNS上での批判的なコメントはなくなることはなかった。


 それどころか、擁護ようごをしたことでりーやに対する中傷的なコメントも生まれ、結果的にはうしろや所属する事務所への批判が、りーやたちの方へも分散される形となっていた。


 だが、彼女の言葉が生み出したのは、負の面だけではなかった。


 バーチャルアイドルとして活動している者たちの間に、強固ながあるということを、視聴者たちへと示す動きが生じたのだ。


 ――競争相手であるかもしれないけど、敵ではないわけよ。


 ――本気で嫌だったら何回もコラボなんてしてないから。


 ――みんな、仲間だから。そこのところ、勘違いはしないでほしい。


 皆がバーチャルアイドルとしての在り方を、自分なりの解釈かいしゃくき、視聴者へ伝えていき、局所的ではあるが界隈かいわいを揺るがすムーブメントがそこに生まれていた。


 そして、そら自身もまた、多くの仲間の存在を投稿された多くの動画たちによって知り、勇気をもらっていた。


 中でもそらが一番に驚いたのは、そらが一番に尊敬した存在『彼方かなたあおい』が配信中に言及をしたことについてだった。


『あんまりそういう暗い話題は触れたくないけど、そうだな……個人的な意見だけど、本人にもどうしようもないことを口にするのって、言われた側も困るんじゃないの? 私みたいに長いことバーチャルやって、色々言われてきた人間ならともかくさ、まだ数か月の新人の子にそれは、かわいそうかなって――』


「ありがとう、あおいちゃん……」


 コメントでお礼を伝えるということこそしなかったが、そらはパソコンの前で感謝の思いを伝える。


 あおいは、その言葉を最後にすぐに話題を変え、今自分がプレイしているゲームの内容について、楽しそうに語り始める。


『それよりさ、見て。これ――最近スナイパーするのにハマっててさ』


 ゲーム画面を表示しながら、あおいは自らの上昇した技術を見せつけるように、標的を射抜き、幼子おさなごのようにはしゃぐ。


 そこにあったのは、そらが最初に目にした時から何も変わらない、ありのままをさらけ出しているかのような、直前までシリアスな話題をしていたなどとは微塵みじんも感じさせない自然なあおいの姿だった。


 視聴者を楽しませるプロによる、見事な切り替えがそこにあった。


 それを目にした瞬間、そらの顔にも途端に笑顔が戻る。


 ――いや、あおいちゃん切り替え早すぎ。


『えっ、知らないし。ほら、もっとコメントしないと無言なっちゃうよ』


 ――いよっ、日本一。


『何よそれ。めるにしても、せめてもっと考えてよ』


「確かに、雑すぎるよね。逆に面白いけど」


 脊髄せきずい反射で会話しているのではないかと思えるような、軽率な視聴者のコメントにそらは思わず吹き出す。


 ただ、そのやり取りによって、そらの気持ちも完全に切り替わったのも事実であった。


 過ぎていく時間と共に、軽くなっていくそらの心。


『あっ、ちょっとお手洗いいってきま~す』


 ふとしたタイミングで訪れた、気を抜ける時間。


 途端、そらは自らの内側に、ある思いが芽生えてくるのを感じていた。


「――なにか、お礼をしたいな」


 直接お礼をしても、うしろちゃんの為じゃないからと言われることは、そらにも十分理解できることだった。


 だからこそ、間接的に、仲間だと認めてくれたみんなに、何かを返したいと、そらは思い考えを巡らせる。


「でも、一体何をしたら……」


 気持ちはあるものの、実際どうしたらいいのかわからず、もどかしさにそらは顔をしかめる。


 そんな中、なんとなしに目を向けた先にあったのは、以前マネージャーから手渡されたCDのケースだった。


 記憶の限りでは自身初のオリジナルソング。


 仮歌かりうたという形ではあるが、自分の曲が収録された音楽CD。


 それを目にした途端、そらの口から率直そっちょくな気持ちがこぼれる。


「歌……かな?」


 ――自らの思いを、感謝の念を歌に込めて、見に来てくれた人々に伝える。


 シンプルでありながら、そら自身の気持ちを一番素直に感じてもらう方法は、それ以外に考え付かなかった。


「そのためにも、レッスンも自主練もがんばらないと――」


 無意識に拳を作り、強く決心をするそら。


 その眼差しは今直面している問題の向こう側――ライブの本番を見据えていた。

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