第41話 後戻りできないとわかるけど

『みなさんにお知らせがあります。実は、来週の土曜日に放送されるWEB番組に、うしろが出演します。お時間が合う方は是非見てくださいね』


 SNSに放られた『うしろ』による番組の告知。


 今まで自身の配信の連絡や、日常的なあいさつがおもだったところへ、突然降ってきた新たなしらせに、うしろをフォローする人々は、いつになく大きな反応を上げた。


『うしろちゃん、とうとう番組デビューか』


『やっぱり歌番組になるのかな。うしろちゃんの歌、楽しみにしてます』


『番組名とか時間とか、まだ公開できない感じなのかな。できたらリアルタイムで見たいんだけど……』


 大勢のフォロワーからやってくるコメントの数々。


 それらを読み進めていくと、そらは自身が重要なことを伝え忘れていることに気付き、慌ててコメントを補足した。


『すいません、一番大事な番組名と放送時間を伝え忘れてました。私が出演する番組名は【Vで繋がりたい】っていいます。時間は23時から配信予定らしいです。よろしくお願いします』


 補足コメントが発表されたことで、フォロワーたちの反応の声がSNS上に再び流れていく。


『あぁ、ただ忘れてただけなのか』


『結構天然なところもあって可愛い』


『生放送だったりするのかな?』


 ファンによる様々な感想や所感。


 その中に時折現れる、疑問の声に対し、その都度そらは律儀りちぎに返答を続けていった。


『確か、番組は収録したものになるので、急いで見ようとしなくても大丈夫です。でも後になってからでも見に来てくれると嬉しいです』


『番組の内容って具体的に、どんなものなの? 言える範囲でいいから教えて』


『すいません、ちょっと私では判断できないので。番組の主催のページを貼っておくので、そちらから聞いてみてくださいね』


 ファンとうしろによるやり取りは、最初の告知から30分が経過したところで、ようやく幕を下ろした。



 SNSの画面が落ち着いた頃、そらは画面を閉じて大きく伸びをした。


「はぁ~っ、つかれたぁ~っ」


 ずっと画面に集中していたことの他、不用意な発言をしないよう気を配っていたこともあり、思いのほか疲労していた身体を休めるべく、そらはクッションに寄り掛かった。


 普段よりも強く主張をする胸の鼓動。


 思うように力の入らないてのひら


 全身を這うように広がる、むずがゆい感覚。


 これから収録があるというわけでも、配信が生放送であるというわけでもないのに、そらの身体には緊張がぎっしりと詰まって、すっかり固くなっていた。


 それは、そらの内側に未知なる世界への不安があるからに他ならなかった。


「なんで緊張してるんだろ、私」


 口に出してみるものの、不安の魔法は解けない。


 頭では自分が緊張しているなどという認識は全然ないはずなのに、身体はそれに従ってはくれない。


 まるで頭と身体が別物で、それらをただ繋ぎ合わせただけなのではないかという妄想さえ抱いてしまいそうな程だ。


 半分くらいしか発揮できていない握力で、そらはクッションを前に、抱き留める。


 安心する自分の部屋のにおいに、そらはそのまま顔をうずめて、柔らかな布の感触に心を寝かしつけた。


 そのまま数分が経過した後。


 そらは、幾分落ち着きを取り戻した心で、これからについて思いを巡らせる。


 ――他の出演者はどんな人たちなのだろう。


 ――ファン以外の人を相手に、上手にコメントができるのだろうか。


 ――この番組で失敗してしまって、ファンに失望されたり、見放されたりしないだろうか。


 身体の調子は幾分抑えられてきたが、それでもそらの心の中には不安が大きく渦巻いたままであった。


 しかし、このままではいけないと、そら自身もわかっていた。


「何とかしないと」


 自らに発破はっぱをかけるべく、そらは何かを求めてネットの世界の扉を開いた。


 あふれんばかりの情報。


 数多あまたの人の光と闇。


 この世で一番深い海の中で、笑いと涙と、怒りと喜び、混沌と秩序をかき分ける。


 そして、最後にそらがたどり着いたのは、自分の原点ともいえる場所だった。


『じゃあ、今日はリクエストがあったアニソンを歌っていくよ』


 スピーカーから聞こえるの声。


 彼方あおいによる、カラオケライブ配信。


 き出てくる懐かしさと楽しいという感情。


 そしてやっぱり、自分はこういう存在になりたいのだと再確認させてくれる、例えがたい魅力。


 その放送を見つめながら、そらもあおいに合わせて歌を口ずさむ。


 ――楽しいを伝えたい、みんなと一緒に楽しいを感じたい。


 そんな思いを心の支えに、そらは子守唄を歌う母親のように優しい表情で、あおいとの時間を過ごしたのだった。

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