第31話 自問自答

「そう、歌一本で。その方が、よりアーティスティックな印象も出るし……」


 高木たかぎの言葉に、そらは力なく声を漏らした。


「アーティスティックな、印象……ですか」


 決して乗り気ではない――そんな雰囲気を全身から発していたそらであったが、高木はそれに気付かず、独自の見解を述べていく。


「そう。僕も色々調べてみたんだけど、現に歌一本で頑張ってるバーチャルアイドルもいるみたいだから、そらちゃんもその流れに乗れると思うんだ」


 徐々に力の入っていく、高木の言葉。


 それは、過去に一度手にした『羽白はじろ蒼空あおぞら』の居た世界を夢見てのものに他ならなかった。


 だが、その思いは今のたちばなそらには届かない。


 結局、そらも返すべき言葉が見つからず、二人の間には沈黙の壁がへだたりを生んでいた。


 部屋に充満する重苦しい空気。


 それが動き出したのは、慌ただしい足音と、スタッフの余裕なさげな大声が控室ひかえしつへと飛び込んできた瞬間だった。


「すいません、ASHのかたにちょっとお話があると主催者が申しておりまして――上の会議室までお願いできますか⁉」


「はい、わかりました。すぐに向かいます」


 これぞ助け舟と、高木は廊下に向けて返事をする。


「はいっ、ではよろしくお願いします」


 そう答えると、スタッフはすぐに駆け出し、二人の視界から姿を消した。


 そして、遠ざかる足音が聞こえなくなった頃。


「それじゃあ、呼ばれたみたいだから行ってくるね」


 そう言い残すと、軽く手を振り、高木はそらに背を向けて部屋を出ていった。


「は、はい……」


 どこかうつろなそらの返事は、開け放たれたドアの向こう――古めかしい廊下の壁にぶつかって、霧散むさんした。


 それから数分の間。


 そらはひとり、控室の隅に置かれたパイプ椅子に座りながら、ただただ時間を潰していた。


 控室と『とりかわ』がライブを行うホールは思いのほか距離が近いらしく、時折来訪した客たちの笑い声が聞こえてくる。


 静寂と小さな笑いの波の繰り返し。


 まるでラジオのチューニングをしているかのようなもどかしい時間に、そらは目線を上向けて、物思いにふける。


 ――もともと、歌を続けたかったのだから、マネージャーの言葉は決して間違ってはいない。


 ――歌うことが好きで、もっと色んな人に自分の歌を聴いてもらいたくて……。


 ――だから、バーチャルアイドルとして活動を始めたはずだった。


 そっと目を閉じ、自らを奮い立たせるべく、そらは呼吸を整える。


 思い出される、当初の記憶。


 初めてバーチャルアイドルというものを見て、感動した瞬間。


 そこでは、視聴者とアイドルが同じ目線で、同じ場所で――笑っていた。


「……違う」


 外因によって押し流されてしまいそうになっていた自分を否定し、そらは目を開いた。


「私は、確かに歌いたかった。けど――」


 ――本当に求めていたものは、歌で周りを魅了するだけの存在ではなくて。


「私がなりたいって憧れたのは――」


 ――自分を取り囲む、人々と、仲間と一緒に歩んでいく姿で。


「ただのアイドルじゃなくて――」


 ――それができる存在こそが。


「バーチャルアイドルだったから」


 瞬間、今日一番の歓声がホールの方から聞こえてきた。


 その大きさに、そらは思わず立ち上がり、廊下をのぞき込む。


 もちろん扉は閉まっているので、ホールの様子を確認することはできないが『とりかわ』のライブが成功したことは明白だった。


 明らかに違う、空気の温度。


 それを肌で感じながら、そらは高木へと自らの意思を告げるべく、胸元で拳を握るのだった。

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