良い男の酔い街

志央生

良い男の酔い街

 格好つける輩は外見にしか自信が無いのだ。されど、女とはそういった目に見えたものでしか判断できない阿呆が多い。

 真に良い男とは外見など関係ない。内面がどれほどの人格者であるかだ。見た目にだけ食いつくなど、ブランドに媚びる矮小な者のすること。目の良いものほど、外側だけではなく内側にまで目を向ける。

 そういう考え方をすれば、私はずいぶんと良い男ということになるはずだ。ゆえに、この目の前に座る女どもの目は腐っていることになる。

「ねぇ裕一くんは、どういう子がいいのぉ」

 べったりと化粧を塗りたくった女が、私の隣に座る男に、これまた粘り着くような声を出して聞いていた。

「どういう子、と言われると難しいけど、気が利く女の子は好感度が高いよね」

 当たり障りのない答えを男は返すと、女は笑顔を絶やさないまま「そうなんだぁ」と言いつつ、周りに視線を動かし、急にテキパキと空いた皿を片付け始める。

「ヨーコちゃんは気が利くんだね」

 裕一と呼ばれた男は満面の笑みでそう告げると「そんなことないよ、これくらい普通だよぉ」と、女は先ほどよりもニヤけた顔で言葉を返していた。 そんな光景を見て、私は心の中で嘆息を漏らす。もはやヤラセの域だ。女はタイプの男のためにその場を取り繕い、男はそれに対して褒めおだてる。それらのやりとりを繰り返し、この飲み会が終了する頃には良い雰囲気を作り出す。

 そのあとは、各自解散した後にホテルへと駆け込み、やることを済ませて関係への発展へと急ぐ。体を重ねなければ消える、か細い糸を千切れないように大事にしようとする。

 だが、大概はその関係は一夜で終わり、浅はかな行動だったと後悔の渦に飲み込まれるのだ。

 私はグラスに入った酒をちびちびと口に運びながら壁際の席で空気になるように徹している。そもそも、このような酒の席にくることがないのだ。 私は静かに飲み食べるのが好きで、このようなドンチャン騒ぎの飲み会など好まない。ましてや、合コンというものは嫌いなのだ。

 相手をまるで商品棚に並んだバッグを見るように選別し、気に入ったものに執着するような男女の思惑入り乱れた飲み会など、楽しくない。

「あっれぇー、そこのメガネ君はさぁ飲まないの」

 私からずいぶんと離れた席に座る女が、余計な話題を振ってきた。しかも、だいぶ酔っているのか呂律がおかしくなってきている。

「おかまいなく、私は楽しく飲んでいる」

 そう言い、酒の入ったグラスを挙げる。それを見て、話しかけてきた女は興味なさげに「そおっかぁ」とだけ残して、また目の前に座る男と話し始める。

 私は再び酒をちびちびと飲みながら空気になりきる。ちらりと腕時計を見て、この飲み会が終わる時間を確認する。二時間のコースで、始まってから一時間半が過ぎていた。残るは三十分、それを耐え抜けば、解放される。

「この後、どうしよっか」

 そう言ってきたのは、私の前に座る女だった。彼女も私同様に空気となり、少しずつお酒を飲んでいた。

 彼女の声はとても小さく、ほかの輩の耳には届かないほどのものだろう。つまり、先ほどの言葉は私に投げかけたものなのだろうか。

「さぁ、どうせこのまま解散するだろう」

 私も小さな声でそう返す。すると彼女はこれまた小さく笑って「そうですね」と口にする。

「そろそろ、お会計の準備をしようかな」

 取り仕切るように俺の隣に座る男は声を張り上げた。会費はいくらだったか、私は財布からお金を取り出し渡す。このときは、私が空気で居ることを許さないのがまたイヤラシいところだ。

 店先に出るとすっかりできあがった関係性に、腕を組む男女。

「まぁ、かなり飲んだから今日はこれで解散にしよう。俺らはこの子たちを送っていくから」

 と、定番のセリフを口にして会はお開きになる。私もひとり駅へと歩き出したところ、先ほど前に座っていた女が駆け寄ってきた。

「あの迷惑でなければ、もう一軒わたしと行きませんか」

 そう言われて、良い男は断れるだろうか。きっと断らないだろう。

「そうだな、私も酔い足りないところだった」

 彼女にそう告げると、私は夜の街に歩みを向ける。隣を歩く彼女と手が触れ、やがて私もあの男女のように腕を組み始めた。

                                     了

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