〈短編集〉試作的悪役令嬢
五百夜こよみ
1:面倒臭い俺様王子とダメ人間製造機
「貴様、またリーシャを虐めたな!」
そう言って、何の連絡も断りもなく、乙女の私室にずかずか入り込んできたのは、この国の王子である。
私は、ソファによりかかり、じっと一点を見つめながらコーラのような何かを飲む。
異世界なのでコーラはない。
ないから、代用品の謎の甘味のジュースだ。炭酸でもない。
「聞け!」
私の正面に仁王立ちする王子に白けた表情を向け、リモコンの一時停止ボタンを押す。
「何なんすか、今いいところなんすけど」
顔を真っ赤にさせた王子に、さすがの私も機嫌をとらねば打ち首では?という危機感が遅ればせながらやってくる。
仕方なしに、私は飲んでいたジュースを差し出し、
「一口ならいいっすよ」
「いるかっ!」
私の好意を無碍にしやがって…。
じゃあ一体何しに来たんだよ。面倒くせーな。
「おまえがっ!リーシャをまた虐めたから来たんだ!」
心の声が漏れていたようだ、参ったぜ。
ずずずとジュースを飲み干し、よっこいせとソファから立ち上がる。
「私がリーシャを虐めたと?」
しかも、またである。
毎回濡れ衣を着せられる貧乏籤にも困ったものだ。
リーシャは私の血の繋がった実の妹であるのだが、どうにも私にとって都合の悪いことに、王子に惚れたらしい。
妹は前々から私へのあたりが強く、大抵の問題を擦り付けてきたものだから、両親は私を半ば幽閉のように別宅に追いやった。
この状況で、どうやって妹を虐めるというのか。
皆の中で私が超能力者か、魔法使いになっているのか、過大評価が怖い。
私にチート能力はないというのに。
私が異世界転生に伴ってもらった能力はただ一つ。
ネット配信をテレビで見れる能力である。
異世界に娯楽が少ないと踏んだ賢明な私の判断力には感嘆しかないね。
実際に幽閉までされて、すごくこの能力が役立っている。
何かわからんが、私の部屋に知らない間に備え付けられている大型テレビとリモコンで、私はネット配信サービスを受けられているのだ。
ただ、配信会社は選べない。
不満はそれだけだ。
映画とアニメはそこそこ数があるのに、ドラマ配信が少ないのだ。
何社か掛け持ちできればよかったのに。
それと月の支払いは異世界料金に沿って発生している。
どこからか勝手に支払われているが、私のお金が減っているという感覚はないし、実際私の小遣いなんてないし、家のお金が知らない間に抜かれているのだろう。
滞納はしてないから、良しとしている。
ちなみにこの世界にテレビは存在しないのだが、今のところ誰も私の部屋のテレビにつっこまない。
「聞いてるのか?!!」
「聞いてますって」
悲劇のヒロインには悪役が必要だが、私には荷が重すぎないかな?
妹よ、もっと相応しい人材はいなかったのか?
お姉ちゃん、演技とか苦手なんだけどなあ。
「それで今回はどんな虐めだったんすか?」
虐めた側が虐めの内容を知らないので、とりあえず王子に聞くしかない。
妹バカな両親も疑わなかったのだ。
恋愛脳の王子も特に疑問に思わないだろう。
「しらばっくれるな!リーシャを階段から突き落としただろ!!」
「えっ!!!!
リーシャたん、階段から落ちたの?!
怪我は!!」
「………俺様が下にいたからな。怪我一つなく、抱きとめた」
ほっと安堵の息を吐く。
妹は可憐で華奢なのだ。
そんな子が階段から落ちたら…想像しただけで血の気が引く!
しかし、よかった。
乙女の柔肌に傷は残らなかったんだね。
「ん?あっ、そっか。
乙女の柔肌に触れ、あまつさえ抱きしめた、と。
おっと、これは責任をとって貰わなくてはいけないっすね」
「…だからお前が」
「私が何なんすか?」
「お前が婚約者だからいけないんだろ!!!」
「えぇー…」
私がいけないのかよ。
というか、私はまだ婚約者だったの?
閉じ込められたから、婚約破棄されたのかと思ってたわ。
「私、まだ婚約者なんすか?」
「何だ、その嫌そうな顔は」
「いえ、嫌そうなんてそんな。恐悦至極っすよ」
「慇懃無礼という言葉を知っているか」
「それにしても、婚約破棄できなかったんすか?私大分醜聞あるっすよね?
王子、何とかできないんすか?」
「お前のせいだろ!」
「えぇー…それも私のせいかー…」
私のせい、とはつまり私が解決しろという無茶ぶりである。
王子ができないことを、私がどうにかするってそんなの無理である。
「男狂いの売女で、実の妹を虐め倒し、王室を手玉に取り、金使いの荒さは国一番で、政治中枢の弱みを握り、将来王妃になった暁には国を滅亡へと追いやると言われている悪女のお前のせいだ」
「肩書き、多すぎない?」
期待が重たいんだけど、まじで私なの?
「弱みを握られているから父上も貴様の婚約を推し進めているんだろ!」
「国王様がそう言ってたんすか?」
「何を言っている。父上が言うわけないだろ。
言ったら、お前が国家機密を暴露するからな」
「えぇー…」
何、国家機密って。
次期国王の頭が弱いこと?ハニートラップに弱いこと?
それは皆知ってるだろうしなー。
困った私は頭をぼりぼりと掻き、
「どうすればいいんすか?国外逃亡?駆け落ちとかどうすか?」
「お、俺様が駆け落ちなど不名誉な真似するわけないだろ!」
「いや、なんで王子なんすか…。違うっすよ。
私が誰かと駆け落ちしたことにすれば、繰り上がりで妹と婚約できるんじゃないんすか?」
そう提案すると、突然王子は拗ねたように頬を膨らませ、そっぽを向いた。
えぇー…拗ねるところあった?
幼馴染だけど、未だに王子の感情の機微が掴めないわ。
「何拗ねてんすか?」
王子に近付き、膨れた頬をつつけば、ぶくぅと音を立てて潰れる。
「つつくな!」
またふくれっ面になる王子に、頭を掻く。
幼馴染で、小さい頃から王子を弟のように甘やかしていたからか、どうにも私は王子に弱い。
王子にも、か。
妹のことも甘やかしすぎてしまった。自覚はある。
だけど、可愛いは正義。
「ほら、どうしてほしいんすか?」
私よりも遥かに体格も良く、身長も高くなったのに、私には王子がいつまでたっても可愛くしか見えない。
戦場では悪鬼と噂されているというから驚きだ。
そっぽをむいている王子にゆっくり抱き着き、背中をよしよしと擦る。
「…ベッド」
「ん?」
「ベッド、行く」
「…んー、いやあ、それはまずいんじゃないすかね?」
「なんでだよ…嫌、なのか?」
ぐぅ…。
思わず擦っていた手が止まる。心臓も止まるところだった。
甘えた声音に致命傷を負いながら、私はいつの間にか抱きしめられた状態で引きずられ、勝手知ったるという王子に寝室に連れていかれていた。
言っておくが、私の部屋である。
そのまま横向きに私ごとベッドに倒れ、私の胸に執拗に顔を埋める王子。
せめて、靴を脱いでくれ。
「王子」
「嫌だ」
「靴を」
反射のように断られたが、靴は素直に脱いでくれた。
がっちり体は抱きしめられているし、顔は私の胸に埋もれているが。
いつもこうである。
嫌なことがあるたび、王子は私に甘えてくるのだ。
よしよしと頭を撫でていると、調子に乗った王子が無言で服を剥こうとしてくるのも愛嬌というものである。
もちろん、止めるが。
「なんでだ」
「何が疑問なんすか」
「服…」
「いやいやいや疑問に思うことないっすよね?」
「でも今までは」
そりゃ、今までは婚約者だから許していたが、王子にはリーシャがいるではないか。
そう私が常識を説くと、王子は服の上から私の胸に顔を埋めつつ唸る。
「リーシャリーシャ、と…俺様よりもリーシャか」
「えぇー…」
「いつもそうだ!俺様よりもやはり実の妹の方が大事なんだろ!」
「えぇー…」
なんで私が不貞を咎められてるみたいな感じになってんの?
何、これ何が正解なの?
妹をとっても拗ねられるだろうし、王子をとっても怒られるやつやん。
どういえばいいんだよ。
第一、王子だってリーシャの方が大事でしょ?
「もう良いっ!」
くるりと体を反転させ、背を向ける王子に慌ててしがみつく。
「王子が大事!!
比べられるものではないけど、もちろん王子は大事っすよ!ね?服脱ぐから!」
「…ふん」
私、これだから売女呼ばわりされんのかな、と思いつつも、今日も私は服を脱ぐのであった。
なんだそれ。
もしかして、王子は妹を正室にし、私を愛妾として囲うつもりなのだろうか?
幼馴染が姉妹どn…歪んだ性癖を持って育ってしまったことにさすがの私も罪悪感を抱くのだが、どうにか今から矯正できないものか。
悩んだ私は、王子に相談することにした。
使用人は私をいないものとして扱うように指示されているし、幽閉されているから毎日顔を見せに来る王子しか話し相手がいない。
王子は暇なのだろうか。
「王子、さすがに私を愛妾にするのは良くないと思うんすよ」
王子は私の胸から視線だけを上げる。
成人間近なのだが、恰好は赤子である。
やはり、私が甘やかしすぎたのが悪かったのか。
「リーシャも悲しむっすよ」
「また、リーシャか…」
私の左胸を揉みながら、機嫌を悪くするのはやめてくれ。
どちらかにしてくれ。
「王子のためを思って、言ってるんすよ」
鼻で笑われる。
「俺様のためなら、婚約を破棄するんだな」
「そんな無茶な」
「お前ができないなら誰も破棄できない」
「むしろ、私以外だったら破棄できるんじゃないすか?私たちの婚約、強固すぎません?」
「知らん。お前が知ってるんだろ」
「もー、王子はいつもそう言うんすから!」
もう嫌!と胸を庇いつつ、王子に背を向ける。
が、背後から胸を狙う男の手の固さに幼馴染の成長を感じつつ、私の胸への執着にびびる。
何が王子をそうさせるのか。
「私の胸が太っているばかりに」
いろんなところに喧嘩を売る発言をしつつも、私は嘆かざるを得なかった。
「俺様は愛妾を持つ気はない」
私の抵抗を何のその、胸を揉みつつ、うなじさえ噛んでくる。
体を丸めようとするけど、王子も丸めるから意味ないし、態勢がきついだけだった。
「つまり?」
「お前が婚約破棄しないなら、お前を王妃に迎えることになるだろうな」
私のせいだと言われてもな。
「リーシャは?」
「また、リーシャか!リーシャリーシャリーシャとお前はいつも!」
「えぇー…当然の質問だよね?」
「言っておくが!お前が王妃になったら、リーシャはお前を嫌いになるからなっ!会いにも来ない!」
「えぇー…リーシャたん…お姉ちゃん悲しい…」
「俺様がいるのにっ!!!!」
力強く胸を揉むなっ!ちぎれる!!
「今だってお前が婚約破棄しないからリーシャはお前を嫌ってるぞ!だから会いに来ないんだ!」
「てっきり幽閉されてるから会いに来れないんだとばかり」
「それなら俺様も会えないだろ」
ぐうの音も出ない。
「お父様とお母様も?」
「ああ。お前が嫌いだからだ!」
そんなに力強く言わなくても。
さすがにへこむわ。
「王子は…?」
胸を揉む手が止まる。
「………俺様は」
「あ!
王子は私の体は好きっすよね!
それはわかるっすよ!」
「人聞きが悪い!!」
「えぇー…誰も聞いてないからいいじゃないっすか」
「大体、俺様が好きなんじゃない!
貴様が俺様を好きなんだろ!!!」
どういう理屈?
「うん。好き」
でも、私が王子を好きなのは事実なので頷くしかない。
背後で王子が私の首筋に顔を埋め、息を吸い込む。
「…ほらな」
これだから、王子を甘やかしてしまうんだよな。
私は大きく溜息を吐きつつ、何も解決していないことを嘆くのだった。
結局、今回も婚約破棄できなかった。
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