幸か不幸か 3

「ごめんなさいね。うちの孫がドジっ子で」

「お婆様、それ酷い!」


僕は何度目かの死の体験をした後、ベッドの上に座ったままで、きれいな女性に謝罪を受けていた。

僕は少し気絶していたようだ。部屋の隅で椅子に座りながら身を縮こませてこちらを伺っている美少女に首を絞められ落ちてしまったらしい。

まぁ、悪気が無いのは分かっているのだけど、あんな小さな女の子に落とされるなんて、僕はどれだけ弱っていたんだ?

僕は改めて自分を確かめようと、掌を見つめ体を触ってみた。

小さな手、栄養が足りていないのだろう、青白い肌と骨と皮の言葉がそのまましっくりくる小さな子供の体をしていた。

思い出してみると、あの僕の親だっただろう人が話していた。5年と・・・たぶん僕は5才の子供で、奴隷として売る為だけに生まれ、生かされ、病魔に取り付かれ死にかけたので捨てられたのだろう。


・・・・・つまりどういうことだ? 僕はグルフェルという16才の魔導士だったんじゃないのか? いやその前にあの戦い、邪竜との戦いで死んだはずじゃ・・・・


僕の胸の鼓動が高鳴っている。

お、落ち着けぇ! 落ち着けぇ!

そうだ! 深呼吸!


スウ、ハアア、スウウ、ハアアア、スウウウ、ハアアアアアア!

「ゲホッ! ゴホッ! ゴホ!!」

「だ、大丈夫!? 僕!?」


深呼吸をし過ぎてむせてしまった僕を、慌てながらも優しく背中を摩ってくれる温かい手。

さっきまで部屋の隅で小さくなっていた、女の子だった。


「あ、ありがとう、ご、ざい、ゴホ! ケホッ!」

「ああ、無理に話さなくても・・・って! 僕! 言葉が話せるの?!」


深緑の瞳を大きくして驚いている。

あれ? この顔、何処かで見たことがあるような?

いや、それより今は、何故驚かれたんだ? 言葉が話せるから? え? 普通話せないのか?


僕は、考えようと必死に集中するが、どうにも上手く頭が働かない。これもこの体、子供だからなのか? 子供?  

そうか! 僕は5才くらいの子供で、しかも奴隷として売られるような環境、生活水準の低い平民の子供。読み書きどころか、まともに話す事さえ難しい環境にいたのか。

でも、そうすると、ここで流暢に話したりしたら変に思われるのだろうか?


「そ、その、少しなら話せます」


僕は恐る恐る、話をする。

今更、話せないとは言えないし、状況を確認するにも黙っている訳にもいかないだろう。

それにお礼はちゃんと言わなきゃ。


「びっくりだよ! あ! そのごめん、別に悪気があるわけじゃないのだけど、普人族のしかも平民の子だよね? しかも相当貧しい家庭じゃなきゃこんな仕打ちに会うことなんてない。そういった子供は言葉さえ真面に喋れない方が多いの」


そうなのか? 今の普人族の状況はそうなのか? あまり変わってないんだな・・


「その、いっしょに、くらしていた、お姉さんに、おしえてもらった、から」


とにかく不自然にならない程度に、言葉をたどたどしく話しておこう。


「そうなんだ! 僕、賢いね!」


そう嬉しそうに言うと、そのまま僕の頭を優しく撫でてくれた。

ああ、凄く気持ち良い。なんだろう、昔もこんな感覚を味わっていた気がする。昔? 前世の記憶か。そうか前世、僕は輪廻転生、生まれ変わったのか。それも前世の記憶を持って。

何となくだけど、状況が分かってきた。

それなら、なるべく子供の振りで通した方が良いかも?


「これ、アルーラ。この子はまだ体が弱っているのよ。そんなに乱暴に撫でないの」


そうだ、ベッドの横に座っている美しい人がいたんだ。

よく見てみると、この女の子とどことなく似ているみたい。そう言えば、お婆様とか言っていた。なら似ていてもおかしくないか。


「あ! ごめんなさい! 痛かった?」

「いえ、大丈夫ですよ? 逆に、気持ち良かった、くらいです、よ?」

「ほんと?! ならもっとしてあげる!」

「これ!」

「! ご、ごめんなさい・・」


はは、なかなかに天然な良い子だな。


「あ、その、お話して、よろしい、ですか?」

「え? ああ、良いわよ?」


美しい大人の女性である彼女が、許してくれたので、さっそくお礼だけは伝えておこうと、僕はベッドの上ではあったが、正座してお辞儀をした。


「こん、かいは、助けてくださり、ありがとう、ございます」

「ほう、これは丁寧なお言葉でのお礼、確かに受け取りましたわ。でも子供がそんな事はしなくても良いのよ。どちらかといえば、保護しなければならない大人が、それを放棄し、あまつさえ、死よりも怖い恐怖を味会わせるなんて、大人として私の方が謝らなくてはならないのよ。だからお礼なんていらないからね?」


その美しい女性の天使の様な微笑みを僕に向けてくれる。

その顔を見ながら、彼女の言葉を聞いていたせいだろうか、急に涙が溢れてきてしまった。

どうにかして、止めようと手で何度も拭うが、一向に治まらない。

僕はそのまま、大粒の涙を流しながら泣き続けてしまった。

そしていつの間にか、その女性に抱きしめられ、女の子に頭を撫でられ続けてもらっていた。

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