3「サモンドール」

 市場では衛兵が、馬車を押収していくが、

その様子を、苦々しい表情で見ている若い男がいた。

なお何処か顔色が悪い。

男は、夜になって、衛兵所の近くにいて、様子をうかがっている。


「君、探し物は衛兵所には、もうないよ」

「えっ!」


背後から声を掛けられ、驚く男。振り返ると、

甲冑姿の冒険者と思われる人物がいた。


「誰だ、アンタ?」

「君の探し物は人形……」


ここからは耳打ちで、


「その正体は……」


その人物が言った内容に、男は驚いた顔で、


「何で知っている!」


と声を上げるが、その冒険者は、質問には何も答えず。


「途中、箱を持ってやって来て、同じ箱を持って出てきた女性を見なかったかい?」

「ええ、何人かいたけど……」

「その中に、異端審問官が居たんだよ。人形の正体は、もうバレている。

クロニクル卿の機転でね」

「えっ!」

「今は、教会にある」


そして冒険者は言った。


「もしよければ、取り返す手助けをするよ」


 男は、疑いの目で、冒険者を見て、


「信用できないな……」

「その気持ちはわかるよ。でも早くしないと、

連中に人形の残留思念を読まれるよ。あれは、残りやすい代物だからね。

しかも何年も置いてあったから、色々と溜まってるだろうね。

たぶん容易に村の事が分かるよ」

「!」

「ここ騙されたと思ってさ」

「………」


その後、二人は、教会の方へと向かった。





 

 その日は、森に増えた蜘蛛型魔獣を退治するため、馴染みの村に行った。

最初のゴブリン退治の村とは別である。

仕事が終わると、先にイヴを家に帰した。もちろん夕食の準備のためだが

今日は、俺たちはinterwineで、夕食をとる事にしていて、

家で留守番をしている二人の為に、イヴは戻ったのである。


 あの二人は、正直、好きにはなれないが、

だからと言って食事の準備を無い訳には行かないのである。

またinterwineに行くにあたって、


「悔しいですが、雨宮君の料理は、美味しいですものね」


とベルは、複雑な様子で言った。因みに、彼女とも外食したくないが、

仕事帰りで、先に帰らせて、一人で外食と言うのが、ベル相手とは言え、

気が引けた。


(しかし、変な勘違いしかねないよな……)


と言う思いも抱いていた。


 さてinterwineに着くと、結構混んでいたので、店員であるハルから


「相席いいですか?」


と言われ


「俺はいいけど……」


ベルの方を見ると、残念そうな様子で、


「仕方ないですね」


と言った。


 そして席に案内される際に、慌ただしく厨房の方で動いている雨宮の姿が、

一瞬見えた。


(相変わらず、忙しそうだな)


と思いつつ、席に来ると、見知った顔がいた。


「ジェニファーさん……」

「久しいですね。カズキさん」


審問官のジェニファー・クラインがいた。初めて会った時と、同じ格好をしていた。

ここでベルが、


「貴女は確か、『ハダリー』の時の」

「ところで貴女は?」

「私は、ベルティーナ・ウッドヴィル。冒険者で、達也さんと組んで

仕事をしています。あとベルとお呼びください。」


と自己紹介しつつ


「貴女の事は、和樹さんから聞いています」


と言った。話をした事ないのでロミオとジュリエットと同じ様に、

記憶の共有で知ったと思われる。とにかく、彼女と相席となった。


 彼女が、雨宮に用事がある訳では無く、普通に食事を食べに来ただけとの事。

そして、彼女は申し訳なさげに、


「すいません。あなたを襲った賊に関しては、未だ進展が無いのです」


と言って頭を下げた。


「別にいいんですよ。気にしてませんから」


当の賊、ようはリリアの事であるが、彼女は既に押さえ、俺の元にいる。

だけど、色々と面倒なので、表立って話すことは出来ない。

俺の返答に対し、ジェニファーは


「そう言ってもらえれば恐縮です……」


と言った。


 その後は、俺たちはそれぞれ料理を注文し、あとは、三人で適当な世間話をして、料理が出て来るのを待った。

そして先に、ジェニファーの料理が届いた


「お先に失礼しますね」


と言って料理を食べ始める。なお彼女は、急いでいる様子はないものの

食べる速度は速い気がした。

ここで、


「ジェニファーさん!」


と言う声と共に、ルイズがやって来た。


「あれ?和樹さんと一緒ですか」

「混雑してるから、偶然、相席になったの」


とジェニファーが説明しつつ、


「それよりどうしたの?」


見るからにルイズは、慌てているようであった。

そして彼女は、ジェニファーに耳打ちをすると、

ジェニファーは、血相を変えて、


「何てこと……」


と言いつつ


「ちょっと待ってて」


と言って、残りの食事をあっと言う間に平らげると、


「賊の事が分かったら、連絡入れますから」


と俺に言った後、席を離れ、レジで支払いを済ませ、

ルイズと一緒に、慌てた様子で、出て行った。


 残された俺達、


「何事でしょうか」

「さぁ……」


彼女が居なくなって、その後、料理が運ばれてきて、食事をするときには、

俺とベルは二人きりだったので、食事中ベルは、終始嬉しそうであった。

ただ、彼女が慌てて出て行った一件が、実は俺にも、関わりのある事であった。


 翌朝、早朝に呼び鈴が鳴った


「誰だよ全く……」


俺はまだ寝床にいた。イヴが応対した様で、彼女から通信が入る


「ルイズ様が来ております。ご主人様に、会わせてほしいと」

「!」


それを聞いて俺は、寝床から飛び起きた。


「何事ですか……」


と言うベルの声が聞こえるが、無視して、イヴには彼女を待たせておくように言い、

俺は直ぐに身繕いをし、


(どうする。早朝から、審問官がやって来るのはただ事じゃないな。

玄関先で話が住むとは思えない)


問題は、部屋に上がられて、ミズキを見られることである。

彼女は、ミズキの顔は知っているはずだし、

死んだことになってる彼女が、居ると言うのは問題だからだ。


(どうする、転移除けをしているから、

ベルかリリアに頼んで、転移で連れ出すのは無理だし……)


いちいち魔法を解除するのも面倒な話。


 短時間に色々考え


「そうだ!」


思い立った俺は、部屋を飛び出し、ミズキの部屋に向かった。


「何ですか、急に、ノックもなしに……」


慌てていたものだから、確認をせずに部屋に入った。

幸運な事に、彼女は、身繕いを終えていた。


「今、審問官が来てる」

「えっ!」

「しばらくこの中に、入っていてほしい」

「キャッスルトランク……」


俺は、宝物庫からキャッスルトランクを取り出し、入り口を開けた。

ボックスホームの様な入り口が出現する。


「審問官が帰ったら、迎えに行くから」

「仕方ないですね。分かりました」


彼女は、入り口から中に入り、そして閉じる。

その後、トランクは宝物庫に入れ、ルイズのいる玄関に向かった。


 玄関に着くと、ルイズが


「早朝からすいません。これより二十四時間、

あなたを、護衛いたします」

「はぁ?」


具体的な事情は、話してくれなかった。理由は極秘で、

とにかく俺が危険との事で、今日一日、彼女は家にいて、

もし出かける用事があるなら、付いて来るとの事。

なお食事は、自分たちで用意するし、寝床は、居間で、寝袋を使うとの事。

審問官が相手だと、後々面倒なので、断ることが出来なかった。


「一体、何事でしょうか?」


ベルに言われたが、教えてくれないのだから、何とも言えない。


「それにしても……」

「どうかしたのか」

「いえ、私があった謎の冒険者と気配が似ている気がして」

「えっ!」

「断言はできないんですけど」


俺の質問への回答であるから出まかせではない。

ただ自信が無さげであった。


(まさか……ルイズがナナシなのか)


ふと、そんな疑念を抱いてしまった。


 そんなルイズは突然、ベルに


「アナタ、昨日も、和樹さんと一緒に居ましたね。どちら様ですか?」


ベルが、彼女に自己紹介をした後


「どういうご関係で?」


と言われ、何処か悔しそうな顔で


「私は、和樹さんとパーティーを組んでいるのですが、

これまで、安宿暮らしで、そこで和樹さんのご厚意で、

住まわせてもらってるんです」


本当は、別の事、例えば、同棲中とでも言いたかったのかもしれないが、

絶対命令で、人前で、恋人面をするなと言っているので、

結局、無難な事を言わざるを得なかったのだろう。

話しが終わった後、少しの間、悔しそうにしていた。


 その後、彼女は、俺が外出しなかったと言う事もあり、

最初に言った通り、彼女は丸一日、居間に居た。食事は、時折教会の関係者が、

運んできていた。夜は、居間にて寝袋で寝て、翌朝、


「何も起こりませんでしたね。もう大丈夫ですよ」


と言われたが、俺としては、訳が分からない。


「ご協力ありがとうございます」


と言って、去っていった。


(ホント何だったんだろう)


と思ってしまった。そして彼女が帰った後、ベルは不機嫌そうに


「せっかくの休日が台無しでしたね」


と言うが、特に予定は無かった。


 彼女が帰った後、宝物庫からキャッスルトランクを取り出し、

ミズキを外に出した。トランクの中はボックスホームのような状態で、

そこそこの一軒家くらいの居住空間があり。

更に食糧は入れてあったので、一日くらいはどうと言う事はない。

あと居心地は良いらしく、迎えに行くと、

彼女は、居間のような場所で思いっきり寛いでいた。

そして、外に出る時も、スッキリした様子で、


「もう少し居ても良かったんですけどね」


と言ったので、少しイラっとした。


 その後ベルと一緒に、ギルドに行ったが、特に仕事は無かったので、

そのまま帰る途中、雨宮の元に立ち寄り、昨日の事を話した。


「もしかしたら、サモンドールのせいかもしれない」

「えっ?」

「一昨日の夕方、ジェニファーが来てただろ」


ジェニファーが来たのは食事だけではなく、

雨宮にお礼を言いに来たのだという。


「実は、例の人形はやっぱりサモンドールだったよ」

「やっぱりか」

「和樹、きづいていたのか?」

「俺じゃなくてクラウが気にしていた」





「サモンドール」

人形と同じ姿の悪魔を呼び出す呪いのアイテム。

悪魔を呼ぶだけでなく、様々な現象を引き起こす


雨宮の話だと転移スキルを持ち、

触れた人間に付きまとう事があると言う。


 サモンドールは、長年、処分を目的に光明教団が

探しているのだとか、雨宮は、悪魔をかたどった人形をみて

つい気になって、人形に中途半端な封印を施した。

朝市にいた時に聞いた話では

サモンドールは普段は普通の人形でサーチでも分からない。

だから周囲に悪影響を起こさないくらいの事、

例えば、おかしな音が鳴ったり、

目が光ったりするくらいの現象を引き起こせるくらいに封印して、

衛兵たちに様子を見るように、助言していた。


 その後、それを守って、衛兵たちが監視を続けたら、

実際に、目が光って唸り声が聞こえたので、衛兵は審問官に、

連絡を入れたという。もし雨宮が中途とは言え、封印をしなければ、

転移で逃げられていた可能性もあるので、

審問官であるジェニファーが、礼を言いに来たという。


「おとといの晩、教会の方で何かあったみたいだから

もしかしたらその時に、サモンドールが逃げ出したとか」


人形に触れたという話は衛兵していたから、

審問官が聞いていたとすれば、俺の元に人形がやって来ると言う話になる。


「サモンドールの付きまといは、二十四時間以内に起きるから、

護衛の時間とも一致するな」


でも実際の所は、分からないので、取り敢えず探りを入れてくれるとの事。


「それにしても、泥棒の奴、あの人形をどこで手に入れたんだろ」

「聞いた話だと、厳しく問い詰めても、『覚えてない』の一点張りだとさ」


人形の出どころは不明である。


 その日の晩に、例の携帯で連絡があった。


「実は、教会で襲撃があって、サモンドールが持って行かれたんだ」


極秘事項だったのは、襲撃された上、物を盗まれたと言う事が、

不手際なので光明教団としては、表沙汰にしたくなかったらしい。

襲撃者は二人、一人は、仮面を着けていて顔は分からないが、

男であると、もう一人は全身鎧を着ていたので、性別も不明らしい。


「仮面の男と鎧姿って、まさか、ジムとナナシじゃ」

「俺も最初は、そう思ったけど、だとしたら声明が、即座に出るはずなんだが、

未だに無いのは変だ」

「じゃあジムじゃないと」

「その可能性はある。まあ強盗が、顔を隠すのはよくある事だしな」


確かに、仮面を着けてるからって必ずしもジムとは限らない。


「鎧の方は、ナナシの可能性がある。もし奴が、

サモンドールとお前の接触を知って、良からぬことを思いついたとすれば……」


人形の付きまといは無かったが、安心はできないようだ。


 そして俺は思い立って


「襲撃の時、ルイズがどこにいたか分かるか?」

「聞いてないけど、何でだ?」

「実は……」


俺はベルの言っていた事を話した。


「そう言えば、デモスゴードの時、彼女が店に来てから転送されたんだ」

「それじゃあ……」

「証拠はないけどな」


もう一つ思い出した事があった


「そう言えば、ダンジョンの時、宝物庫への侵入者は、セキュリティーで

怪我してるらしいんだけど、ダンジョンの後、

会ったルイズは怪我してた」


ただ審問官は、暗黒教団との戦闘が多いから怪我も日常茶飯事だから、

偶然の可能性もある。


 なお審問官になるには、身元調査が厳しいらしいが、

相手は神だから、どうとでもある。

そもそも、審査を受けたかさえ定かでない。

とにかく、ルイズへの疑念を感じつつも、

暫くは、警戒の必要はあるようだった。







 何処かの洞窟、そこには祭壇があり、そこに例の人形を安置する。

顔色の悪い禿げ頭で白髭の年配の男。側には、衛兵所の近くに居た。若い男と、

甲冑姿の冒険者。年輩の男は、人形に祈りをささげた後、冒険者に向かって


「何とお礼を言っていいか……」

「いやいや、ちょっとしたお節介さ。そうだ、そろそろ、生贄を捧げる時期だよね。

良い奴知ってるよ。ソイツはアシンだ」


年輩の男は、驚いた顔で、


「本当ですか!」

「生贄としては、極上だろ」


若い男は、冒険者を疑っているのか険しい顔で、


「アンタの目的は、なんだ?」

「お節介だよ。まあ、おこぼれに与りたいというのはあるけど」


兜の所為で表情は分からないが、笑っているようであった。

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