5「風呂にて語る(1)」

 目を覚ますと、朝になっていた。昨夜の事は記せないが、

状況がエスカレートして、ミズキやリリア、更にはイヴまでも、

巻き込んだと言う事は記しておく。


 もう朝であったが、昨日風呂に入り損ねたと言う事もあって、

急に、風呂に入りたくなって、風呂に向かった。

ここの大浴場は、露天風呂もそうであるが、常に湯が貼られ、

何時でも風呂に入れる。

ちなみに、ここの湯は「創水の魔法石」と言う奴のおかげで、

一定量で尚且つ、綺麗な状態で保たれていると言う。

もちろん水だけでなく浴槽自体、更には浴室も、常に綺麗な状態で保たれる。


「ふぅ~~~~~~~~」


 湯船に浸かり一息ついた俺は、自分が無我の境地に達しているような気がした。


(なんだか、賢者になったみたいだ)


そんな気分を抱えながらも、このまま広い浴槽で、一人で浸かっていたかったが、

そうは問屋が卸さなかった。


「お邪魔するわね」

「!」


 背を向けているので、詳しい状況は分からないが、

声から、ジャンヌさんが入ってきたようだった。


「なんで?」


背を向けたまま、声を掛けると


「お風呂に入ってスッキリしたくて」


更に


「ベルさんも、イヴちゃんもいるわよ」

「えっ?」


この直後、


「……失礼します」


と言うベルの声が、小さめで、元気のなさそうな声で、

どことなく複雑な思いが感じ取れた。

その後、ベルは湯船に入ってきたようだった。

一方、イヴは、


「これより、身体の洗浄を行います」


機械的に言い、洗い場で、体を洗い始めたようだった。


 そしてジャンヌさんも湯船に入ってきたようで、


「やっぱり、広いお風呂はいいわね」


と言う声が聞こえた。その事には、同意するが。

この後、ジャンヌさんは、いじわるそうな口調で


「何、恥ずかしがってるの、カズキ君」


と言って側に寄ってきたようだった。


「もう気兼ねなんていらないでしょう」

「そうは言われても……」


簡単に割り切れる物じゃないと言う事。


「それにしても、貴女、本当に光明神なんですか、あんな事をするなんて」


彼女からの返答は無かった。


 この直後、扉が開く音がして


「なんで、いるんですか!」


と言うミズキのあからさまに嫌そうな声が聞こえた。

彼女も風呂に入りたいらしい。


「貴女こそ、どうして?」


とジャンヌさん聞くと


「貴女の所為ですよ」


と返すが、更に


「みんな揃ってるな」


とリリアの声がした。俺は思わず


「リリア、お前もか」


と言うと、


「ひと風呂浴びて、スッキリしたくてさぁ」


と返事が返って来た。そしてミズキは、


「一刻も早く体を清めたいのです。昨日は、ヨモツヘグイさせられたし」

「失礼ね」


とジャンヌさんは言うが、特に気にしていないという感じの、

さり気ない口調だった。雨宮の話では、ヨモツヘグイは、この世界でも、

あの世の穢れた食べ物を食べると言う意味で、広く使われている。


(ジャンヌさんの料理は穢れてるって言いたいのか)


 そしてジャンヌさんは、更にこう言った。


「そう言えば、東洋の神話では、暗黒神はヨモツヘグイしたそうよ。お揃いね」

「………!」


彼女の言う東洋の神話は、国産みと神産みの事であり、

これは、雨宮から聞いた話では、日本のそれとほぼ同じ、

ただ伊邪那岐命、伊邪那美命が光明神と暗黒神に変わっている。


 ジャンヌさんは、「暗黒神がヨモツヘグイした」と言っているから、

暗黒神が、伊邪那美命と思われるかもしれないが、

違っていて、伊邪那美命が光明神で、伊邪那岐命が暗黒神に置き換えられている。


 ただ、火之迦具土神に当たる火の神が生まれたあたりから、

話が変わっていて、産んだ光明神は無事だったが、

取り上げた暗黒神が、火の神の産声と共に放たれた炎で焼死。

その後、光明神は、暗黒神を連れ戻すため、黄泉の国に行くが、

ヨモツヘグイをした暗黒神は、豹変していて、

光明神を見るなり、襲い掛かり、黄泉の国に引き込もうとした。

二柱の神は戦いとなり、その果てに、暗黒神を退けた光明神は、

連れ戻せない事を悟り、黄泉の国を後にし、

訣別の意味を込めて、巨大な岩でその道を塞いだと言う内容。


 途中から、二柱の神の立ち位置が変わっているのと、

あと見るなのタブーの下り無いのが、大きな違い。

雨宮曰く、ギリシャ神話と同様に、異界人が持ち込んだ

俺たちの世界の神話が、この世界の神話と混ざった結果と思われる。


 さて話を戻してミズキはと言うと、


「とにかく、貴女の所為で、私は穢れてしまったんです!

一刻も早く清めなければ!」


そう言って、体を洗うような音がして来た。


「大げさな奴だな、無能は……」


とリリアの声がして、


「そう言えば、貴女も暗黒教団の一員だったわね。貴女はどうなの?

穢れたって思う訳?」

「別に……むしろいい思いさせてもらったよ。

やっぱりアシンって上手いなあ」


と言って、湯船に入る音がした。


 そしてジャンヌさんは、


「それじゃ、カズキ君のお望みの、お話としましょう」


するとジャンヌさんは、真面目で、どこか冷めたような口調で、話し始めた。


「私が、まだ人間だった頃、私は光明教団の信者で、

小さな頃から神の教えを信じ、日々神への祈りをささげてきたわ。

いや、前にも言ったけど縋って来たのね」


 当時の彼女は、家業が花屋で、普段は家の手伝いをしつつ

定期的に教会に、光明神に祈りを捧げていた。


「そしてある日、世界的な天変地異が起きて、私は、住むところも、

家族も、友達も失って、余計に神への信仰に傾倒していったわ。

そんな時、連中から話を持ちかけられた」


その連中は、教団の上層部の人間たちで、

普段から交流のあり、彼女が敬愛していた人たちだった。


「奴らは言ったわ。私には強い聖なる力があって、

その力を神にささげ、世界を救ってほしいと、

あの頃、全てを失っていた私は、人々の為になるならと思い

その言葉を信じ奴らの言う通りにした。山奥の洞窟に閉じこもり、

何日も、不眠不休、飲まず食わずで、神に祈りを捧げたわ……」


 ここまでの、話を聞いた俺は、


(この話って……)


ジャンヌさんの話には聞き覚えがあった。

そう以前、彼女自身が俺に話した事でもある。


「そして、私は死んだわ。最後まで、神と世界の人々の事を想いながらね

でも、私の魂は、神の元に届き、空っぽだった神の中に入り込んで

そして私は神となった」


暗黒神がそうであるように、光明神も元は、空っぽの神らしい。


 ここから、彼女の話し方に、力が入って来る。


「そこからは地獄だったわ。神になった事で嫌でも、

真実が見えるようになってしまったもの、神は空っぽの存在で

当然啓示なんて行えない。それじゃ、私が信じてきた神の教えは、何だったのか。

神の領域は、全てを教えてくれた。カズキ君には前に話したでしょう。

それは神を利用している者たちの身勝手から作られたものだと言う事を」


更に彼女は、天変地異と自分の死の真実をも知ってしまったと言う。


「光明教団の上層部しか知らない魔法があったの。

『神降ろし』って言って、私のような聖なる力を持つ者を光明神への生贄にして、

神の力を手に入れるいわゆる生贄魔法」


暗黒神で言うところの『借用の儀』みたいな物だが、

借用魔法ではないので、こっちの魔法は、返す必要が無いらしい。

しかし得た力は、使うと消費されるとの事。

なお捧げるのは、聖なる力だけで、魂は捧げているわけではないが、

力を捧げるには、命を奪う必要があった。


「そして奴らは、より強い力を得ようとして、

新しい魔法を作り上げた。ところがこの魔法には副作用があった。

それが天変地異だったの」


しかも、それは魔法の準備段階で発生し、儀式が完了すれば収まるものだった。

とにかく、全ては当時の光明教団の上層部の仕業だった。

連中が普段から彼女との付き合いがあったのも、この時の為だったらしい。

それと、神に祈りを捧げさせたのは、聖なる力を高めさせるためらしい。


「私が神になった事で、奴らは、力を手に入れることは出来なかった。

代わりに、私が死をくれてやったわ」


 真実を知った彼女は、そのまま連中の元に乗り込んだと言う。


「私が乗り込んだ時の、連中の顏は、なかなか傑作だったわ」


笑い声交じりで言ったが、本気で笑っているようには思えなかった。


「私が神となった事を知った奴らは、許しを請うて来たけど、

私を騙しただけじゃない。

天変地異の所為で、私の家族、友達を含め多くの人々が犠牲になった。

その原因を使った奴らを許せなかった」


彼女は、神の力を持って、連中を皆殺しにした。


「奴らの死をもって、私は信仰を捨てたの」


同時に、それが光明神の最初の天罰と言う事になるのだろうか。


「まあ、私の魂が神の元に届いたのは、

奴らの新しい魔法の所為だったのかもしれないけど、

とにかく、これが、私が神になった経緯よ」


ジャンヌさんも、状況は異なるものの、俺と同じく生贄転生だったと言う事である。

まあ彼女の場合は、相手が空っぽだったと言う事もあるのだが、


 彼女の話を聞いた後、俺はふと気になった事を聞いた。


「あの……貴女の話を聞いていると、貴女が聖女ジャンヌって事になるんですけど」


以前も、彼女は、聖女ジャンヌを馬鹿にしつつも、

自分と同一人物だったとしたらとも言っていた。


「周りの口車に乗せられて、命を捨てた私って馬鹿でしょ」

「………」


何とも言えない気分となった。


 ジャンヌさんは、話を続けた


「私の偶像化も奴らの計画の内だった。まあ正確には、生贄にした者のだけどね」


生贄にするのが女なら聖女、男なら聖人として新たな偶像を生み出すことで、

教団は求心力を高めようとしていたとの事

なおジャンヌさんの他にも生贄の候補がいたが、全員、聖なる力では甲乙つけがたく


「当時、家族や友達が亡くなり、恋人もいなくて、私の死で

騒ぐ人間が居ないから、私が選ばれたの」


ただ、ジャンヌさんの偶像化は、連中だけでなく、

事情を知らない他の信者も関わっていて、そう言った信者たちは

本気で、ジャンヌさんの死を悼み、この事を後世に伝えようと、活動していた。

それを知って彼女は、止めることは出来なかった。


 ここで、体を洗い終えたのかミズキが


「そっくりさんじゃなくて、本物の聖女ジャンヌとは、

もしそうなら、ますます穢されたような気分ですよ」


と言いながら、湯船に入ってきたようだった。

するとジャンヌさんは


「貴女とは、仲良くなれると思ったんだけど

お互い、縋るものを失った者同士でさ」


しかしミズキは


「私は、まだ信仰を捨てていませんから、」


そして宣言するように


「私はまだ、諦めない」

「それは残念ね」


とジャンヌさんは、どこか寂し気な声をだした。


(そう言えば、ミズキは、暗黒神が空っぽと言う事までは知らないよな)


 それ以前に、ここ500年は刃条が中に入っていたから

暗黒神の啓示は存在する可能性がある。

信仰のすべてを否定されたわけじゃないから、

縋る物を失ったと言う意味では同じだろうが、全てが嘘だったジャンヌさんと、

嘘ではないが対象が居なくなってしまったミズキとでは、状況が異なる。


(信じていたものが虚構だった事と、信じていたものが失われた事、

どちらがつらいのだろうか)


ふとそんな事を思った。

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