9「リリアの事、ダンジョンの事」

 目を覚ますと、夕方近くになっていた。起き上がって居間の方に向かった。

そこでは、リリアが、ソファーに座って、相変わらず、しかめ面で

黙ったままで、俺が部屋に入って来ても、睨んでくるだけで、会話は無かった。


 今日の夕食は、ステーキ。牛ではなく、ミノビースとか言う

牛によく似た味の魔獣の肉だ。別に、ダンジョン攻略のお祝いではない。

丁度、最後に残ったのが、ステーキ肉だっただけ、

なおリリアの分は、行商人から買った。


 夕食は、俺とミズキとリリアの三人で一緒に食べた。

食事を必要としないイヴは、側で待機している。

リリアは時折


「うまっ!」


と言いながら、肉をナイフとフォーク切り分けつつも、

ステーキを、がっついていた。


 一方、ミズキは、静かに、ゆっくりと肉を切り分け、口に入れ、

よく味わうと言う感じで、上品な食べ方と言うか

いつもこんな感じ。時折、彼女はリリアを睨んでいて、

途中、ナイフとフォークをいったん皿の上に、ハの字に置くと


「リリアさん、貴女はもう少し、品のいい食べ方が出来ないんですか?」


すると、リリアも、一旦食べるのをやめ、ナイフとフォークを手にしたまま


「別にいいだろ、手づかみで、齧り付いてんじゃあるまいし、

だいたい、そっちは、堅苦しすぎるんだよ。ここは高級レストランか」

「場所は、関係ありません。こういうのは、普段から積み重ねでしょうが」

「いちいち、五月蠅いんだよ。無能の癖に」

「!」


今の一言が、ミズキの癪に障ったようである。

絶対命令で、取っ組み合いの喧嘩にならないものの

彼女は、怒号で


「貴女と言う人は!」


以下、ここに書くのも憚られるほどの、酷い内容で

リリアを罵った。


「てめぇ……」


向こうも癪に障ったようで、これまた酷い言葉にミズキを罵り、

以降、こっちが引くような言葉での応酬となった。


 食事中で、いい気分がしなくなって、


「お前ら、いい加減にしろ、食事中にする会話じゃねえぞ。」


と言うと、二人は、きつい口調で


「貴方は黙っていてください!」

「てめえは、黙ってろ!」


ほぼ同時に、返してきた。ムカッときたので、


「聞いてるだけで、こっちの気が滅入るんだよ。黙らないなら

『絶対命令』で……」


この後、苛立ってることもあってか、我ながら、かなり酷く下品な事を言っていた。

当然、二人はドン引き。


「貴方って……」

「やっぱり、てめえは変態だな……」


そして、軽蔑の眼差し


「何とでも言え、とにかく黙らないと、実行するぞ。」


この後、少しの間があって


「わかりました。確かに食事中の会話では、なかったですね」

「わかった、わかった、黙って食えばいいんだろ」


以降、食事は静かなものとなった。


 食後も、会話が無くて静かなものだった。

俺は、ふと水筒の事を思い出して、取り出し、コップに中身を注ぐと、


「本当に、ぶどうジュースになってる」


中に入れた水は、俺の望んだ飲み物になっていた。

一杯飲んでみると、うまいジュースであったが


「………」


ジュースを飲むことで、教え要らずが発動し、

この水筒に秘められた。真の力を知った。


(この力があれば、ズルいけど、ラスボス戦は楽できたんじゃ

つーか、ヤツの野望を防ぐこともできたのでは)


少し後悔したが、後の祭りであった。


「お前らも、飲むか?」


と思い立って、二人にも勧めたが、二人とも首を振った


「そうか……」


俺は一旦、水筒を仕舞った。


 直後、リリアがニヤニヤし始めた。


(なんだ一体?)


そして俺に声を掛けてきた。


「外の空気が、吸いたいから、ちょっと付き合ってくれる」


彼女の笑みは見るからに、何か企んでいそうな気がしたが

あえて乗ってみることにして、もう夜は更けていたが、外に出た。


「何で私まで……」


と文句を言うミズキ、俺とリリアの二人きりではなく

イヴとミズキも連れてきている。

夜も遅いんで、何あった時の対策である。もちろんクラウも装備している。


 車から少し離れた場所まで来ると


「この辺で、いいな……」

「リリア?」

「ここなら、カーマキシを巻き込まない」

「?」


彼女は、こっちを向き、


「今さっき、封印が解かれた。」


不敵な笑みを見せると


「見せてやる、アタシの本当の力を!」


すると彼女の体は、みるみる大きくなっていき、

着ていた服は破れ、身体は、毛深くなっていく、

顏も人じゃないものに変わっていき、やがて見覚えのある魔獣に姿を変える


「デモスゴード!」


そしてミズキは


「擬獣化ですか」


すると、デモスゴードから、リリアの拡声器を通したような声で


「ちょっと違う、コイツは『捕食』によるものさ」


「捕食」の事は、カオスセイバーの話を聞いた時に、一緒に聞いていた

「収集」に似ているスキルで、魔獣を喰らう事でのスキルを得て、

時に、擬態化が出来るスキルだ。


「それじゃあ、お前、デモスゴードを食べた事があるのか?」

「食ったことは無い。コイツは生まれつきさ、アタシは複数の魔獣を

食った状態で生まれてきたんだ」


すると、ミズキが


「そんな事はあり得ない。捕食スキルの保有者、最初は何も……まさか!」

「気づいたようだな。アタシはアンタと一緒だ。ただアタシは無能じゃなかった」


横目で、ミズキの方を見ると彼女は、悔しそうな顔をしていた。


「でも教団の連中はアタシを恐れて、封印を掛けやがった。」


その影響で、「転移」しか使えなかったとの事、その「転移」も

「捕食」で手に入れたとの事。


「今や、アタシは自由だ!」


と叫ぶ。


 この後、しばし沈黙、それを破るようにミズキが、


「ところで貴女は何がしたいんですか?」

「………」

「まさかと思いますが、その力で、私達を殺そうとでも?無駄な事ですよ」


俺もなんとなく、そんな気がした・

あと車の事を気にしていたから、殺した後で、奪う気だったのだろうか

しかし「絶対命令」により、それは出来ない。


「……違う。ちょっと見せびらかしたかっただけ」


と言いつつも目線を逸らす、図星の様だ。その姿を見たミズキは、


「フフフ……」


笑い出す。そして俺は、


「さっさと元に戻れ、ここは刑務所の近くだ。ダンジョン目当ての

冒険者たちに気づかれたまずい」


その後、リリアは、元に戻ったようだが、きちんと確認はしていない

何故なら、途中で俺は、彼女に背を向けたから。


「おい、お前、何で背を向けている?」


するとミズキが、笑い声交じりで


「貴女……自分の格好……」

「………!」


次の瞬間、リリアの言葉になってない悲鳴と


「アハハハハハ!」


ミズキの笑い声が聞こえてきた。


 その後、幸い誰にも出くわすことなく、車の元にたどり着き

リリアは、着て行かなかったので無事だったローブを身に纏った

宝物庫の服を打診したが、断られ、他に服は無いので

家にたどり着くまで、その格好でいた。

あと、目立つのは嫌だったが、リリアの事が有るので、

ナアザの町まで車で帰った。


 もちろんアパートまで車で帰ると、流石にまずいので

町の近くで降りて、車を仕舞い、後は歩き、リリアのローブの下が

バレないか、自分の事じゃないのに気が気じゃなかったが

何事もなく、アパートに、たどり着いた。


 その後、雨宮の元に、アイツが手の空いている時間に尋ね、

アイツに自室で、ダンジョンでの事を話した。

そして雨宮は、俺がDMになった事を聞くと、


「おめでとう」


と俺を祝福してくれ、


「これで一安心だな」


とも言った。そう契約者を全員確保できたのだから。


 そしてダンジョンの話を、あらかた聞くと


「大変だったんだな。こっちにも話が聞こえてきたぞ。

特に、第三区画の事は話題になってたな、救済措置があったとはいえ

撃破数がゼロになるんだからな、文句言う奴が多かった」

「やっぱりか……」

「暗黒神の事も、話題になってたが、これは集団幻覚って、話になってる」

「幻覚?でも俺は実際に」

「でも、お前が、アンチハルスを使うまで、みんな幻覚状態だったんだろ。

それに暗黒神の力は、区画の外では感じる事は無かったって言うし、

そうなると、それも幻覚って事になる」


実際は、力を使っていたわけだから、つまりダンジョンには、

暗黒神の力、その気配が、区画内で留まると言う性質があるらしい

つまり、ダンジョンでフルパワーになっても

区画内はともかく、外にいる人間に俺の事を察知されることは無い

もちろん、ダンジョン内でフルパワーは危険であるが、


「それと、久々にダンジョンマスターが出た事も、話題になってるぞ。

しかも、一人だから余計にな。」

「そうだったんだ」


 これは、初耳だった。つまり俺たちが帰って以降、DMは現れなかったらしい。


「改めて、おめでとう」


再度、祝福してくれるが


「でも、最後の最後で、水を差されたからなあ。素直にうれしいって思えなくて」

「ジム・ブレイドか……」


雨宮は、暗い顔をした。ジムの風貌と、奴が俺たちの事を、知っていた事を話すと

あからさまに様子がおかしくなった。


「お前何か、知ってるのか?」


と聞くと


「すまん、時間をくれ……」


と言うだけで、その先は話してくれなかった。


 その後、話題を変え、ダンジョンについて話に


「そもそも、ダンジョンって何で存在してるんだ?」

「あれは、呪いだよ。『ダンジョンの魔王』が仕掛けた」

「魔王?」

「自称だがな、素性は定かじゃない。そいつは、今から100年前、

各国の冒険者ギルドに、手記を送り付けてきた」


手記には、自分はダンジョンを作り出せる事と、呪いをかけ

それによって、ダンジョンが自動的に誕生する事、

ダンジョンの詳細、DMの条件やエスケープペンダントの作り方などが、

載っていたと言う。ちなみにこの世界には、ダンジョンと言う言葉は無くて、

この手記が使われたのが最初との事。


「やがて、手記あるように各国にダンジョンが出現。最初の内は放っていたらしいが

ダンジョン内の魔獣が、外に出てくるようになって、

本格的な対策をするようになった」


ダンジョンは、進化するが、増殖もするらしい。この国含め、多くの国では、

最初の一つの発生と進化こそ止められなかったが、増殖は止めることが出来た。


「中には、失敗してダンジョンだらけになった国もあるがな、あと破壊を試みて

悲惨な事になった国もある」


なおダンジョンは、場所によっては毎日が開放日と同じだったり、

週末だけだったり、月一だったり、時間の流れが変わっても、

レベルアップは無かったり、その逆だったりと、違っていて

この辺も手記に書いてたそうだ。この事を含め

ダンジョンの不思議とされる部分には、理由は書いてなかったらしい。


「でも、何でそいつは、呪いなんて……」

「手記には、『この世界にはダンジョンが必要だ』と書いていた」

「何だ、そりゃ」


ちなみに、ダンジョンの魔王は、正体はおろか消息も不明であるが

手記には、呪いの代償で命が長くないと記載されているそうで

信じるならば、それ以前に年月もあるから、

この世にはいないと言う事になる。


「素性は分からないが、ダンジョンと言う言葉を使ったり

あのゲームの様な性質、多分ソイツは俺達と同じかもしれない」

「異界人って事か」

「ただでさえ、ゲームみたいな世界に、更なるゲーム性を求めたのかもな。

そしてそれを実行できる力もあった」


 そして話は、DMの証について


「俺は、証として、魔機神を貰ったが、お前は何だったんだ?」


俺は、宝物庫から、トランクを取り出した


「こいつは、キャッスルトランク。家に変形する」


変形するのは、城ではなく、そこそこの一軒家で、完全に名前負け。


「変形させなくても、ボックスホームみたいな感じに

居住空間が使えるんだけどな。まあ便利ではあるけど、

雨宮のに、比べれば、しょぼい、しょぼい」


しかし、雨宮は真剣な表情で


「証となるマジックアイテムは、ダンジョンマスター誕生の間が開けば、開くほど

強くなるって言うし、あとレアアイテムを取得すると、

それに連動して、凄いものになる事が有る」


これは手記には書かれておらず、これまでの傾向だそうだ。


「一見、弱くても実はってのは、良くある話、例えば、足手まといで

追い出されたが、本当は最強だったヤツを何人も見てきた」


雨宮はトランクをじっと見つめると


「こいつからは、アイツらと同じものを感じる。

それに、『教え要らず』でも、すべてを教えてくれるとは限らない」


雨宮の言葉を聞いて


(今度『書き換え』を、使ってみるか、書き換えなくても、すべてが分かるからな)


 この、色々話をした後、俺は帰ったが、帰り道、ルイズとばったり会った。


「どうした、その怪我」


彼女は、腕や頭に包帯を巻き、足も怪我をしているのが、僅かに引きずっている。

顏も所々、絆創膏、左目に、眼帯をしていた。


「任務で、少し、特殊な魔法による怪我なんで、治りが悪くて……」

「お大事に……」


 彼女と別れ、帰路についていると


《マスター、視線を感じました》

(えっ?)


俺は、クラウの刃を僅かに鞘から出す


(どうだ?)

《すいません。逃しました》

(そうか、まあ気にするな)

《ただ悪意は感じませんでした。むしろ好意を感じるのですが……》


何か意味ありげだったので


(どうした?)


と聞くと、クラウは答えた


《何というか、狂気のようなものを感じまして》


クラウの、この言葉に、何かの予兆を感じた。


 やっと、ダンジョンの件が終わったのに、まだ楽できそうにないようだ。








 少し前、一人の女性が、和樹を見ていた


(見た目は変わってしまったけど、間違いなく和樹君……

まさか、こんなところで会えるなんて、これは運命だわ。

私たちは、結ばれる定め……この世界には、邪魔者は居ない。

ああ……和樹君、たとえ、貴方が女になってしまっても、

私は、貴方を愛するわ。

大好きよ。

和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、

和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、

和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、

和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、

和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、

和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、

和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、

和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、

和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、

和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、和樹君、和樹君!)

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