8「帰還」

 敵は倒したはずだった。だがクラウが、切羽詰まった声で


《そんなバカな》

(どうした?)

《魔獣は、まだ死んでいません》

「えっ?」


確かに、姿は消えているが、反応は消えていない。


「なんだ……あれ?」


ここで俺は、空中に浮かぶ小さい丸い透明な球体に気づいた。

中には


「心臓?」


確かに、心臓の様に見えた。しかも脈打っている。大きさはバランスボールくらいか

しかしアステリオスも疑似魔獣、血は流さないのに、心臓と言うのが気になった。


 直後、「周辺把握」で、人の気配を察知した。同時に、


「キャッ!」


と言うミズキの悲鳴。


 疲れがあるんで、ゆっくりとなってしまったが振り返ると、

イヴとミズキが、光るロープのようなもので縛られていた。


「拘束魔法か……」


そして、二人を縛ったと思われる奴がいた。


「邪魔されては、困るんでね」


ソイツは、白く特に飾り気のない仮面をかぶり、ローブを着ていた。

声から、男の様だ。


「お疲れの様だから、お前には必要ないな。時任和樹、

今日は黒騎士じゃないんだな」

「なっ!」


 仮面の男は、どういう訳か、俺の事を知っている。しかも、鎧のこともだ。

そしてそいつは、人を馬鹿にしたような口調で


「おめでとう!ダンジョンマスターの名誉は、お前のものだ。」


言った後


「だが、アステリオスの炉心は俺が貰う」


宙に浮かんでいた心臓の様なものが、球体ごとアイツの側まで来ると

どこからともなく、手のひらサイズの円盤の様なものを取り出すと

心臓に向ける。すると球体は消えて、心臓だけになり

それも、赤い煙のようになって円盤に吸い込まれるように、消えた。


(これは!)


 脳裏に、洞窟での出来事が浮かんで


「お前か、洞窟で教団の連中を生贄にしたのは」


男は


「いかにも、」

「さっき、フレイの必殺技をつぶしたのも」

「フレイ?あっフライクーゲルの事か、そのとおりだ。

ダーインスレイヴの技ならともかく、フライクーゲルの技相手では

炉心を守れないからな」


詳しい事は後に知るが、心臓の様なものは疑似魔獣のエネルギーの源。

そして、あの球体はヤツが作ったバリアの様なものだったらしい。


「なんせ、何年も倒される事がなかった故に、力が溜まりこんだ炉心だ。

その力は、俺の計画に役立ってくれる」

「お前は……」


初めて会う奴だったが、思い当たる人間はいる。そいつの名前を言う前に


「ジム・ブレイド……」


とミズキが怨嗟を込めた声で言った。


 「ハダリ―」の一件から始まり、俺達が、ここに来る原因を作った張本人。

奴は、ミズキの方を向くと


「鎧の所為で、最初は誰だが、分からなかったぞ無能神官」

「!」


鎧の所為で、表情は見えなかったが、ミズキは、さぞ悔しい顔をしているだろう。


「ヤツに仕えるのは屈辱だろうが、すべてはお前の自業自得だ」


そう言った後


「さて、目的は、果たしたから引き上げるとしよう」


立ち去ろうとしたので


「待て、何で俺の事を知ってる。なぜ密告の事が分かった。

どうしてフレイを知ってる。計画ってなんだ、つーかお前は何者なんだ」


会ったら聞きたかった事、今聞きたいと思った事を、順不同でぶちまけた。


「話す義理はないが、いずれ分かる。ただご協力、感謝するよ。お前のおかげで、

俺の計画は、また一歩進んだ」


と言った後、


「また会おう。そうそう雨宮ショウにもよろしく言っといてくれ」


そう言うと、フードを被る。するとジムの姿が消えた。


「転移か」

《いえ、これは『迷彩』の可能性があります》


すこし、経って、何かが割れるような音がしたと思うと

二人の拘束が解かれた。



スキル「迷彩」

姿と気配自体を隠すだけのスキル。同様の効果の魔法も存在する。

ただし使用中は、多くの魔法、マジックアイテム、スキルなどが

使えなくなると言う制限がある




 クラウの「感知」でも、察知できないらしく、

今回は、姿を消したが、転移の感じがしなかったので推測との事だった。

鎧の「周辺把握」はクラウとの連動で、人や魔獣の位置が分かるので

こちらでも把握できない。ただ、さっきの何かが割れた音は、

要件を満たさぬ者を通さない見えない壁、いわゆる結界を、

破壊し、出て行ったと言う事だろうか。


 そして、「迷彩」の使用中は、心臓にバリアを張ったり

入ってくるときに結界を破壊したりすることは出来たが、

必殺技を邪魔したり、心臓を手に入れる事は出来なかったから

姿を見せたと言う事だろうか。


 奴が消えて、少ししてから、声が響いた


「よくぞ、我を討った。お前こそダンジョンマスターだ。証を受け取るがいい」


俺の目の前に、宝箱が現れると、勝手に開き、中身、DMの証である

マジックアイテムが飛び出し、俺の足元に来たので、

それは、トランクの様な見た目をしていた。

持ち手に触れた瞬間、契約が行われた。まあ契約返しになったけど、

そして、マジックアイテムの詳細が、頭に入って来た。


「………」


一応、俺がDMになったことを意味しているが、

嬉しいとか、そんなものは感じなかった。

アイツに、水を刺されたと言うか、台無しにされたと言うか、微妙な気分。


 なお、ここまでの出来事は、俺にしか見えていない。

他のメンバーには声も聞こえてないし、宝箱も見えていなかったそうで、

突然、俺の手にアイテムが現れたとの頃


 この直後、ファンファーレとレベルアップの音がして、

次の瞬間、俺たちは、転移の間に飛ばされた。






 ジムのボックスホームで、鏡の様な物で、事の成り行きを見ていた、その人物は


「事は、終わったみたいだから、退散しますか」


鏡を片付け、黙って帰るのは、悪いと思ったのか、簡単な書置きを残し。

フード付きのローブを身に纏い、フードを深々と被ると、ボックスホームを出て

更にテントからも出て、刑務所の方を一瞥すると、その場から立ち去る。


 そして、しばし軽い足取りで歩いていると、


「見つけたぞ」


と声を掛けられた。そして、声の方を向き、誰なのか気づくと


「チッ!」


と舌打ちをした。






 転移の間に着くと、職員らしき人が近づいて来て


「エスケープペンダントを確認させてください」


俺のエスケープペンダントに触れ呪文を唱えた。

すると金色の文字で「5」が浮かび上がった


「これは……おめでとうございます」


エスケープペンダントには、どの区画まで行ったかも記録されている。

そしてDMになったどうかも記録されていて、金色の文字が、

DMである事を示している。

 

 本来は、ここでペンダントを確認しないのだが、

今回は特例で再突入を認めているので、

条件である、第三区画以前での脱出かどうかを、見る為だそうだ


 その後、職員は、他の二人のペンダントも確認し、帰りの受付への案内をした。

ふらつきながらも、転移の間を出ると、

これから、ダンジョンに行こうとする冒険者とは別に、床に座り込んで

見るからにヘトヘトな奴らがいた。

多分、俺達と同じ、帰って来た冒険者なんだろうが

みんな、俺達を憐れんでいる様な目で見てくる。


鎧越しであるが、俺が微妙な気分を抱えているのが分かるのだろうか。

気分的にはDMになったと言うより、酷い負け方して帰ってきたような気がするし、

周りからもそう見えてるんだろうか。


 帰りの受付は、行きの時とは別の場所にあるのだが、

戻って来た人間が少ないのか、さっきの奴らの様に、

まだ休んでいる人間が多いのか、人は疎らだった。


 ここで職員に、名前を告げで、ペンダントを返却する。

するとDMになった事を確認した職員の、様子が変わり


「『証』を」


と言ってきたので、証であるトランクを渡した。

なお刑務所側は、どうゆう方法かは、国家機密とかで、雨宮も知らないらしいが

DMが出た時点で、「証」がどう言う物なのか把握するとの事。

だれがDMになったかは分からないとの事だか。


「少しお待ちを、」


と言ってサーチを使い始めた。


 さてここでは、必要とあらば、戦利品を換金してくれる。

正確には、小切手の様な物をくれて、これを、役所や冒険者ギルドに持っていくと、

金貨や銀貨に換金できるそうだ。

俺達は、待っている間、ここでメダルを換金した。結構な額だった。


 換金が終わった頃、


「確認しました。お返しします」


と言ってアイテムを返してきた。俺は受け取った。


(やっぱりな)


聞くところによると、DMの証となるマジックアイテムは、

途轍もない力を持つ場合があるから、没収の可能性があるそうだが

今回は、凄いものであったが反則級とは思えなかったから、

大丈夫だろうと思っていた。


「こちらへどうぞ」


と俺たちは別室に、案内された。その部屋には、奥の方にカーテンが引かれていて

部屋の中央には、鉄製で、女性の顔をかたどってはいるが、

どことなく怖い仮面をかぶった女性がいた。

その人物は、職員から話を聞いたのち、俺達に、ここの監獄長だと名乗り

近寄って来た。


「仮面は気にしないでください」


との事。言われると余計に気になってしまった。


 そんな監獄長は、淡々とした口調で


「数年ぶりのダンジョンマスターですね。

そして本日一番乗り、おめでとうございます」


ちなみに、副賞は、先着順であったが、リリアは、「契約」の影響で

最後まで残る事が分かっていたから、別に一番乗りになるつもりは無かったが


「副賞は、奴隷にしますか?」


そう言うと、カーテンが開く、すると牢屋があって、中には

露出度の高い、煌びやかな服を身に纏った美男美女がいた。


(砂漠の国の踊り子みたいな格好だな……)


そして全員、囚人の証である。スキルや魔法をおさえる首輪を着けている


「それとお金にしますか?」


そう言うと、職員に金貨銀貨が、びっしり詰まってそうな布袋を、持って来させた。


「奴隷で」

「こちらより一人、お選びください」


奴隷候補たちは、みんな、笑顔で、


「俺は、喧嘩も強いが、料理、洗濯、掃除と、家事もできるぜ」


と言うイケメンがいると思えば


「私は、家事もできるけど、腕っぷしも強いから、きっと貴方の冒険に役立つわ」


と言う美女もいる。他の奴隷候補たちも、自分の特技をアピールする。

連中は、終身刑の囚人で、奴隷になる事が、

唯一シャバに出るチャンスだから、必死だ。


 その中に、リリアがいたのだが、彼女だけがしかめっ面で、こっちを睨んでくる。

俺は鎧姿だが、「契約」の影響で、誰だか分かっているからだろう。

嫌々である事が、あからさまに伝わってくる。

普段なら、こっちだって彼女を選ばないが、しかし決定事項だ。


 俺は彼女を指名した。そして、職員が、彼女を牢屋から出し、

奴隷の印を、刻むと言った隷属契約の、処理を行った。

彼女は、黙ったまま、特に抵抗する事もなく、それを受けた。


 職員は、暫く印を見つめて、消えない事を確認すると、監獄長に報告し、彼女は


「これで、彼女、リリア・シフレストは、貴女のものよ。

それと彼女の服はオマケしておきます」


と言って、職員に、リリアを俺の側まで連れてこさせ、首輪を外した。


「あと、ローブはいるかしら」

「えっ」


俺の様に、DMである事を隠したがる冒険者は、一定数いたらしく

踊り子の様な姿は、この刑務所の奴隷の格好として有名なので

このまま連れて出ると、奴隷を連れている、つまりはDMである事が、

分かってしまうので、それを隠すためのローブらしい。

なおこれは、サービスとの事。


 当然、ローブを貰い、リリアに着せて、部屋を出て、刑務所を後にした。

俺たちが立ち去る際に、監獄長は


「お疲れさまでした」


と言った。俺は、自然と彼女に頭を下げた。


 さて、他の冒険者たちに、俺がDMである事は、気づかれずに、刑務所から出た。


(長かったな……)


ダンジョンの一週間、外ではまだ七時間しかたってなくて、

時間的にも、まだ昼過ぎである。


 刑務所の周辺には、朝は居なかった行商人たちがいた。

どうも、ダンジョンに向かう冒険者目当ての様だ。

中には食料品を、販売している商人もいた。

売っているのは加工品の他、何故か調理の手間のいる生鮮食品まであった。


(朝から居てくれればよかったのに)


と思いつつも、食糧が少ないので、リリアの事や、帰路の事も考えて、購入し



その後、人気のない場所まで移動し、車を取りだすと、

全員、一旦ボックスホームに入った。その際、俺とミズキは、鎧を脱いだ。


「私は、疲れたので、ひと眠りしますね」


と言って、ミズキは彼女の寝室に向かった。


 一方、リリアは、ずっと、しかめ面で黙ったまま。

彼女の事が気になった俺は、絶対命令で

変な事しないように言って、イヴには、夕食の準備を頼み、

俺も、自分の寝室に行き、ベッドに横になりひと眠りした。

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