2「生贄」


 数時間後、俺は彼女の家にいた。岩山の洞窟を利用したいわゆる洞窟住居だった。

ただ内装に木材を使っているから、洞窟って感じはしない。


 部屋は片付いていて綺麗で過ごし易そうな場所で、ライトのようなものの明かりで

暗くはなかった。


 そして俺は居間のような場所に通され


「椅子に座って楽にしてくださいね」


と俺を部屋にある椅子に座るように促し、俺は疲れもあったので椅子に座った。


 彼女の提案を、断る理由はない。なぜなら彼女の話が本当ならば、

夜通しで森を抜けなきゃいけないだろうし、それに俺には武器もないから、

さっきクモの大群がまた現れたら、せっかく助かった命が無駄になる。


 だから決して下心があるわけではない。


 その後、彼女は飲み物を用意すると言って、台所のような場所に向かった。

ちなみに、部屋の奥には大きな石の扉がある。


「あ……」


 この時、彼女に色々、聞いたいことがあって話しかけようとしたのだが、

大十字以外で初めて異性に家に誘われた事による緊張から、

再び、上手く声に出せなかった。


ここで時間を戻し。ここに来る道中での事


「俺は、時任和樹」


と自己紹介をしたわけだが、彼女は少し考え込むような仕草し


「カズキと言うのが名前ですか?」


と聞いてきたので


「そうだけど……」


と答えた。最初、何でこんなことを聞かれるのか分からなかった。次に彼女は


「私は……」


と言いかけて、紙を取り出すと


「こういうものです」


と言って渡してきた。紙には、文字が書かれていたが、まったく読めなかった。

そして読めなくて、困っていた俺に彼女は


「やはり読めませんか」

「ああ、これってどこの言葉?」


 すると彼女は、


「これは、エスクスラント語です。この世界で幅広く使われている言語です」


と聞きなれない言葉を話した。


「ミズキ・ラジエルと読みます。私の名前です」


 名前を聞いて、日系の外国人かなとそれ以上の感想は抱かなかった。

そして彼女は、さらに話を続ける


「私と同じ東の民族系の顔立ち、その、失礼ですが、変わった服装に苗字、

文字が読めないということは、あなたは、ニホンから来たんですね」

「はぁ?」


 最初、俺は彼女、ミズキが何を言っているのか分からなかった。

確かに顔立ちから日本人と判断するのはわかる。ただ東の民族とか、

文字が読めないとか、あと、俺の服装が変わっているってのが、一番わからない。

この時、俺は地味な長袖のシャツに、上にジャンバーを羽織り、

下は安物のジーンズという格好だった。俺としては奇抜な格好とは思えない。


 この後、彼女は


「驚かないでくださいね」


と前置きをしたのちに、その通り驚くべきことを言った。


「ここは、ファンタテーラ、貴方にとってはイセカイと言うことになります」

「はぁ?」


 最初は、何かの冗談かと思った。

今考えていれば、この時点でも、異世界だと気づく要素がある。

さっきの蜘蛛や魔法、聞きなれない言語、そしてミズキの格好。


 ただ俺は、大十字絡みで、いろんなものを見すぎていたから、

これらの事を異世界と結びつける事ができなかった。


 この後、道中でモンスター、彼女の言うところの魔獣の襲撃を何度か受けた。

すべて彼女がすぐに追い払って、大事には至らなかったが、

襲ってきたのはスライム、グリフォン、リザードマン、ゴブリン、スケルトン、

極めつけはドラゴンなど、ファンタジー系作品で出てくる怪物ばかり、

これまで、化け物は見てきた事はあるが、こういうのを見るのは初めてだった。


 そして、怪物たちを魔法で追い払う彼女の姿、これらを見ているうちに、


(ここは、本当に異世界なんじゃないか)


と感じるようになっていたが、それでも確信に至る事はなかった。


 もし、ここが異世界だとして、なぜここにいるのか、

ここはどんな世界なのか、

まあなんとなくであるが絵に描いたようなファンタジー世界

と言うのが予想できていたが、

そして、なぜ彼女が俺の元居た世界の事を知っているのか、

あと言葉が通じているというのも疑問だ。


 それに何よりも、元の世界に戻ることができるか、これが最大の疑問だった。

 

「どうぞ」


 ミズキは、陶器製と思わせるコップを持ってきた。中にはコーヒーのような液体が入っていて、そして彼女も、手にコップを持っていて、それを口にした。


「いただきます」


飲むと、それは確かにコーヒーだった。ブラックではなく、

砂糖がだいぶ入っているようだった。俺は、コーヒーを飲むときは、

砂糖を入れるから、有り難くはあったのだが


「…………」


味は、まずくはなかった。ただうまいかと言うと、微妙だった。


 俺は普段、あまりコーヒーは飲まない。

昔、雨宮の入れてくれたコーヒーがあまりにおいしくて、

それ以来、ほかのコーヒーが飲むたびに見劣りするようになったからだ。


 このコーヒーが微妙に感じるのは、その所為と思われた。


「コーヒーは、あなたの世界にもあると聞いたんで、用意したんですが、」


俺の感じていることが顔に出ていたのか


「お口に会いませんか?」


と言われ、図星を刺された俺は正直焦った


「そ、そんな事は!」


正直に言うと、彼女に悪いので、兎に角、コーヒーを一気に飲み干し


「美味しかったです!」


と答えた。彼女は俺の応答に困惑したように


「ならいいんですが……」


 コーヒーは微妙な味であったが、気持ちは落ち着いたので、

彼女に聞きたかったことを切りだした。


「ここは、異世界って言ってたけど、どんな世界なんだ。」

「あなたの世界で言うところの剣と魔法の世界と言ったところでしょうか」


と予想通りの回答が返ってきた。


「それと、どうして俺の世界の事を知ってるんだ?」

「昔から、幾度となく、異世界から人がやって来るんです。

我々は異界人と呼んでいるのですが、特にあなたのいる世界、

その中でも、ニホンから来る人が多いです。

世界についての情報はそこからもたらされました」


 彼女の話を聞いて言葉についての疑問は、わかったような気がしたが、

一応聞いてみた


「もしかして言葉が通じるのは、俺と同じ世界の、日本からきた異界人の影響とか」

「いいえ、言葉が通じるのは偶然だそうですよ。エスクスラント語の成立には

異界人の影響は全くありません。読みが同じなのは、全く持って偶然です。」


 俺の考えは、外れていたようだ。

彼女の言葉が正しければ、言葉が通じているのは、ただの幸運という事らしい。

 

 そして最後に俺は、一番重要な事をきこうとしたのだが


「元の世界に……あれ……」


急に眠気を感じ始めた。そしてミズキが、笑みを浮かべながら


「異界人たちの中には、時々桁違いの魔力を持つ人がいるんです。われらの敵、

ショウ・クロニクルのように……」

「…………」


上手く声が出せない


「あなたも、なかなか桁違いの魔……力……を……」


 彼女も眠気に襲われたのか、顔に手を当て、ふらつき始め、地面に膝をつく

この後、おそらく彼女は意識を失ったのだろうか、

それを確認することはできなかった。なぜなら、その前に俺が意識を失ったからだ。



 子供の頃、言われている事の一つ、それは知らない人には、

ついて行ってはいけない。

それは大人になっても、かわらないと言う事。

 


 気が付くと、頭が、ぼんやりして最初、自分の身に何が起きたかわからなかった


「……時間がない。ここを省略して……」


と言うミズキの声が聞こえる。やがて意識がはっきりしてくると、

自分が岩肌むき出しの洞窟の中に横たわっていること、

そしてさらに意識がはっきりしてくると、

体がロープで縛られていることに気づいた。


「なんだこれ!」

「気が付いたのですか、私としては眠ったままでいてほしかったのですが」


とミズキは、俺を見下ろしながら言う。


「まさか、さっきのコーヒーに」

「はい眠り薬を入れました」


しかし、なぜか彼女も倒れようとしていたが、それを疑問に思う暇はなかった。


 彼女の右手には、本、そして左手には、剣が握られていた。

この状況は昔の経験したことがある


(まさか……そんなことないよな……)


 俺の脳裏に、いやな記憶が、蘇ってくる。俺の心に大きな傷を残すあの出来事を、

あのカルト集団の事を。そして間違いであってほしいと思いながら俺は尋ねた。


「ここは一体、つーか何をする気だ」


 何をされるか、薄々わかってはいたが、

それでもやっぱり何かの間違いであってほしいと思う自分がいた。

しかし彼女の次の言葉は、不安の的中を示していた。


「光栄に思いなさい。これより、あなたを、偉大なる暗黒神様への生贄とします」

「生贄って……」


高校時代の嫌な記憶がフラッシュバックした。一人の少年の言葉が脳裏によみがえる


「光栄に思え、お前みたいな虫ケラでも、役に立つことがあるのだからな、

そう我が主への生贄としてな」


 ヤツの姿と彼女の姿が重なる


「初めて、あなたを見た時、あなたの体から強大な潜在魔力を感じました。

あの憎きショウ・クロニクルに匹敵するだけのね。」

「まさか、俺を助けたのって」

「当然、あなたを暗黒神様に捧げるためです」


彼女は笑みを浮かべる。ドラマとかで悪役が見せる意地の悪そうな笑いだ。


ここもアイツと同じ


「お前は一体?」


 分かってはいたが、自然と俺は尋ねていた。そして彼女は笑みを崩すことなく、

冷静な口調で答える


「私は暗黒神官、暗黒神様を降臨させ、この堕落した世界を粛清する者」


(やっぱり、コイツはアイツらと同じ)


 そして彼女は、呪文のようなものを唱えると、右手の本を地面に落とし、

両手で剣を持ち、大きく振り上げ、


「もう時間がありません。ひと思いに行きます」

「やめろ!」


 だがやめてくれるわけもなく、あの時みたいに、そう大十字の様に助けてくる奴もいない。そのまま、剣は俺の体に突き立てられた





こうして、異世界?にて、俺は死んだ。


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